[東京 15日 ロイター] - 12月日銀短観では、企業の販売価格DIが08年9月調査以来、9年ぶりにプラスへと転じた。内外需の拡大が続き、製品やサービスの需給は引き締まり方向に動いている。人手不足による人件費上昇は、サービス業から製造業にまで広がりを見せ、コスト転嫁がじわじわ進んでいるとみられる。

このトレンドが持続するなら、国内のインフレ期待が上昇する可能性も出て来るだけに、日銀の超緩和政策の出口戦略発動の時期とも関連し、販売DIの動向に注目が集まりそうだ。

<製造業の販売価格上昇は画期的>

製造業の販売価格判断がプラス圏に上昇したのは、高度成長期、バブル期、そして国際商品市況が大幅上昇したリーマンショック前の3回だけ。

販売価格判断DIは、自社の主要製商品価格が「上昇」している企業の割合から「下落」している企業の割合を引いて算出する。

12月短観では製造業がプラス1に、非製造業はプラス4と、いずれも価格の上昇超と回答した企業の割合が多かったことを示している。

今回の上昇に影響を与えたのは、まず、5年に及ぶ景気拡大の結果、需給ギャップが大幅に縮小、ないし需要超過に転じたとみられていることがある。

加えて、仕入れ価格の大幅な上昇の結果、コスト転嫁のための値上げの動きもある。コスト増には、一時的ともいえるエネルギー価格上昇だけでなく、日本国内に特有の「少子高齢化」を背景にした人手不足による人件費上昇の要因がある。

既にサービス分野では、値上げの動きが目立っている。 宅配クリーニング大手のリネットは、10月からワイシャツ1枚を195円から290円に値上げ。配送料と資材価格の上昇を理由としている。

今年の冬はスキー宅急便も値上げとなる。ヤマト運輸は、1個あたり基本運賃を140円から180円に引き上げた。

サービス業にとどまらず、今回の短観では、これまでコストが上がっても生産合理化などでなかなか上がらなかった製造業の販売価格判断DIが上昇超に転じた。

法人企業統計によると、非製造業の人件費は14年から上昇に転じ、今年4─6月、7─9月期に前年比3─4%台の増加が続き、6年ぶりの増加幅となった。

製造業でも15年から上昇に転じ、7─9月期は同1.9%増と過去6年の24四半期で3番目に高い伸びとなっている。

<価格転嫁に追い付く所得増が必要>

20年を超えるデフレを体験した日本では、期待インフレ率が米欧に比べ、極端に低いままとなっている。今回の現象が、果たして期待インフレ率を押し上げるきっかけになるのか──。エコノミストの間でも異なった見通しが示されている。

大和総研・シニアエコノミストの長内智氏は「人手不足による人件費の価格転嫁は、続いていくだろう」と予想。「期待インフレ率は上がらないという、これまでの局面に変化がうかがえる」としている。

特に9年ぶりに製造業での販売価格判断がプラスに浮上したことについて、SMBCフレンド証券・チーフマーケットエコノミストの岩下真理氏は「画期的なこと」と見ており、「人件費上昇は非製造業の非正規から始まり正規社員、そしていよいよ製造業まで波及してきている」と指摘する。

ただ、その持続性には、まだ不安がつきまとう。企業が販売価格の引き上げに動くことはあっても、家計部門の所得増がそれに追い付けず、再び価格設定が慎重化するという現象が、これまでは繰り返されてきた。

野村証券・チーフエコノミストの美和卓氏は「期待インフレ率が長期的視点で高まる必要があるが、足元の実際のインフレ率が上がらないと期待も上がりにくい」と指摘。消費者物価が前年比1%程度まで上昇しても、長期的な期待の上昇は難しいとみている。

カギを握る来春闘について、安倍晋三首相が求める3%の賃上げに対し、企業は消極的だ。12月ロイター企業調査でによれば、9割が「非現実的」と見ている。

家計の期待インフレ率は、将来にわたり物価上昇が続き、所得もそれに見合って上がっていく確信がなければ、なかなか上昇は見込めない。

デフレ脱却の条件となる経済指標は、そろいつつあるとはいえ、政府部内には「確実にデフレに戻らないかどうか、家計消費行動を見極めたい」(内閣府幹部)との声が出ている。日銀内でも、超緩和政策からの脱却を目指す出口戦略の発動までには、なお相当の時間がかかるとの見方が多い。

今のところ、人件費上昇にエネルギー価格の上昇が重なり、企業のコスト上昇幅が大きくなっているが、世界経済の減速やエネルギー需給の緩み、さらに円高が加われば、再び販売価格転嫁の動きは一服するとの見方が、民間エコノミストの間では多数派。

長く続いたデフレが染みついた人々の期待インフレ率を上げるには、同じように息の長い物価上昇基調が続く必要がありそうだ。

(中川泉 編集:田巻一彦)