[東京 23日 ロイター] - 政府は23日、財政黒字化の達成可能時期を先送りした試算を公表した。これまで何度も「延期」してきたが、いよいよ正念場が近づいてきたとの声が識者から出ている。団塊世代が後期高齢者入りし、社会保障費が急増する2025年が視野に入ってきたからだ。潜在成長率の引き上げが見込めず、社会保障費を含めた歳出削減もできず「25年問題」に直面すると、国民生活に大きな影響が出かねないとの懸念が浮上している。

<停滞する改革機運、遅れる目標達成>

「全体的な空気感として、改革モメンタムの低下を懸念している」ーー。安倍晋三首相が昨年秋、20年度の基礎的財政収支の黒字化達成を断念した際、社会保障改革ワーキンググループの民間委員のひとりは、財政改革の機運低下に警鐘を鳴らした。

昨年末の経済財政諮問会議では、榊原定征・経団連会長が、診療報酬と介護報酬の同時改定について「25年問題への道筋を示す非常に重要な改定。我々はマイナス改定を主張してきたが結果はプラス。もう一歩踏み込んでいただきたかった」と、厳しく指摘した。

高齢化社会の日本で財政再建は、歳出の3分の1を占める社会保障改革と表裏一体だ。

22年から25年にかけて団塊世代が75歳以上に突入すると、医療費が15年時点の1.5倍の35兆円に膨張するとの試算もある。社会保障費の急激な膨張により、財政の将来不安が現実となりかねない。

政府自身、社会保障費の増加を抑制するために、現在はその伸びを3年間で1.5兆円に抑制してきた。それも18年度で期限が終わる。

その後の抑制策については、今年6月をめどに政府が新財政計画に盛り込む予定であり、25年問題をどう乗り切るかの正念場となる。

しかし、政府高官のひとりは「歳出を緩めたい政治家は多い。6月までに方向性すらまとまるのか不安だ」と嘆く。背景には国民の反発があり、中堅官僚の中にも「財政再建の停滞の真犯人は国民」との声さえ聞かれる。

政府は、これまで歳出を拡大しても、高成長と税収増でカバー可能というシナリオを描き、基礎的財収支(PB)黒字化は、昨年の中長期の財政試算では25年度に達成可能との中長期試算を公表していた。

しかし、諮問会議民間議員からバブル期並みの高成長を前提としたシナリオは見直すべきとの意見が相次ぎ、今回は現実的な経済見通しに修正。実質2%成長を前提にした試算では黒字化も27年度に先送りされた。

<金利急騰時、国民生活はどうなる>

財政不安を招きかねない要因は、25年問題だけではない。世界的に金融緩和の修正が進んでいくことを前提とすれば、金利の上昇は避けられない。

日本総研の湯元健治副理事長の試算では、財政赤字を国内で穴埋め困難となるのは21─24年ごろ。政府の債務残高がこれまでのペースで増加すると、高齢化による貯蓄減少に伴い、政府債務残高が国民の金融資産残高を上回るためだ。

海外投資家の国債保有比率が上がり、金利が上昇し始める可能性も高くなる。債務残高が巨額のため、金利がわずかに上がっても、利払いが膨張する。

こうしたケースで、国民生活には何が起こるのか──。

東京大学大学院の福田慎一教授は「財政悪化による社会保障費の大幅カットなど、経済の混乱は不可避」とみている。福田教授は20%の消費税率でも黒字化は困難とみている。

湯本氏は、政府が大胆な福祉削減や大幅増税に踏み切れないケースでは、ハイパーインフレに陥る可能性があるという。国民はいくら働いても生活できなくなり、一番厳しいシナリオがやってくるとみている。

<政府債務を帳消しに、海外経済学者重鎮が提言>

団塊世代が後期高齢者となり始める22年まで4年程度。政府が社会保障の大胆な改革を策定し実行に移せるのか、タイムリミットは迫っている。

元英金融サービス機構(FSA)長官のアデア・ターナー氏は「根強いデフレ圧力と公的債務問題に対して、日本が取り得る最も有効な打開策」として「日銀は、保有国債の一部を無利子永久国債としてバランスシートの資産に計上し、実質的に『消却』すべきだ」と提言(1月10日配信のロイターのインタビュー)した。

昨年3月の経済財政諮問会議でも米ノーベル経済学賞受賞のジョセフ・E・スティグリッツ氏が招待され、同様の提言を行っている。

財政黒字化実現のタイミングが政府試算の都度に後ろ倒しとなる中、財政再建が益々困難になることが明らかなれば、事実上の日銀による財政ファインスを容認するこうした論調が広がりかねない。

(中川泉 編集:田巻一彦)