【エディー・ジョーンズ】「奇跡」を起こすための方法

2018/1/22
ラグビー日本代表のエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチのインタビュー後編。前編はこちら

もし監督続投していたら……

――ラグビー日本代表は2015年ワールドカップで南アフリカを倒しました。開催国のイングランドでは「スポーツ史上最大の番狂わせ」と報じられ、日本の人たちも「奇跡」と言いました。エディーさんは、あの勝利を「奇跡」と思いましたか。
エディー 奇跡とは思わず、常に自分たちは勝てるという可能性を感じていました。自分たちがやるべきことをやり切れれば、勝てる、と。そして、勝ちました。
奇跡というのは、よくファンタジーの世界で使われる表現ですよね。
エディー・ジョーンズ
 1960年オーストラリア生まれ。高校の体育教諭を経て、東海大学でラグビー指導者のキャリアを開始。オーストラリア代表ヘッドコーチ、南アフリカ代表チームアドバイザーなどを歴任し、日本代表のヘッドコーチに。2015年W杯では史上最多の3勝を挙げた。同大会後、イングランド代表のヘッドコーチ就任
――「もし」と聞くのはファンタジーのことかもしれませんが、エディーさんが2019年W杯に向けて日本代表のコーチをしていたら、前回大会の継続路線でフィジカルを鍛えるためにハードトレーニングを続けていたのか、あるいはほかの方法をとっていましたか。
ラグビーはフィジカルの戦いです。ある選手がボールを持った、そこのラインを越えるためにはその選手を止めないといけない。もしくは自分がボールをもらったら、自分は相手のラインを越えていかないといけない。そのためにはフィジカル的にタフにならなければいけないし、フィジカル面を仕上げるのはラグビーでは最低限の話です。相撲と同じで、140キロなければ土俵で勝負になりません。
でも今後、日本がラグビーネーションとして先に進んでいくためには、戦術的にもっと賢くなり、自分たちで戦術を使い分けられるようにならなければいけない。
例えば、ラインアウトで早くボールを勝ち取る方法を見つけ出す。スクラムで早くボールを勝ち取る方法を確立する。ラックで早くボールを勝ち取る術を習得する。そうしたことが必要です。
――2019年には日本でW杯が行われますが、日本で行われる大会に特別な感情はありますか。
もちろんです。W杯を日本でやれることをすごくうれしく思っています。
「日本はラグビーで、いつか、何かをできるだろう」とずっと言われ続けてきました。ようやく日本でラグビーW杯が開催されることになり、ラグビー界のみならず、国を挙げて、世界に素晴らしいトーナメントをホスト国として見せられることになりました。
日本ではラグビーはそれほどメジャーなスポーツではないですが、ラグビーがメジャーではない国で初めてW杯が開催されるのは光栄なことだと思います。日本は素晴らしいことを成し遂げると確信しています。

ハードワークとスマートワーク

――エディーさんの率いるイングランド代表が優勝するチャンスはどれくらいあると考えていますか。
かなりあると思います。いま、世界ランキング2位のチームです。この2年に限れば、世界で一番成功を収めているチームだと思います。
選手たちは2017年、ライオンズ(ブリティッシュ・アンド・アイリッシュ・ライオンズ=イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの代表選手で構成する特別チーム)としてニュージーランドに行って引き分けました。つまりニュージーランドに勝てるという気配を感じていて、それが自信につながっています。W杯ではかなりの確率でチャンピオンになれると思います。
――イングランドではラグビーはサッカーに次ぐ人気スポーツで、報道も多く、人々の関心も高いと思います。そうした環境をエディーさんはおそらく楽しみながらやっているのでしょうが、同時にプレッシャーも感じますか。
アメリカンフットボールのあるコーチが、こういう格言を言っています。「やることがわからないと、プレッシャーになる」
もちろん、周囲から批判はされます。「俺の方がもっと知っているんだ」と、いろんな人がいろんなことを言ってきます。それに外国人の場合、より多くの批判を受けることになる。日本代表は日本人コーチ、イングランド代表はイングランド人コーチでW杯に行きたいと(多くの人が)思っていますからね。
――エディーさんはイングランド代表を率いる初の外国人コーチです。初めてのことをするのはやりがいがあるから、この仕事を引き受けているのですか。
コーチングという仕事が心から好きだからです。いい選手たちにコーチングをするのは、本当に喜ばしい経験です。ただし、この先にあるコーナーを曲がったときに何があるのかも理解してやっています。勝てば勝つほど、近いコーナーに負けがありますからね。
スポーツは本当にヒューマンサイエンスです。だから、すべてをコントロールすることはできない。ある日起きて、気分が悪いこともあります。ある日、10人の選手が朝起きた瞬間、気分が悪いと感じていることもある。そうなると、勝つ確率が下がります。コーナーにどういう要因が潜んでいるか、常に意識しなければいけません。
――さまざまなことを考慮して、一番大きな目標であるW杯に向けて4年間を構築していくと。
その通りです。
――4年間という時間があれば、人々が「奇跡」と言うものを起こす方法についてエディーさんは知っているわけですか。
ノーチョイスで、4年でそれをやらなければいけないということです。普通、W杯で優勝するには6年かかります。オールブラックス(ニュージーランド代表)は同じチームで8年かけて優勝しようとしています。だから、我々はそれより良くならなければならない。
――普通は6年かかるものを4年でやるには、ハードワークをするしかないですか。
ハードワークとスマートワークです。
――仮に期間が2年間しかないとしたら、「奇跡」を起こすのは無理ですか。
不可能ではないです。ただし、いい選手がいることが条件です。

謙虚な心で「奇跡」を起こす

――一般の人々が、「奇跡」と言われるくらい大きな夢を成し遂げるには、どんなことが大事だと思いますか。
まず、なぜそれを実現したいのか、その理由をその人が理解することです。それを知ることによって、ハードワークを惜しまずに積んでいくことができます。どういう行動や姿勢が重要なのかも、理由がわかれば理解できます。なおかつ、その夢を成し遂げるための明確なスキルと、実現させる方法を理解することが必要です。
そして最後に、痛みがあろうとも、絶対やり抜くという信念を持つことです。スポーツの場合、肉体的な痛みがともないます。スポーツでなければ、メンタルの痛みがあります。必ずそういうことがあるけれど、それでも成長するんだという意気込みを持つことです。
成長に対して前のめりになり、自分はどうすれば成長できるのかと、常に考えていなければならない。
例えばトヨタはカイゼンという言葉を使っていますが、常に向上するのがカイゼンですよね。常にカイゼンすること、その対象を見つけなければいけない。難しいですよ。なぜなら、休む暇がないから。
――休みはいらないですか。
もちろんショートブレイクは必要です。自分自身をリフレッシュさせるためにブレイクはいるけれど、“自分は成し遂げた”なんて思ってはいけない。私は、自分のことをいいコーチだなんて思っていないです。自分はいいコーチになろうと進んでいるけれど、ずっと成長、成長、成長の積み重ねだと思います。
――コーチングのやり方はどうやって学んできましたか。
(ラグビーのコーチになる前に)教師として訓練されたと思います。大学に行って、教育の仕方を学びました。それはコーチングと同じですよね。私は素晴らしいコーチたちにコーチングを受けました。彼らから学んで、いまでも自分よりいいコーチに頻繁に会うことによって学んでいます。
日本に最初に来たとき、私は東海大学ラグビー部のコーチでした。最初に会いに行ったのが、柔道の山下(泰裕)さん。彼の練習を見て、日本人のメンタリティをそこで理解して、それが自分の助けになっています。
日本代表のヘッドコーチになってからは真鍋(政義=女子バレーボール日本代表元監督)さん、原(辰徳=巨人元監督)さん、水泳の平井(伯昌)さん、サッカー女子日本代表の佐々木(則夫=現・十文字学園女子大学副学長)さんにお会いしました。日本の代表チームで成功を収めている人たちにお会いして、彼らが日本のチームでうまく成功したことを教えていただいて、自分はどうすればうまくできるかを学びにいきました。
謙虚な心を忘れずに、自分自身が常に成長しなければいけないと知っておくことが大事です。例えば電車に乗っているけど、終点には着かない。いつも終点に向かっているけれど、決してたどり着かない、と。
――ゴールはないですか。
ゴールは、常に向上すること。短期的なターゲットはあります。例えば、トヨタは完璧な車をつくりましたか?
――NO。
でも、常に完璧な車をつくろうと思って、常にそう取り組んでいます。完璧な車をつくったと思った瞬間、ダメになってしまいます。大事なのは、謙虚な心を忘れないことです。
(撮影:是枝右恭)