香港は中国にのみ込まれるか。民主運動の「女神」の胸の内

2018/1/26

中国と対峙してきた香港の若者

2012年の「反国民教育運動」、そして2014年の「雨傘運動」──。
香港の若者は、近年中国と対峙(たいじ)してきた。
彼らにとって、中国とはどういう存在なのか。中国の現状を、彼らはどう評価しているのか。学生組織「学民思潮」の主要メンバーの一人として2つの運動を経験した大学生・周庭(アグネス・チョウ)さんに、立教大学で香港政治を研究する倉田徹教授が聞いた。
周庭さんらは2016年に政党「香港衆志」を結成。同年9月の立法会(香港の議会)選挙で「雨傘運動」の学生リーダーの一人であった羅冠聡(ネイサン・ロー)を当選させたが、羅冠聡は就任時の宣誓のやり方を問題視され、議員資格を剥奪された。周庭さんは3月11日投票の補欠選挙で、羅冠聡の議席を奪還すべく、立候補することを正式に表明した。
雨傘革命に参加した周庭さん。写真は2015年、活動に参加したことで出頭するメンバーとともに(写真:ロイター/アフロ)
周庭さんは日本のアイドルやアニメ文化を愛し、ほぼ独学で日本語を学んだ。インタビューは香港の議会・立法会に近いカフェで、全編日本語で行われた。

「中国という概念があまりない」

倉田 周庭さんは1996年生まれで、1989年の天安門事件の時はまだ生まれていない。そして、返還の時はまだ1歳で、その記憶もない世代です。子どもの頃は、中国に対してどのようなイメージがありましたか。
周 庭(アグネス・チョウ)1996年生まれ。政党「香港衆志」常務委員 
2011年に結成された、「愛国教育」に反対する中高生の団体「学民思潮」に加わり、スポークスパーソンとして活躍。デモや集会によって政府に「愛国教育」の必修化撤回を迫り、注目を集める。2014年9月には「学民思潮」メンバーとして、中国政府が提案する限定的な普通選挙案に反対する「雨傘運動」に参加した。テレビ東京「未来世紀ジパング」など、多くの日本メディアにも登場。2016年4月に新政党「香港衆志」を結成。現在、香港浸会大学に在学中。
周庭 イメージ自体が、実はあまりありませんでした。例えば、小学校の社会科の授業で「私たちの国はどこですか」というような授業があって、そういう時には「中国」という言葉を聞きますが、中国という概念があまりないですね。
だから、「中国」という言葉が聞こえる機会は、社会科などの授業と、テレビでニュースが始まる時間の前に国歌が流れるときくらいで、そういう時だけ「中国」というものが頭の中に入るのです。
倉田 確か2004年から、ニュースの前には国歌が流れるようになりました。子どもの頃から、ニュースの前には国歌が流れている、という印象ですか。小学校の社会科の授業では、「中国は私たちの祖国です」というように教えるのですか?
聞き手 倉田 徹 立教大学法学部政治学科教授 
2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)。在香港日本国総領事館専門調査員、金沢大学国際学類准教授、立教大学法学部政治学科准教授などを経て2017年より現職。研究テーマは香港政治。
著書『中国返還後の香港―「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会、2009年)=2010年度サントリー学芸賞、『香港:中国と向き合う自由都市』(共著、岩波新書、2015年)、『香港を知るための60章』(共編著書、明石書店、2016年)など。
倉田 「愛国心を持たなければならない」と教えられますか。
周庭 「私たちは中国人」とか、「香港は中国のなかの一都市」とか。でも、それは社会科の様々な課題のごく一部ですから、「中国は私の国」という強いイメージは、あまりないです。社会科の課題はほかに色々あるし、授業の中だけのことですから。
倉田 そうすると、自分の意識の中に、そもそも「国」というものはあまりないような感じですか?
周庭 強い概念ではないですが、「香港人」というアイデンティティは、子どものころからもありました。一方、中国人のアイデンティティも、両方あったと思います。
子どもの頃は、テレビや授業でしか知識を得る機会がないですし、「私は香港人です」とか、「私は中国人です」というような思いはあまりありませんでした。
倉田 なるほど。今周庭さんが所属する「香港衆志」は、中国政府とは全く立場が違うわけですよね。周庭さんは、中国の現状をどう評価しますか?
周庭 「党」と「国家」は、本来は違う概念ですが、なぜ中国ではその異なる2つの概念が一緒になっているのか、おかしいと感じます。中国は良い歴史もあるし、素晴らしい文化もありますが、今私が見ている中国は「党」しかない国になったと感じます。「党」というコンセプトしかない。
倉田 「国」そのものがないというような感じですか?
周庭 「党」と「国」が一体化している。中国は私の目には、すごく非民主的に見えます。人を尊重しない、人の権利・人の命を尊重しない、反対の声は存在するけど、それを消したいという政権だと思います。そういう非民主的な政権が、中国の長い歴史や良い文化も壊していると感じます。
2014年の香港反政府デモの象徴である雨傘はその後も使用され、2016年(写真)の中央政府に対する抗議デモでも使われた(写真:AP/アフロ)
倉田 しかし、中国政府は今、西洋型の民主主義よりも、中国共産党の体制のほうが優れていると思っています。
周庭 中国は、西側の民主制度を使わない、自分たちには中国式の民主制度があると言いますが、あれは中国式の民主ではなく、民主がないというのが事実です。「中国式の○○」という言葉を作って、ウソをつくのがすごく上手な政権だと思います。
もちろん、中国だけでなく、多くの国の政権が、良い言葉を作って上手にウソをつきます。中国は強いし、香港人としては強く中国の弾圧を感じますが、実はこれは中国だけの問題ではなく、権力を持つ政党や政府は、よく同様の方法で人の基本的な権利を弾圧するものです。
倉田 例えば、中国以外だと、どこの国ですか?
周庭 世界中どこでも、例えば、西側の、すごく民主的な制度がある国でも、政府が「民主制度の結果を尊重する」と言いつつ、裏では違う方法で自分のやりたいことをやりつくすというようなことは、世界中にあると思います。「自分たちにも民主制度がある」と主張する国も、そういう問題があると思います。
倉田 昨年秋、米タイム誌が「中国が勝った(China Won)」という特集を掲載しましたが、そう思いますか?
周庭 中国は経済と外交の面では、強いというイメージがあるかもしれません。でも、人々の、市民の基本的な権利を弾圧する政権は、必ず「勝った」とはならないと思います。
倉田 将来はダメになると?
周庭 人権を無視して経済面だけを強調するのは、本当の勝利ではないと思います。
表面的な勝利の裏で、多くの市民・人々が、自分の基本的権利を求めるために犠牲を払っています。彼らは命をなくしたり、将来をなくしたりしています。市民の意見を尊重しない政権には、納得できません。
倉田 周庭さん個人は中国の政権を受け入れなくても、中国では多くの人々が現在の政権を受け入れているとも言われますが?
周庭 それは、中国の人々が真実を知らされていないからです。中国では、メディアやSNS、テレビ局なども非常に検閲されています。もちろん教育制度も、中国共産党の教育制度なので、中国の人たちも真実を知らないのです。
例えば、香港の大学には、中国からの学生も多くいます。私は香港浸会大学で政治学を専攻していますが、政治の授業でたまにイギリスやアメリカなどの留学生と中国の留学生が、意見の相違でけんかになることがあります。
香港の大学の卒業式では言論の自由を求める抗議が(写真:AP/アフロ)
例えば、中国の学生は、中国の人々の権利は他国と比べて少ないけど、デモがないからこそ、私たちの社会はすごく安定していると説明します。
これにイギリスやアメリカの学生は、すぐに反論します。「私たちの国にもデモはたくさんあるけど、安定していますよ」と。
そういう対話の中から、そして香港の学生や違う国からの学生との交流の中で、中国人の学生も衝撃を受けると思います。自分の考えを変えることもあるでしょう。
倉田 中国には現在、色々な問題があると思いますが、中国が解決すべき一番の問題は何だと思いますか?
周庭 政治制度。
倉田 民主化ですか。
周庭 はい。
倉田 それが最優先ですか? 例えば、環境問題、格差の問題とか、他にも深刻な社会問題は色々あると思いますが。
一党独裁の中国の民主化への道は果てしなく遠い(写真:Imaginechina/アフロ)
周庭 政治制度を改革するのが、一番基本だと思います。
倉田 なぜ、そう思いますか?
周庭 もちろん、他の社会問題もすごく厳しいですが、民主化は政治制度を変えるだけでなく、例えば教育制度も変えなければならない。民主とは何かを教えなければならない。ですから、民主化は政治制度だけでなく、全ての改革を含みます。
なぜ民主化が重要かというと、それは人の投票権というだけではなく、人の意識を変えることになるからです。民主とは何か、公民として自分が持っている権利は何か、なぜ政権に反対することができるか。そういう人の意識を変えることがすごく大事です。意識を変えるためには、民主化が必要だと思います。
倉田 中国はずっと、中国はまだ貧しい、弱い、だから経済発展を先にしなければならない、貧しい国では民主化はできないと言ってきたと思いますが。
周庭 「中国は貧しい」というセリフは、もう100年言い続けていますよ。
国の強さを測るのには、経済力だけでなく、色々な尺度があると思います。ハードパワーだけでなく、ソフトパワー、人の生活、人の権利なども重要です。
倉田 もし、習近平国家主席に会う機会があったら、何を言いたいですか?
周庭 うーん(少し考えて)……。習近平に会っても、問題は解決できないと思います。大事なのは、権力を持っているのが誰か、ではなく、中国の市民たちが、民主の意識を持っているかどうかということですから。習近平国家主席は、共産党の権力闘争に勝ったというだけの人です。彼に会っても、どんな偉い人に会っても、問題解決の方法にならないと思います。
絶対的権力を手にした習近平は言論の自由や人権への締め付けを強化してきた(写真:ロイター/アフロ)
倉田 共産党の幹部と会ってみたいとは思いませんか? もし幹部から「会いたい」と言われら?
周庭 断ります。それは危険です。向こうから「会ってください」と言われたら、絶対こちらの意見を聞かずに、香港衆志が立法会で政府を支持するように、共産党の提案に同意するようにと説得してくるでしょう。2010年の民主党のようにされる(注:香港民主派の中核的な政党である民主党は2010年、2012年の行政長官と立法会の選挙の民主化案について中央政府と交渉し、妥協して部分的な民主化を受け入れた。このことは急進的な民主派の支持者からは、北京との裏取引を行ったと非難された)。それは一番危険です。
倉田 最後に、香港にとって、「一国二制度」の期限である2047年は重要な年だと思いますが、その時の中国と香港が、どういう未来であることを希望しますか?
周庭 今香港人の私たちは、2047年問題どころか、今日も、中国の弾圧が強まっていると感じます。今すでに、香港が香港でないくらい、中国からのコントロールを感じます。ですから、一番大事なのは、今の香港をどうやって変えるかです。目の前のことが大事。圧力はすでに香港に入ってきています。今対応を考えなければなりません。香港の民主制度を求めなければならない。今こそ大事。
「今こそ大事」って、日本の政治家のスローガンみたいですね(笑)。

インタビューを終えて

周庭さんと話していて感じたのは、強い反中感情というよりもむしろ、対中感情の希薄さであった。この点が、恐らく従来香港の民主化運動をリードしてきた上の世代の民主派との違いである。
1989年の天安門事件への抗議活動から、香港では民主派勢力が形成されてきた。彼らは「一党独裁の終結」を求める運動を行ってきたが、彼らの核心団体の名称は「香港市民愛国民主運動支援連合会」であり、彼らは彼らなりに「愛国者」として活動してきた。
中国を愛するがゆえに、中国の民主化を求めるという立場だ。このため、彼ら民主派は、尖閣諸島の中国による領有を主張する「保釣運動」や、歴史問題で日本を非難するデモも多く主催してきた。その背景には、大陸からの移民が多数を占める香港社会に色濃い中国ナショナリズムが存在した。
一方、「中国は私の国」という強いイメージはあまりないという周庭さんの世代には、大陸中国との感情的なつながりが薄いのであろう。
そういった中国との距離感、中国からの疎外感は、2014年の「雨傘運動」当時、中央政府に対して対話を求めた香港の学生を北京が完全に門前払いし、香港空港からの北京便への搭乗すら認めなかったことで、ますます強くなっているように見える。
1997年の返還によって主権は中国に復帰したが、中国政府は人心は復帰していないとの問題意識を、ことあるごとに表明している。香港での世論調査には、若い世代ほど中国人としてのアイデンティティが弱いとの結果が顕著に表れている。
中国は、民主派のような直接共産党政権と対峙する勢力を警戒してきたが、現在彼らが最も強く非難するのは、香港独立を主張する若者だ。
中国政府は、こうした若者の心を勝ち取るために何が必要なのか、何が不足していたのかを考える必要があろう。強制では人の心は得られない。香港が中国の一部であるならば、香港の若者の要求に応えるのは中国の義務である。そして、周庭さんのような人たちが要求するものとは、香港の民主化である。
今年初め、香港で行われた民主派デモ(写真:AFP/アフロ)
一方の周庭さんたちにとっても、考えるべき課題は非常に多い。香港の地理的条件、経済や社会の仕組みを見たときに、香港社会が中国大陸とのつながりなしに存立し得ないことは明らかだ。
彼らは独立派とは一線を画している一方、大陸との関係を真剣に考えることも避けているようにも見える。
もっとも、周庭さんが発言において慎重を期さなければならないことは理解できる。冒頭に述べたように、周庭さんは現在選挙活動中である。2016年以降、香港では政府から「独立派」と見なされる者が多数、選挙への立候補資格を取り消されたり、当選後に議員資格を取り消されたりしている。
「雨傘運動」の核心にいた周庭さんが立候補を認められるかどうか。政府が周庭さんを立候補資格なしとして門前払いする可能性についても、香港には危ぶむ声がある。
街頭での抗議活動という、純粋な主張が求められる立場から、当選を果たした暁には、市民の代表としての真価を問われる立場へと移ることになる周庭さんら、香港の若者の真の力が試練にさらされるのは、これからだ。
シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ」連携 中国プロジェクト
(バナー写真:ロイター/アフロ)