当日の商品持ち帰りができない店

サンディエゴであれノボシビルスクであれ東京であれ、イケアでのショッピング体験は同社の組み立て家具と同じようにほぼ変わらない。
シンボルカラーの青と黄色の大きなハコモノにだだっ広い迷路のようなショールーム、レストランで供されるスウェーデン・ミートボール……これらがセットとなって、イケアを49カ国で400以上の店舗を展開する家具小売り世界ナンバー1(総売上383億ユーロ)の座に押し上げた。
だが、イケアのロンドンの新店舗にミートボールはない。
2012年夏季五輪の複合施設に近い再開発地域に作られたショッピングモールの一角にあるこの店舗は、15年以降にイケアが世界20カ所以上で出店した小型店の1つだ。
面積は、従来型の郊外店舗であれば2万5000平方メートルを超えるところ、このロンドンの店は約900平方メートルにすぎない。家具や雑貨を並べたモデルルームはあるにはあるが、何でも買えるとは言いがたいし、買ったものをすぐに持ち帰ることもできない。
その代わり、客はタッチパネル型のコンピューター端末を使って注文を行い、配送か後日自分で引き取りに来るかを選ぶことになっている。
組み立てというイケア家具につきものの「儀式」さえ回避可能だ。雑用の代行仲介サービス「タスクラビット」を介して組み立てを手伝ってくれる人を募集すればいいからだ。タスクラビットはサンフランシスコに本社を置く新興企業で、先ごろイケアに買収された。
イケアはロンドンの新店舗のような小型店や期間限定の店舗、ネットストアの拡大により、世界トップの座を今後も維持しようとしている。「イケアの新しい世界を作り上げるために試行錯誤を行っていく」と、イケアのジェスパー・ブロディーン最高経営責任者(CEO)は言う。「革命的なスピードで今まさに進行中だ」
もたもたしてはいられない。過去5年間を見ても、従来型店舗への来店者数はほぼすべての年で停滞している。
背景としては中核的な客層だった若い世代が大都市に流入し、以前ほど自動車に乗らなくなり、オンラインショップを利用するようになったことが挙げられる。つまり以前なら週末の午後をイケアで過ごしていたかも知れない若いカップルが、インターネットの画面に向かうようになってしまったということだ。

出遅れたネット販売にも注力

「すてきに見える商品を少しでも安く手に入れるためなら、客は50キロくらい平気で車を飛ばしてくるというのが(これまでの)イケア発展の前提だった」と語るのは、カンター・リテイル(ロンドン)のアナリスト、レイ・ゴールだ。
「若い世代は確かにイケアが好きだが、イケアまで車で来るのが無理になったかその気がなくなったのだ」とゴールは言う。「サービス向上に投資する以外にイケアに選択肢はない」
イケアはまた、ネット販売における遅れを取り戻すのに必死だ。
調査会社スタティスタによれば、家具類のネット販売による全世界の売上高は今後3年間、家電のようなネットでの買い物が定着した分野を上回る年約12%のペースで伸びるとみられている。
だが、ブルームバーグ・インテリジェンスによれば、イケアがオンラインストアを開設しているのは進出先の国の半分に過ぎない。
オンライン販売の分野では、ウェイフェアを初めとする手ごわいライバルたちとの戦いもある。
ウェイフェアはボストンに本拠を置く家具専門のオンライン小売業者で、米国と欧州での売上は40億ドルを上回る。アマゾン・ドットコムは昨秋、「リベット」など独自の家具ブランドを立ち上げた。リベットは価格にうるさいミレニアル世代向けで、ミッドセンチュリーモダンのデザインが特徴だ。
イケアも2018年末までにオンラインストアを世界的に展開する計画だ。また詳細は不明ながら、アマゾンやアリババ・グループ(阿里巴巴集団)傘下の天猫(Tモール)といった他社サイトでの販売もまもなく開始するとしている。
イケアはこれまでに、カナダや中国、日本、欧州の24カ所で小型店を出店。いろいろな選択肢を試すため、それぞれの店舗は少しずつ異なっている。都心部の路面店にショッピングモール内の店、カフェのある店ない店、面積もロンドンのような狭いところから約4000平方メートルと比較的広いところまでさまざまだ。

小型店が大型店出店のきっかけに

ロンドンの店舗で供される飲食物はコーヒーマシンの飲み物だけ。もう1つの「イケアらしさ」と言えばスタッフが見守る子ども用の遊び場だが、これがない代わりにゲーム「キャンディークラッシュ」をインストールしたタブレットコンピューターが2台置かれている。
とはいえ、忙しい時間帯には店内には20人ものスタッフがいて、客は従来型のイケア店舗よりも「もっと人間味のある買い物体験」を期待できると、ロンドン店のマネージャーを務めるミルコ・リゲットは言う。
たとえばキッチンのリフォームの計画を立てたい客がいれば、スタッフは仮想現実(VR)のアプリを使って手伝いをしてくれる。
新しい店舗のあり方を探るなかでイケアは先ごろ、マドリード中心部に寝室用の家具インテリアのみを扱う期間限定の店舗をオープンした。ストックホルムにオープンしたキッチンに特化した店舗では、買い物客が実際に調理を体験することもできる。
イケアはまた、新しい技術にも力を入れている。昨秋、同社は「IKEA Place」という拡張現実(AR)技術を用いたスマートフォン向けアプリを発表。このアプリを使えば、家具を自宅の部屋に置いたらどう見えるかを購入前に確認することができる。
また、物流システムを見直して発注・積み込み、配達のプロセスの迅速化を図った。「(さまざまな流通チャンネルを持つ)マルチチャンネル企業への変容を確たるものとするための大型投資だ」と、ブロディーンCEOは言う。
こうした試みの結果はまだ見えていない。イケアのウェブサイトへの訪問者数は過去2年間、年率10%の割合で増えているが、今も売上の90%を占めるのは実店舗のほうだ。
小型店では満足しない客もいる。ロンドンの店舗で買い物をしていたある女性客は「ショールームが手狭だ」と言い、「買う前に何でも触ったり見たりできるほうがいい」と述べた。別の女性客は「その場で買えるちょっとした商品の品ぞろえ」をもっと充実させて欲しいと語った。
それでもイケアによれば、新たな試みは従来イケアで買い物をしなかったような客の呼び込みにつながっている。
たとえばマドリードの寝室に特化した期間限定店舗を訪れた客のうち、イケアの大型店に行ったことがないという人は70%に達したと、同社のグローバル・コマーシャル・マネージャーのステファン・ショーストランドは言う。
そればかりかこの店舗のオープン以来、マドリードにおけるネットストアの売上は50%以上増えたという。また、カナダのケベック・シティやオンタリオ州ロンドンにオープンした小型店の売上も上場で、これを受けてイケアは近郊に大型店を出店する計画だという。
「私たちはお客にサプライズをもたらし、お客は(イケアという)ブランドに対して絆を感じるようになっている」とショーストランドは言う。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Carol Matlack記者、翻訳:村井裕美、写真:写真:CraigRJD/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.