2030年までに世界に与えられた目標=SDGsは新たなフェーズへ

2017/12/26
2015年9月に国連で採択された「SDGs(Sustainable Development Goals)=持続可能な開発目標」。日本においても、政府だけでなく、さまざまな企業や民間団体がSDGsを自分たちの課題としてとらえ、実際の行動に結び付けようと動き出している。
そんな折、2017年12月に開かれた日本公認会計士協会主催の「Seeing the Future with SDGs」には、国連組織、公認会計士協会、日本を代表する企業、取引所グループなど、さまざまな立場の人々が集まり、SDGsが提唱するゴールに向けて組織はどのように貢献すべきか、意見を交わした。当日、多くの人が詰めかけるなかで行われた、熱量の高い議論を紹介する。

SDGsにおけるアクションと課題とは

──最初に、それぞれの企業・業界での、SDGsに対する取り組みを教えてください。
森田:SDGsの発表後、約1年かけて、私たちが普段使っている「キリン語」に翻訳したものが今年2月に発表した「CSVコミットメント」です。今後はキリンビールをはじめとする事業会社の経営計画にコミットメントを反映させて、事業として実行していく予定です。
森田裕之 キリンホールディングス株式会社 CSV戦略担当主幹
1986年キリンビール株式会社入社。同社及びグループ会社にて国内ビール営業、広報、調達、経営企画等を経て、2015年キリンホールディングス グループ経営戦略担当CSV推進室長、組織変更を経て現職。キリングループのCSVを戦略的に推進し、持続的成長を担保することがミッション。
岸上:弊社は、かねてから、環境配慮、従業員の権利を尊重しているかといった観点からもインデックスを構築していました。現在は大手機関投資家のベンチマークにも、ESGを視野に入れたインデックスが入ってきています。
既存の国際基準をその評価基準に取り込む形で以前より構築してきましたが、その結果、評価軸の中でSDGsに掲げられる内容が網羅されていることが社内分析において確認されています。
環境に配慮する、従業員の権利を尊重するというのは、言ってみれば「当たり前」のことかもしれません。ですが、改めて脚光を浴びるようになってきたのが、ここ10年ほどで変わってきたところではないかと思います。
──GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)もESG投資にコミットし、2017年7月には3つのESG指数を選定しています。これにより、ESG投資がさらに注目されていますが、ESGとSDGsの関係はどう捉えるべきでしょうか。
岸上:私たちは投資判断の参考情報に利用されるESGレーティングにおいて、投資家が関心を持つESG課題を14の項目に分けてチェックしています。
このフレームワークはもともとあったものですが、SDGsの発表後、ESGとSDGsの関係を整理してみると、17の目標が自然と盛り込まれていたことがわかりました。
SDGsの目標のなかで何ができるかを自発的に考えることが経営価値につながることが期待されますが、ESGとSDGsを分けて考えたり、無理に対応させたりする必要はないと考えています。
岸上有沙 FTSE ESGアジア・パシフィック代表
アジア・パシフィックのESG責任者、2007年よりESGとサステナブル投資に従事し、企業との対話(エンゲージメント)、ESGインデックスやレーティングの開発と管理、及びスチュワードシップの実行に関する機関投資家のサポートを担当。PRIのAssessment Technical Committee、ESGや長期投資に関するグローバルな議論に貢献。
中村:日本取引所グループは、世界の60以上の取引所が加盟する国際取引所連合に所属しています。各取引所がどのようにESG投資に取り組んでいくかを議論する場に私たちも参加していますが、そこでもSDGsは議論されています。
現在、当取引所グループの東京証券取引所では、ETF(上場投資信託)の品ぞろえの中で、ESGに関連する投資商品が上場されています。インフラファンドと呼ばれる上場商品として、太陽光発電設備などの再生可能エネルギーインフラへの投資商品もあります。
また、東京証券取引所では、経済産業省と共同で、女性活躍推進に優れた上場会社を「なでしこ銘柄」として毎年選定し、発表しています。
岸上さんもおっしゃったように、ESGへの取組みの延長上には自然にSDGsの目標のいくつかに符合する要素があるのでは、という印象を私も持っていますね。
中村寛 日本取引所グループ グローバル戦略部長
慶應義塾大学経済学部卒業後、東京証券取引所入社。1993〜95年東証ロンドン調査員事務所駐在。2009年情報サービス部長、10年証券保管振替機構総合企画部長、13年日本取引所広報企画部長兼CSR推進室長、16年グローバル戦略部長に就任し、現在に至る。
森:たしかにそうですね。公認会計士はもともと社会への貢献という意識が強い職業です。資本市場の活性化向けた制度整備、あるいは、資本市場にとって欠かせない要素である情報開示の拡充など、いろいろな施策を講じてきましたが、これまでの活動を振り返ってみれば、意識していなかったとしても、SDGsに関係するものが多くあります。

収益だけではない、企業の存在意義とは

──キリンは日本企業のなかでも、SDGsに対して先進的に取り組んでいらっしゃいます。なぜそれが可能なのでしょうか。
森田:ひとつは、ホールディングス社長である磯崎功典の問題意識にあります。
磯崎は以前、CSR担当の役員でした。キリンがポーター賞を受賞し、マイケル・ポーター教授と直接お話しする機会を得たり、ダボス会議に出席したりするなかで、今後CSVを経営のなかでどう位置づけるかが重要になると肌身で感じていたようです。
SDGsが発表されたのちに実施したステークホルダーダイアログでは、「多くの日本企業は『三方良し』の考えを持っている。しかし、それで十分ということではない」という意見をいただきました。
SDGsを下敷きにして、自分たちの企業活動をトレースしていかなければ、実効性のあるものにはならないということです。結果として「CSVコミットメント」ができあがりましたが、すべての社員がその内容を理解できているかというと、まだそうではない。
しかし、「CSVコミットメント」にあるそれぞれの項目を実行していけば、本人たちが意識する、しないに関わらず、SDGsのゴールに何らかの貢献ができる構造になっています。
小林繁明 日本公認会計士協会 会計・監査インフラ整備支援対応専門委員会 委員長
早稲田大学商学部卒業後、監査法人サンワ東京丸の内事務所(現デロイトトーマツグループ)入社。ロンドンやシンガポールに駐在し国際税務等を経験、2008年日系企業サービスグループ東南アジア・インド統括責任者、10年アジア・パシフィック地域共同統括責任者。13年より東南アジア、インド、中南米等担当デスクを設立し、日系企業に対するアドバイザリー業務を担当。
──企業がいろいろな取り組みをするなかで、考え、実行したことがどう評価されるかは重要なポイントですが、非財務情報についても関心が高まるなかで、どのようなかたちで発信していくのが適切なのでしょうか。
森田:3年前から、財務・非財務情報を掲載する統合報告書を作成しています。社内では「CSVが事業活動から浮いて見えないようにする」と表現していますが、財務と非財務をいかに接続させるかは難しい課題です。
事業戦略にCSVがそこはかとなく練り込まれている状態にしなければいけないでしょうね。
中村: ある機関の調査データによると、2016年度、統合報告書を出している企業は280弱あるとのことです。
財務情報も非財務情報もワンストップで知ることができる統合報告書は、投資家の立場からすれば、効率性の点でありがたい情報源の一つであろうと思います。
一方、上場会社の立場からは、統合報告書をはじめ、何かしら「これを見れば、財務情報も非財務情報も、両方全部書いてあります」というレポートを示せれば、投資家の方々へのアピール度も一段、違ったものになるのではないでしょうか。
岸上:統合報告書の流れは賛成ですが、経営の中で統合されていることがさらに重要だと感じています。
森公高 日本公認会計士協会 相談役(前会長)
慶應義塾大学経済学部卒業後、新和監査法人公認会計士事務所(現有限責任あずさ監査法人)入所。2011年KPMGファイナンシャルサービス・ジャパン チェアマンに就任。10年、日本公認会計士協会副会長、2013年より日本公認会計士協会会長を務め、16年より現職。
──一昔前は「収益を上げて配当を配ることこそが企業の存在意義」とされていましたが、現在では、「社会課題を解決して、価値を生み出すために企業はある」と考える経営者も増えてきました。
企業活動に収益は必要ですが、それは最終目的ではなく、山を登っていくための燃料のようなものです。会計士は、ガソリンの量を計算するだけではなく、収益を使ってより高い価値を創造することにも貢献できるのでしょうか。
森:会計士は数字ばかり見ているという印象が強いかもしれませんが、透明性を高める、説明責任を果たすなど、非財務情報の分野においても、活躍の場があります。
財務情報だけでなく、非財務情報も含めて、会計士が会社全体に目を配ることで、企業としての価値の向上に貢献することができるのではないか。
「稼ぐ力を取り戻せ」ということで、近年は儲けることばかりに注目が集まっていましたが、今後は、企業が社会の一員としてどうやって一緒に発展していけるかを模索していくフェーズになります。
しかし、ともに成長するということは、実は日本企業がもっとも得意とする分野なのではないでしょうか。会計士はその一翼を担う存在になれるはずです。

SDGsを自分ごととして捉え、いかにコミットするか

「世界の経済全体で、持続可能性に留意した価値創造を行い、SDGsが提唱する未来を実現するために、いかにポジティブなエネルギーを発揮できるかが重要です」
そんな関根愛子氏(日本公認会計士協会会長)の挨拶からはじまった今回のイベント。続く2つの基調講演では、世界の動きを紹介しながら、日本の人々がどう動くべきかを考えるために重要な視点が示された。
関根愛子 日本公認会計士協会 会長 公認会計士
外資系銀行勤務を経て、85年青山監査法人入所。89年公認会計士登録。95年同法人社員、2001年中央青山監査法人代表社員、06年PwCあらた有限責任監査法人パートナー就任、16年7月同法人退所。07年日本公認会計士協会常務理事、10年日本公認会計士協会副会長、16年日本公認会計士協会会長就任。
近藤哲生氏(国連開発計画(UNDP)駐日事務所代表)からは、2000年に提唱された「ミレニアム開発目標=MDGs」が、発展的にSDGsを生み出すまでの過程や、2030年のSDGs達成に向けて、バックキャストして考えることで企業にとってのビジネスチャンスになることの説明があった。
また、海外では企業の非財務情報に注目が集まっており、日本企業も早急に体制を整えるべきだろうという提言も。
有馬利男氏(国連グローバル・コンパクトボードメンバー、一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワークジャパン代表理事)は、「インサイドアウト」以上に、「アウトサイドイン」のアプローチが重要性を増すと指摘。
既存の事業や技術の延長線上に解決できる社会課題がないかを探るというのではなく、社会課題を直視することでソリューションを見出し、持続可能なビジネスのかたちに落とし込んでいくべきだ、ということだ。
閉会にあたり、日本証券業協会の鈴木茂晴会長は、今後は証券業界として①貧困、飢餓をなくし、地球環境を守る ②働き方改革、女性活躍支援をする ③社会的弱者への教育支援を行う、という3つの柱をもとにSDGsの達成に向けて取り組んでいくという。
パネルディスカッションの様子
SDGsが発表されて、まだ2年ほど。あらゆる分野でさまざまなプレイヤーがすでに行動を起こしているが、そのほとんどはどのように行動するのが正しいのか、明確な答えを見つけてはいない。
しかし、パネルディスカッションで登壇した4名の話からは、そんな状況にあっても積極的に挑戦する姿勢と、その意義が語られた。
会場を埋め尽くした参加者たちが、この日持ち帰ったのは「答え」ではなく「手がかり」だったはずだ。
SDGsを自分ごととして捉え、いかにコミットすることができるか。日本経済のみならず、グローバル社会経済が今後も発展・成長していけるかは、そこにかかっている。
(編集:大高志帆 構成:唐仁原俊博 撮影:露木聡子)