米ランニング専門店でシェア第1位

ランニング歴20年の筆者は、出張先でも旅行先でもランニングを欠かさない。毎週何キロ走っているか記録しているし、2年前にはフルマラソンにも挑戦した。
でも、ブルックス・スポーツによれば、筆者は「ランナー」ではない。ただの「ランニングをする人」だ。「自称ランナーだね」と、ブルックスのジム・ウェーバーCEOは言う。ウェーバー自身、過去35年間、週に3〜5日ランニングをしてきたが、やはりランナーではないという。
米国のランニング専門店でシェア第1位を誇るブルックスの定義では、「ランナー」とは競技としてランニングをする人のこと。「それに」と、ウェーバーは急に声をひそめて言った。「ランニングはスポーツとはちょっと違うからね」
一理ある。米国では毎年1900万人が何らかのロードレースに参加する。バスケットボールのリーグ戦参加者の5倍の数だ。ただし、ほとんどの人は入賞を狙って走るわけではない。さらに、定期的にランニングをしてもレースには出ないという人は2800万人もいる。
「オリンピックのマラソンで誰が優勝したかとか、どのブランドのシューズを履いていたかなんて、誰も覚えていない」と、ウェーバーは言う。だからランニングシューズ専門ブランドのブルックスが100〜180ドルのシューズを売るためには、計4700万人の「自称ランナー」が走る理由をまず理解する必要がある。
「ほぼ例外なく個人的な理由だ」と、ウェーバーは語る。「人がランニングをするのは、自分の満足のためだ」

オリンピック予選でナイキを抜いた

この「ライフスタイルとしてのランニング」の発見は、17年前、2度目の経営破綻の危機にあったブルックスを5億ドル企業に押し上げた。
現在、創業104年の同社は米国のランニング専門店のシェアトップを誇り、世界60カ国以上に展開している。過去4年間のボストンマラソンで、出場者に最も(または2番目に)履かれているブランドでもある。
2016年に行われたマラソンのオリンピック予選大会では、ブルックスを履いている選手が他のどのブランドよりも多かった。「ナイキは2位だった! うちの次だ! イエスススススス」と、ウェーバーは興奮気味に語った。
だが、熱心なランナー以外では、ブルックスは相変わらず比較的無名のブランドだ。ランニングやサイクリング好きのためのアプリ「ストラバ(Strava)」によると、週48キロ以上走る人の約6分の1がブルックスのシューズを愛用しているが、16キロ以下しか走らない人の間では3%程度だ。
このため、ブルックスの売上高はナイキの足元にも及ばない。ナイキの北米におけるランニングシューズの売上高は52億ドルで、市場シェアは30%を超える。アディダスやアシックス、ニューバランスと比べても、ブルックスの売上高は大きく見劣りする。
ブルックスは、ランナーのニーズに応えることに力を注いできた。その意気込みは社員にも浸透しているようだ。
昨年、テキサスのバーで社員たちが飲んでいたときのこと。ブルックスのシューズを履いている客を見かけた彼らは、その客を質問攻めにした。ランニングをするのか、ブルックスの評判をどこで聞いたのか──。その客が友人のバチェラーパーティー(結婚前の独身さよならパーティー)に来ていたのもお構いなしだ。
ウェーバーはそれを変えたがっている。これからはランニングを好きではない人にも、ブルックスのシューズを売り込もうというのだ。そうすれば、数年後には売上高を倍増させて10億ドルブランドになれると、ウェーバーは確信している。ただしそのためには、今まで以上に複雑な顧客の心理を理解する必要がある。

次々と変わる所有者「全商品ラインが赤字だった」

ブルックスは1914年、フィラデルフィアで設立された。主力製品は、野球用のスパイクシューズと海水浴客向けのマリンシューズ(編み上げのバレエシューズのような靴)だった。
ランニングシューズを作り始めたのは1974年。ミッドソールに伸縮性のある発泡体を使ったシューズは、ジョギング初心者に大人気となった。
ところがあまりに人気が出ると、プエルトリコの工場が需要に追いつけなくなり、タングがなかったり、靴紐の穴(アイレット)が足りない不良品が急増。一時的なことだったとはいえ、小売店からの返品は約300万ドル相当にものぼり、ブルックスは1981年に破産申し立てに追い込まれた。
それから20年間、ブルックスの所有者は次々と変わった。ウルヴァリン・ワールドワイド(ハッシュパピーのメーカー)の傘下に入ったときもあった。ノルウェー人投資家に買収されたとき、工場がある中国に近いという理由でシアトルに本社を移転した。
だが、どのオーナーも事業の立て直しはできなかった。1993年に新社屋への移転を報じたシアトル・タイムズ紙は、ブルックスの米国内での売上高(3000万ドル)はナイキの広告費よりも少ないと紹介した。
ウェーバーがブルックスのCEOに就任したのは2001年のこと。それまでアウトドア向けのアパレル会社とスノーボード会社で仕事をしてきたウェーバーは、当時のオーナーだったプライベートエクイティのJ・H・ホイットニーの要請を受けて、ブルックスにやってきた。
「全商品ラインが赤字だった」と、ウェーバーは振り返る。
そこでウェーバーは、ほぼ全商品を一掃することにした。スパイクシューズも、テニスシューズも、バスケットシューズもおしまいだ。ウォルマートで1足30ドル売られていたクロストレーナー用シューズもやめることにした。
そしてまだ売れていた、たった1種類のシューズに事業を集中することにした。それが本格的なランナー向けのランニングシューズだ。

ランニングシューズに事業を集中

カルガリー大学ランニング負傷クリニックによると、毎年、世の中のランナーの半分がケガをしている。その結果、ランナーがシューズを選ぶとき重視するのは、その靴で何ができるかではなく、何を防止できるかになってきた。
ランニング中にケガが最も起きやすいのは、足が着地したとき内側にひねった(回内)ときか外側にひねった(回外)ときと、長年考えられてきた。そのひねりが大きすぎると靭帯が伸びきってしまったり、膝や腰、あるいは脚に負担がかかったりして、足を引きずることになる。
ブルックスは早い段階から、それぞれのランナーが抱える問題を是正するシューズ作りを試みてきた。ランニング専門店で客にトレッドミルか廊下を走ってもらい、それに基づき適切なクッションとひねりを防止する構造、そして1人1人の足の形にフィットするモデルを提案するのだ。
「ブルックスには、きちんとした製品とすばらしいイノベーションがある」と、サンフランシスコにフリート・フィート・スポーツ(全米に180店あるランニングシューズ専門店)を2つ所有するブレット・ラムは語る。
ウェーバーがトップに就任してから数年で、ブルックスは専門店で人気ナンバーワンのブランドになった。すると2006年、バークシャー・ハサウェイ傘下のフルーツ・オブ・ザ・ルーム(Fruit of the Loom Inc.)がブルックス買収に名乗りを上げた。
じつは、バークシャーは2年ほど前からブルックスに注目していた。
ウォーレン・バフェットの資産運用管理者の1人であるトッド・コームスはトライアスロン愛好者で、もう1人の資産運用管理者テッド・ウェシュラーはマラソン愛好者だった。ブルックスの規模が3年おきに倍増していることに気がついたコームスは、バフェットにブルックスのことを紹介した。
バフェットはすぐにウェーバーに会うことにした。そこでウェーバーがランニングシューズに集中する戦略を説明すると、バフェットはいたく気に入ったという。「(バフェットは)長期的な視点で物事を考える」と、ウェーバーは言う。バフェットはウェーバーに「とにかくブランドを強化しろ」と言ったという。
ウェーバーはそのとおりにした。そして大きな成功を収めた。おおいに喜んだバフェットは2012年、ブルックスをフルーツ・オブ・ザ・ルームからスピンオフすることにした(ただし、引き続きバークシャーの傘下に置いた)。
多くのバークシャー傘下企業がそうであるように、ブルックスは小粒で、2016年のバークシャーの利益240億ドルのごくわずかを占めるにすぎない。
だが、バフェットにとってブルックスは自慢の種のようだ。ブルックスは、バークシャーの年次株主総会に限定版スニーカーを販売し(ヒール部分にバフェットに似顔絵をプリントした年もあった)、5キロ走を開催している。

マインドフルネスブームに乗ったが

ブルックスがランニングシューズのメーカーとして復活を遂げ始めた時期は、米国人の健康に対する考え方に変化が訪れた時期と一致する。「ダイエット」や「エクササイズ」をする人は突然いなくなり、「クリーンな食事」や「フィットネス」が注目されるようになった。
スポーツ&フィットネス事業協会によると、米国では2001年以降、約1300万人がランニングを始めた。イリノイ州の人口に相当する数の人が「今日からジョギングを始めよう」と決意したのだ。
ランニングのストレス発散効果や気分高揚効果は、ヨガやメディテーションなど、心をクリアにし、スローダウンし、日々の生活に目的意識をもたらす(と考えられている)マインドフルネスのトレンドに見事にはまった。
多くのスポーツと違って、ランニングは自然な活動だという点も高く評価された(原始人は走り回ることはあっても、サッカーはやっていなかっただろう)。
こうした流れを考えると、2009年頃にランニングに新たなトレンドが誕生したのは驚きではない。
それに拍車をかけたのは、ウルトラマラソン(42.195キロを超えるマラソン)ランナー、クリストファー・マクドゥーガルの著書『BORN TO RUN 走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族"』(邦訳:NHK出版)だ。
そのトレンドとは、走ることはとてもナチュラルかつオーガニックなことで、シューズさえ必要ないかもしれないという考えだ。
マクドゥーガルは、ランナーがケガをする頻度の高さを知って思った。ちょっと待った。ランナーが膝をつぶし、シンスプリント(すねの鈍痛)になる確率は、なぜ30年前と変わらないのか。値段の高いランニングシューズは、いったいどんな役割を果たしているのか──。
同じ頃、足の回内とケガの関係に疑問を呈する研究論文が発表された。
「シューズの基礎にどのような科学があるのか目をこらしてみたら、何もなかった」と、オハイオ州の足治療医ニック・キャンピテリは言う。「メーカーがイノベーションについて語るとき、通常はシューズに使われる素材のことであって、科学的証拠に基づく生物科学研究のイノベーションではない」
『BORN TO RUN』はベストセラーになり、伝統的なランニングシューズの売り上げは下がった。突然、誰もがビブラム(Vibram SpA)のシューズ(足袋のようにつま先が足の指1本ずつに分かれたゴム靴)で公園を走り始めた。
「なんてこった、もう誰もうちのシューズを履かなくなると思ったよ」と、ブルックスのグローバルフットウェア製品管理部長、カーソン・カプララは言う。
カプララ自身もマラソンランナーで『BORN TO RUN』を読んでいたが、そこに書かれていることが流行するとは思いもしなかった。ビブラムのゴム靴がランニングシューズ市場の5分の1を占めるのを見て、カプララは困惑するしかなかった。
結果的に、このトレンドは長続きしなかった。ランナーズワールド誌は2012年に「きみはミニマルになる覚悟があるか」と題した記事を掲載したが、1年後には「ミニマルシューズの売り上げが急落」と報じた。
さらにビブラムは、科学的証拠なしに自社のシューズの健康便益をうたったとして、虚偽表示に基づく集団訴訟を起こされた(2014年にビブラムが375万ドルを支払って和解)。
やがて伝統的なランニングシューズの売り上げは持ち直し、2014年にはエクストリームクッションが流行するまでになった。

IDEOが見つけたシンプルな答え

それでもカブララは、簡単には衝撃を忘れられなかった。それに何百万人ものランナーが「自分の歩き方の癖を直すシューズ探し」をやめていた。ブルックスは彼らが走る理由を見つけて、それに応えるシューズを提供する必要があった。
そこでブルックスは、世界的なデザイン会社IDEO(アイディオ)の助けを借りることにした。なぜ人々は走るのか。この、シンプルだが難しい問いを与えられたIDEOのチームは、全米のランニングシューズ店を訪ねて、市民ランナーたちの話を聞いた。そして見つけた答えは、質問と同じくらいシンプルだった。
多くの人が走る理由は、走ることが好きだからだ。
もちろんつねに楽しいわけではない。足がすごく重く感じられたり、ウエアがこすれて肌が痛んだり、ノリノリの音楽の途中でスマホのバッテリーが切れたりする。
でも、マインドフルネスに目覚めた人たちは、ランニングには心身を解放する効果があることに気がついた。気分をリフレッシュする効果もある。少しばかり足首がグラグラしても、たいした問題ではなかったのだ。
その一方で、走ることを楽しめないと告白する人たちもいた。彼らは、体にいいから走っているにすぎなかった。
「こういう人たちは、走る気になるための工夫をしている」と、IDEOのクラーク・シェフィーは言う。「iTunesで30分きっかりで終わるプレイリストを作っている女性もいた。全曲聴き終わったらやめられると思いながら走っているんだ。走るのが大好きだから走る人とは対照的だ」
ブルックスはそれまで「走りたくないけど走っている人」を想定したことがなかった。「彼らは、ランニングをできるだけ楽な経験にしたがっている」と、カプララは言う。興味深いことに、このタイプの人たちはクールに見えることにもこだわっている。
ブルックスはランニングが大好きな人向けのシューズを作ることに集中していたから、アスレジャー(運動とレジャーを組み合わせた趣向)というジャンルをすっかり見過ごしてきた。仕事にも履いていけるスニーカーを作ろうと思ったこともなかった。
とはいえ、ナイキとアディダスの黒いニットのシューズや分厚いホワイトソールのスニーカーも、ジュースクレンズ(一時的に食事の代わりにジュースを摂ることで体内を浄化する)に夢中になるようなファッションに敏感な人たちには、さほど売れなかった。
一方、ブルックスで最もよく売れていたシューズのほとんどは、時代遅れのいかついデザインだった。
そこでブルックスは、もっと軽くてスポーティーなシューズを作ることにした。色も現代的にした。主力はブラックで、グレーが入ったホワイトを少し。ネオンカラーはごくわずかにした。
2017年、「ついに『レベル(Revel)』が発表された。見た目が魅力的なシューズをブルックスが作ったのは、事実上それが初めてだった」と、ランニングシューズ専門店フリート・フィートのラムは語る。

走りたくないランナーの心をつかめ

ブルックスは、走りたいけれど、文字どおり後押しが必要な人のための高性能ランニングシューズも作った。2015年、ドイツの化学大手BASFに依頼して、やや反発力のある素材を開発してもらったのだ。
BASFが使ったポリエチレン発泡体は、もともと(つまりジェルやエアバッグがトレンディーになる前)ランニングシューズの素材としてよく使われていた素材だ。この素材は伸縮性に優れ、着地した足を前に押し出してくれる感覚を得ることができる。
ランニングシューズ各社は、新素材に未来っぽい響きの名前をつけたがる。ナイキのルナロン(Lunarlon)やアシックスのフライトフォーム(FlyteFoam)がいい例だ。ブルックスは、科学っぽい響きのDNA Ampという名前をつけた。
「それからヒールを削って、フラットシューズのように足全体で着地できるようにした」と、ブルックスのシニア生物化学エンジニア、エリック・ローアは語る。
ブルックスはIDEOの協力を得て市民ランナーの本音を探る一方で、足首をひねる問題に関する従来の理論を再検討した。2013年に本社をシアトル市内で移転したとき、テストラボを設けて、ローアのようなエンジニアを採用したのだ。
「極端なケースを除けば、足がどう着地するかは、その人の走りに影響を与えないことがわかった」と、ローアは言う。
現在ブルックスのウェブサイトでは、ユーザーのニーズ(「既存のケガはありますか」など)と希望(「クッション性のあるソールが厚いシューズと地面を蹴る感覚を得られるシューズのどちらがいいですか」など)を調べている。また、歩き方の癖を診断できる営業マンの採用も進めている。
ブルックスは昨年9月、高反発ソールDNA Ampとトレンディーな(そして生産コストがやや低い)ニットアッパーを組み合わせた新製品「レビテイト(Levitate)」を発表。同社製品としては高価格帯となる150ドル(日本では1万6000円)で販売している。色は、男性用がロイヤルブルーとグレー、女性用はエレクトリックブルーとホワイトだ。
レビテイトは、コレクターが再販サイトを探し回るようなシューズではないかもしれないが、ブルックスにとっては6年ぶりのヒット商品となった。
「ナイキの最高にクールなシューズくらいクールかと言われれば、わからない。でも、私たちにとってはクールだ」と、カプララは満足げに言う。
これまでブルックスは広告にさほど力を入れたことがなく、メンズ・ヘルス誌やランナーズワールド誌で高評価を得ることで売り上げを伸ばしてきた。
だが最近は違う。スターバックスで季節商品のプロモーションを担当してきたメラニー・アレンを最高マーケティング責任者に雇い入れて、レビテイトの発売に先立つ昨年6月(ブルックスにしては)大掛かりなプロモーションを展開した。
これは登録した人全員を「公認アスリート」として1ドル支払うというキャンペーンで、6万人以上が登録。彼らは自分のソーシャルメディアに「ブルックスとスポンサー契約を結んだ公認アスリート」と、おふざけ写真を投稿した。
地元のミニマラソンに参加すれば、#brooksendorsedや#brooksathleteといったハッシュタグを付けて、写真を投稿した。やがてそこに、レビテイトを履いた写真が増えていった。
別にマラソン大会に出ていなくてもいい。ロンドンのある女性は、レビテイトを履いてトレッドミルを使いながら、ネットフリックスを見ている写真を投稿した。メイン州の男性は、レビテイトを履いて散歩に出た写真を投稿した。
カリフォルニア州カルスバッドに住むマリソル・ベック(22)は、レビテイトは「すごく軽い」と興奮して言った。ランニングを始めたのは2年前。ボーイフレンドのすすめで始めてみたらとても楽しかったので、カレと別れた後も続けることにした。
以前はブルックスの名前も知らず、フィラ(FILA)のシューズを履いていたが、見た目と履き心地が気に入ってブルックスに変えた。今はブルックスのシューズを2足持っている。最初は1.6キロを走るのに10分かかっていたが、今年はフルマラソンに挑戦したいと思っている。
「数カ月前は『私はランナーです』なんて、とても言えなかったけど」とベックは笑う。その笑顔を見ていたら「ブルックスの定義では、今もランナーじゃないのよ」とはとても言えなかった。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Claire Suddath記者、翻訳:藤原朝子、写真:©2018 Bloomberg L.P.)
©2018 Bloomberg L.P.
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.