カリフォルニア州ナパのワイン醸造所で使われていた温度管理用のAIシステムが、付近を襲った山火事からワインを救った。

愛称は「フェリックス」

10月のある晩、カリフォルニア州ナパのアトラスピークから住人やそのペットたちが次々とヘリコプターで救出されていたとき、クリスチャン・パルマッツはそのすぐ近くで炎と戦っていた。パルマッツは家族で経営するぶどう園「パルマッツ・ビンヤード」を、山火事から救おうとしていたのだ。
パルマッツは、たった1人でワイン醸造所へ向かった。もはや絶望的な何エーカーもの未収穫のぶどう畑を通り抜けてだ。
醸造所は、マウント・ジョージの山腹に掘られた18階層からなる洞窟のなかにある。そこでは、このぶどう園のワインの約90%(1000万ドル相当以上)が、タンクの中で発酵の過程にあった。通常、そのプロセスでは、誰かが絶えずモニタリングをしている必要がある。特にワインの温度を適切に保つためにだ。
パルマッツは、バックアップの発電機が作動していて、温度が低く保たれていることを確かめた。だが、もともとエンジニアである同氏には、このワイナリーの醸造技術責任者ほどの知識はなかった。その責任者は山火事の向こう側にいて、すぐには駆けつけることができなかったのだ。
つまり、下手をするとワインがダメになってしまう可能性は十分にあった。パルマッツが発電機をチェックしたときには、すでにゲストハウスにも火が回っていた。飛んでくる火の粉などに向けて、同氏は放水を続けた。
しかし、カリフォルニア州のワイン生産地を襲った史上最悪の災害に直面しながら、パルマッツのワインは大きな被害を受けずにすんだ。厳密に言えば、その日、パルマッツは1人ではなかったからだ。同氏には、人工知能という味方がいた。
その人工知能とは、フェリックスの愛称で呼ばれる「醸造情報論理制御システム(FILCS)」。ぶどう園が所蔵する36基の醸造タンクを解析し、いずれはその微細管理に役立てることを目的として、パルマッツが自ら作り上げたソフトウェアだ。

発酵タンクをシームレスに管理

フェリックスは、石油業界によって開発された技術を用いて、タンク内の温度センサーとアルコール濃度センサーから毎秒10回のサイクルでデータを収集。入念にテストを重ねたアルゴリズムを使って、安定した状態を保つよう設定を調整する。
システムはウェブベースで稼働し、2014年からオンライン状態にあって、アマゾンが運営するデータベースに1日に数GBというペースでデータを蓄積している。
だが、それはあくまでバックアップであり、いわば好奇心からデータを集めているだけだった。基本的に、現場にはつねに醸造技術責任者がいて、フェリックスに仕事が任されることは決してなかった。
火事のなかでパルマッツは、システムの「積極性」を高めて、必要に応じてグリコールか温水を追加する裁量の余地を大きく設定した。その場にいない地下貯蔵庫の担当者なら、きっとそうしただろうと思ったからだ。
フェリックスは、何百という数のバルブを監視していて、詰まりがあればすぐにそれを見つけられるほか、発酵に関して起きる可能性がある問題を予想し、テストをすることもできる。
システムは、人間によるインプットがなくても、シームレスに発酵タンクを管理してくれていた。「決してそのために設計したわけではないのだが、このシステムがワインを救った」と、パルマッツは言う。

アルコール濃度計を特別注文

パルマッツの父親は、冠状動脈ステントの一形式を発明した人物として知られている。パルマッツ自身も、多くのワイン製造業者と比べると技術系寄りのバックグラウンドを持っている。
テキサス州サンアントニオのトリニティ大学で経営学を専攻したあと、パルマッツはコンピュータと地球科学の課程を履修して、リモートセンシングと回帰モデルについて学んだ。そして、2007年に家業(その10年ほど前に両親が買収していた醸造所)の経営に加わった同氏は、その技術的専門知識を活用したいと考えた。
醸造所のスタッフは、発酵プロセスの世話をしたり、タンクの中身の香り、味、テクスチャーを自分で確かめることに、多くの時間を費やしていた。
そこでパルマッツは、絶えず温度とアルコール濃度をモニタリングする仕事からスタッフを開放しようと、それらの特性を視覚化する方法の開発に取り組むことにした。同氏は自宅のガレージで、さまざまな液体とアルゴリズムを使ったテストに2年間を費やした。
測定要素としてパルマッツが選んだのは、酵母の健全さの指標となる温度と、糖からどれだけのアルコールが生成されたかを示すアルコール濃度だった。
同氏は、ガスパイプラインと精製所のコンサルタントであるエマーソン・エレクトリック社と契約し、発酵タンク用の先が二又になったアルコール濃度計を特別注文で作ってもらった。
エマーソンのシニア・セールスエンジニア、デイブ・シュラッツは「クリスには、これは難しい仕事になると言った。ぶどうには皮や軸があり、わたしたちはそうしたものを扱った経験がなかったからだ」と語る。

企業数十社がシステムを見学に

ともあれ、パルマッツはセンサーを1個につき1万2000ドルから1万4000ドルで注文し、皮と軸を取り除く篩(ふるい)は自分で作ることにした。
「あれ(センサーの注文)が一番リスキーな部分だった。とんでもなく高価だったからね」とパルマッツは述べたが、正確な価格については明らかにしなかった。
すべてを合わせると、パルマッツ家はこの装置に数百万ドルを注ぎ込むことになった。年間生産量が1万ケースに満たないブティックワイナリーにとって、これは莫大な投資だ。
だが、大きなプレッシャーの下で達成されたフェリックスの成功は、懐疑的だった人々を黙らせた。これまでに数十社にのぼる企業が、このシステムを見学に訪れた。数千基という規模の発酵タンクを持つE&J・ガロ・ワイナリーも、エマーソンのセンサーのテストを始めている。
しかしパルマッツは、あまりこのイノベーションで儲けようとは考えておらず、オープンソースとして、データを誰でも利用できるようにすべきだと語っている。
「フェリックスは、教育ツールになるべきだ」と、同氏は言う。つまり、ワインに微妙な違いが生じる理由を説明するのに役立つようなツールだ。「できるだけ多くの情報を手に入れたい。そのために一番良い方法は、全世界に向けてオープンにしておくことだ」
まとめ:パルマッツによれば、家業のワイナリーに設置されていた、自分で開発した温度管理AIのおかげで、10月のナパバレーの山火事の際に、少なくとも1000万ドル相当のワインを救うことができた。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Larissa Zimberoff記者、翻訳:水書健司/ガリレオ、写真:MarioGuti/iStock)
©2017 Bloomberg Businessweek
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.