【CEO×佐山展生】世界で勝てる「リーダーの条件」とは

2018/2/20
M&Aの第一人者で企業再生の専門家でもあるインテグラル代表の佐山展生氏。創業110年の伝統とグローバル企業の存在感を示すAGCグループのCEO島村琢哉氏。猛スピードで変化をとげるグローバルマーケットで、競争に打ち勝つ企業に必要な戦略、経営者の資質、人材育成について語り合う。

M&A視点の有無が10年後の差に

──AGCは30カ国に5万人規模の従業員を抱えるグローバル企業です。投資の専門家として、佐山さんの考えるグローバル企業が持つべき視点とはどのようなものでしょうか。
佐山:AGC規模の会社は全世界で勝負することになります。その時に、自社だけで成長するのか、M&Aも念頭に置いているかが大きなポイントになります。
欧米企業のCEOは、常にM&A視点で企業の成長拡大を検討しています。しかし、日本企業の多くは、そこまでM&Aを重視していませんよね。
その差が5年後、10年後に大きく影響するはずです。
M&Aが成功するかどうかは、CEO次第です。CEO自らがやると決めないと、M&Aはうまくいきません。経営者というのは、理屈がわからなくても結果を出すのが仕事です。
では、結果が出せる経営者とはどんな人なのか。それは、「勝負勘」というのに尽きると思うのです。経験からくる優れた感性があるかどうかです。
島村:確かにそうですね。投資案件を検討する際は、経済性というような計算上の数字をもとに考えますが、それは結局、一定の前提条件下のもの。
条件が変わると、その数字は全く違うものに変わってしまうということを理解していないといけない。
そういう中で判断基準となるのが、「本当は何をしたいのか、何ができるのか」というビッグピクチャー・コンセプト。
それがはっきりしていないと、M&Aで買収しただけで満足してしまうんです。M&Aそのものが目的にすり替わっているので、買収後もうまくいかない、ということになります。

株価が下がるのが成功するM&A

島村:AGCは2017年にデンマークのCMCバイオロジックス社を買収しています。バイオ医薬の製造受託という非ガラス分野で、約600億円という大型買収案件でした。
バイオ医薬製造受託はグローバルでこれから大きく伸びていく分野です。そのマーケットで我々が成長していく通過点として、このM&Aが必要と判断しました。
ただ、「ガラス屋がバイオ?」という意外性が強すぎたようで、買収発表後の株式市場の反応は芳しくありませんでした……。
佐山:一般に、いいM&Aは株価が下がるんですよ(笑)。株価が上がるということは、誰もがいいとすぐにわかったっていうことですが、そんなものは、意外性もないし、新しくも面白くもありません。
いいM&Aは、10人中9人が、「そんなの大丈夫?」というようなもので、だから新しくて面白いのではないかと思います。

若い時こそ壁にぶち当たったほうがいい

──お二人のこれまでのキャリアについてもお伺いします。これまでさまざまな壁をご経験されていると思いますが、どう乗り越えてきたのでしょうか。
佐山:私は20代を帝人で過ごしているのですが、その頃は本当に会社人間で、会社や上司の命令通りにきっちりやるタイプでした。
それが30歳で180度考え方が変わったんです。「自分の人生は、自分で決めて生きていこう」と。
当時は今のように転職自体がなかったので、生活のために司法試験の勉強をしました。
そんな時にたまたま銀行の中途採用に応募して、金融の世界に入ることになったんです。なぜ金融だったのかというと、単純に面接でお伺いした「M&A」が「面白そうだった」からです。
純粋で実直なものづくりの会社から、金融業界への転職は大きなカルチャーショックでしたね。
それまでの経験は、完全にリセットです。ただし、自然界を相手にするようなものづくりの経験があったからこそ、金融一筋の人間とは違う視点で仕事ができたのは、よかったと思っています。
島村:私にとって一番の壁となったのは、自分の担当する事業が年間60億円の赤字を出して、売却の危機に陥った時ですね。
サラリーマン人生で「地獄を見た」ともいえますが、最後は自分が責任をとるんだ、という覚悟があったから、踏ん張れたんだと思います。
既存事業というものは、それまで積み重ねてきた前提条件の範囲でものごとを考えます。しかし、本当に追い詰められると、0か1かで考えるしかない。
そうすると新しい解が見えてきたりするものです。
クビをいとわず責任を全うするという覚悟があったから、踏ん張れたんだと思います。
しんどい経験は、若いうちにしておいたほうがいいですよ。

加点主義で目標設定を上げる

──そういった経験も踏まえて、これからのグローバル人材の育成には何が必要だと思いますか。
島村:人材という観点では、積極性、常にチャレンジする姿勢が大事。成功するか、しないかは、やってみないとわからないものです。
日本企業が弱体化した一因は「失敗をさせないためのマネジメントシステム」。みんな、石橋をたたくけど、渡らなくなってしまった。
佐山:成果が見えにくい金融なんかは、特にそうですね。減点主義になりがちです。
例えばフィギュアスケートのように難易度とその出来ばえの評価を掛け合わせていくべきじゃないかと思います。難易度が低ければ、誰も失敗しないですよね。
そうではなくて、ちょっと失敗してしてもいいから、難易度を上げていく。
それによって、全体のレベルがアップします。その「ちょっとの失敗」を許せるかどうかが、組織の成長に重要なのではないでしょうか。
島村:失敗から得られる知識や経験は、必ず将来に生きてくるものです。昔から日本人には難局、難題をブレークスルーする力があって、それがここまで国力を成長させてきました。
若い人たちには、自分でブレークスルーする力、チャレンジするスピリットを持ってもらいたいですね。
佐山:目標を達成できたかどうかだけで判断する成果主義だと、安全志向になって目標を下げがちですよね。
目標設定の難易度とその成果を掛け合わせることができるようになれば、その企業の社風はかなり変わっていくはずです。
島村:減点主義ではなくて、加点主義でいくことが大事だと思います。目線を少し上にあげられる課題設定をすることが、社員のマインドセットを変えていくんです。

目線の先は10年後の夢

佐山:仕事柄、いろいろな企業を見てきましたが、会社というのはやはり社長で決まると思います。
社長が間違えた方向に行ってしまうと、他の社員がいくら頑張ってもダメです。会社がダメな方向に行けば優秀な社員もどんどん抜けていってしまいます。
では、どういう経営者がいいのか。
私は、経営者の使命というのは、「10年後」が語れるかどうかだと思っています。
目先の延長戦上の成長ではなく、経営者は将来の「夢」が語れないといけないと思います。
島村:我々の目線は、2025年に過去最高利益を上げること。2015年に10年後の目標として掲げました。
ただし、これだけ変化のスピードが速い時代なので、中身についてはごちゃごちゃ言わずにこれから考えればいいと思っています。
佐山:自分のことですら、5年後どうなっているかわからないんですから、5年後のビジネスなんて、本当に何があるかわかりませんよね。
島村:確かに変化の激しい時代ですが、自分の会社が存在する意義はそう変わるものではない。それが何なのかを従業員全員が共有していれば、どんな変化にも対応できると思います。
私たちAGCグループも、2年前に自分たちの使命と原点は何なのかを徹底的に議論しました。
そして、お客様や社会にとって“無くてはならない製品を提供し続け、いつもどこかで世界中の人々の暮らしを支える”ことが私たちの使命、と定義しました。
当社の製品を一般ユーザーの方が直接買い求めることはほとんどないでしょう。いわば我々は縁の下の力持ちという存在ですが、そこに誇りを持ちたい。
そして110年前、世の中が必要とするニーズに応えるために、リスクを顧みず、当時は不可能と言われていた板ガラスの製造に挑戦したのが我々の原点。
何のために仕事をするのか迷ったら、その使命と原点に立ち返ればいいと思っています。

経営者を育てる「社長経験」

佐山:私は経営者の育成には、子会社の社長をやるのが一番いいと思っています。どんなに小さな会社でもいいから、社長を経験するべきです。自分で責任をとって仕事をやりきる経験をすれば、力がつきます。
それが親会社に戻った時に経営者としての力になります。
島村:本社で管理業務をやっているより、一国一城の主になるほうがよほど成長できます。
私も45歳で、インドネシアの子会社の社長をやりました。資金繰りからすべてやるので、研修を受けるよりもよほどいい経験になりました。
その時は、私自身が日本で縮小させた事業をインドネシアで拡大するというミッション。マーケットが急成長している中での仕事だったので、面白かったですね。
同じ仕事なのに日本では守る一方だったものが、インドネシアではどんどん売っていくというポジティブな方向に頭を切り替える必要がありました。
当時の経験から学んだのは、相手がどこの国の人であろうが、人と人が向き合ってコミュニケーションを深められれば、わかり合えるということ。カタコトだろうが真剣に語り合うことで、以心伝心するものです。
インドネシアでは、現地の人や欧米から来ている人たちばかりと交流していました。その時の人脈は今でも財産です。
もちろん、日本人社会と付き合えばラクですが、せっかく海外に来ているのにそれではもったいないですよね。
佐山:ラクをするということは、何かを失っているということなんじゃないかと思います。しんどい目にあって初めて力がつく。筋トレでもラクをしていたら、筋力はつきませんからね。
例えば、電車の切符をとる場合でも、私は基本的にネットで自分でやります。
人に頼めばラクですが、自分でやらないと、予約の仕組みがどうなっているかがわかりませんよね。それがいろいろな分野の投資をする時に役に立つんです。

「面白そうなこと」がキャリアにつながる

──最後に、この先のキャリアを考えている人に向けて、アドバイスをいただけますか。
佐山:「面白そうなこと」をやるべきですね。面白いことは誰でもやっているんです。でも、誰も気づいていない「面白そうなこと」ならまだ競争相手も少なく、面白ければその後の自分自身の大きな伸びも期待できます。
今の時代、キャリアプランなんか考えても仕方がないのではないかと思っています。5年後、10年後の世の中は今とは全く違ってくるんですから。
今の限られた情報で不確かなキャリアプランを想定するよりも、常に「面白そうなこと」を追求し続けるほうが、結果的にいいキャリアに結びつくと思います。
島村:面白いことというのは、人に与えられるのではなく、自分で見つけるもの。何が面白いかなんて、人によって違いますからね。
だからこそ、いろいろなチャレンジの機会を提供して、若い人たちに面白そうだと思うことを見つけてもらいたいですね。
(編集:奈良岡崇子、構成:工藤千秋、撮影:尾藤能暢、デザイン:九喜洋介)