【日本ロレアル×NEC】デジタル活用でお客さまとの距離を無くせ

2017/11/28
日本ロレアルで、国内初のCDO(チーフデジタルオフィサー)に就任した元インスタグラム日本事業代表責任者の長瀬次英氏。一方、NECの執行役員兼CMOとして、同社のデジタル戦略を牽引する榎本亮氏。お客さま視点に立つ最前線のデジタル戦略のあり方を語り合う。
組織全体を見るのがCDO
──長瀬さんは、インスタグラム日本事業部から日本ロレアルへ転身。国内初のCDOとして、どんな役割を果たしているのでしょうか?
長瀬:デジタル部門の責任者というとEC関連のキャリアを積んできた人が多いのですが、CDOはあくまでも会社の組織全体を見ていくポジション。今の時代、あらゆる事業部、仕事においてデジタルを意識してビジネスを進めざるをえません。弊社でいうと、店頭に立つ美容部員にとっても、デジタルは必須のツールです。
そういう中で、経営トップの右腕としてデジタルを通して会社全体を動かしていくポジション、それがCDOです。
ロレアルがCDOというポジションを日本で初めてつくった背景には、これまでのビジネスモデルではお客さまとの間に距離が生じているという危機感がありました。
その距離を埋めるには、デジタルが必要だと判断し、私のようなデジタルの専門家を経営の中枢に置くことで、会社全体のマインドセットの変革を目指したわけです。
市場の声でチェンジ・マネジメントを実現
──榎本さんはCMOという立場でNECのデジタルトランスフォーメーションを進めています。マーケティング人材としてはNECで初めての外部採用という経歴も異色です。
榎本:「NECとしてありたい姿」を具体化し、社会と社内にメッセージを発信していくこと、そのメッセージに共感していただける方との共創の輪を広げていくこと、そういったことがCMOに期待される役割だと思っています。 
10万人の従業員を抱え、企業システムはもちろん、海底ケーブルや通信衛星など多様な事業で約3兆円規模のビジネスを展開しているのがNECです。
一見、ひとつひとつの事業には関連がないように見えてしまうかもしれません。そのままにしておけば、One NECとして事業を展開している意義が伝わらないままになってしまいます。
社会価値創造企業として、何を目指すのか、目指しているものと個別の事業はどのように関係しているのか、ひとつずつ明確なメッセージにしたうえで、NECという企業ブランドとしてくくり、「Orchestrating a brighter world」というブランドメッセージを、社内外にコミュニケーションしていかなくてはなりません。
榎本:それにはまず社員の意識改革が重要です。リーダーに依存するような改革はリーダーが代われば火が消えてしまいます。だからこそ、現場の人間が「自ら変える」というオーナーシップをどれだけ持てるかが鍵になってきます。それを実現するのがチェンジ・マネジメントです。
そこにはマーケティングも市場の声を醸成するという観点で貢献できます。我々の目指す社会価値創造に市場も共感してくれているということが感じられれば、現場の全員も変革に自信を持ってまい進することができる。
上司からあれやれ、これやれと言われるより、マーケットの声により自ら進むべき方向に気づくほうが社員も腹落ちしやすい。
お客さまの声を聴くことがデジタル
──長瀬さんは「将来的に、CDOという役職がいらなくなることを目指す」と語っています。その言葉の真意を教えて下さい。
長瀬:全員に「デジタルとは何か」という定義付けがクリアになっていれば、CDOが立つ必要はないと思っています。
デジタルの定義も玉虫色で人によって見え方が違う。私自身、ロレアルでの1年目はデジタルが何かという定義付けをすることに費やしていました。
榎本さんの言葉の通り、市場に一度バウンドさせたほうが、ものごとが早く進むというのには全く同感です。だからこそロレアルはお客さまにもっと近づかないといけないと気づいたのです。
お客さまの声を聴くことがデジタルであり、それこそがまさにデジタルがもたらす最大のメリット。デジタルはあくまでお客さまを知るツールで、我々のビジネスにおいては、お客さまのことを知っていることが一番の強みなのです。
その定義がクリアになれば、CDOがいなくても社員それぞれが自信を持って動けるようになります。
定義も、その時のビジネスのあり方でずいぶん変わっていくもの。デジタルを0-1の離散数などで表現しても誰もわからないので、それを意味のある言葉に落とし込みビジネスに還元させていく、ということが大事になってきます。
──デジタルは「お客さまの声を聴くツール」という共通認識を社内で徹底することが重要ということですね。
長瀬:日本ロレアルの場合、4事業部22ブランドがあり、それぞれが同じような商品を扱う競合でもあるので、情報を積極的にシェアするということも社内では起きにくかった。デジタルを使うことで、そういったサイロ化も解消できるようになります。
例えば全ブランドの顧客データを統合するだけで、新たなオポチュニティが見つかるはず。お互いがサイロ化するのではなく、情報を共有し分析し合い、よりクリアなターゲット購買パターンやオープンスペースを見つけて、新しいお客さまを獲得することができるようになるのです。
それがデジタルの力だと、みんなが理解するようになると自発的な共有も加速していきます。
お客さまのことを知ってアクションする。これはマーケティングの基本そのものです。そこにデジタルのエッセンスを加えるだけなのですが、その効果を肌で感じ、ビジネスの結果としても実感できるようになります。
そういう気づきをどんどんアドバイスして、コンサルしていくのが私のCDOとしての立場です。
社員全員がCDOであり、マーケター
長瀬:重要なのはやはり人。社員全員がCDOになれるくらいのデジタルへの意識と認識を植え付けることで、たとえCDOがいなくなっても代わりとなる人材が育っていくのが理想です。
榎本:私も、ベースは「ひとりひとりがマーケター」だとよく言っています。NECのことを身近な人やお客さまに自分の言葉で伝えられるのか。そのためには自分の中で納得して相手に伝わるようにしなくてはいけない。自分がマーケターだという意識を全社員に持ってほしいですね。
長瀬:弊社がデジタルで実現したいのは、消費者を知り、消費者に近づくこと。そのとき、社員が自分自身も一消費者であるということに気づいていてほしい。
全社員がインスタグラムなどのSNSに投稿して、自分のブランドに誇りを持ってコメントするだけで量的にも質的にもマーケットの状況はかなり変わるはずです。しかし、そういったことでさえなかなかできていないのが現実です。
デジタルとリアルはどう両立するか
──女性をターゲットにしたコスメは、リアルも重視される世界です。デジタルとリアルの関係性についてはどうお考えですか?
長瀬:コスメはデジタルやリアルが混在している世界ですが、リアルの強さはなくならないものです。
女性は口紅ひとつにしても、自分の唇に一度のせてから購入します。正直、肌に直接触れるもの、食べるものといったセンシティブな商品においては、100%デジタル化したビジネスでは成り立たないだろうと思っています。
そういう中で、リアルにブランドを体験する場所までの隙間を埋めるのがデジタルの役割です。
カスタマージャーニーを全てデジタルで埋めようとするのではなく、あくまでもデジタルの効果を十二分に知った上で、リアルに向けて、そしてリアルと合わせて追いかけていく。
リアルな人と人との間に生まれるビジネスというものは確固として成立しているわけで、デジタルはそれをより知るため、近づくためのツールです。
お客さまに寄り添ったビジネスをするのが、マーケティングの基本。デジタルだからといって、特に何か新しいことをするわけではないのです。
「完成度80%でトライ&エラー」へお客さまの意識は変化
榎本:NECでは「お客さまの生の声を聴く」ということは、担当営業によって実行できています。しかし、それが過去の成功体験にもとづいていることも多い。我々のお客さまは法人ですが、コンシューマーと同じように今、価値観がものすごく変わってきています。
例えば基幹システムをつくるには億単位の予算が必要で、期間も1〜2年かかります。その代わりに、我々は一番いいものを提供できるという自負を持っています。ところが、お客さまの意識は「80点のものでいいから短期間でつくりたい、不足した部分は時間をかけて修正してくれればいい」と変わってきています。
長瀬:確かに100%の完成度のものしか売れないというのは日本特有の慣習かもしれません。100%を提供しようと思うと10年かかるけれど、80%でよければ明日できる。
それなら80%の状態で世に出して、フィードバックをもらいながら修正したほうがいいんじゃないか。
そんなマインドセットを消費者も求めているはずで、それを変えるというか、可能とさせてくれるのがデジタルです。マインドセットが変われば、組織のビジネスの仕方も変わっていくはず。何より、デジタル変革の時代はスピードが重要ですから。
私はよく、試しながら学ぶ「テスト・アンド・ラーン 」の姿勢が大切だと話していますね。
アナログを制する者がデジタルを制する
──デジタルトランスフォーメーションを進める上で、どういう人材の資質が必要になってくると思いますか?
長瀬:私はよく「アナログを制した人間がデジタルを制する」と言っているのですが、デジタル時代だからこそ、アナログ的な感覚が大事になってくると思っています。
若いデジタル世代は、デジタル時計が狂うことがないと思い込んでいたり、時計を5分早めておくというようなセンスがゼロだったりします。それがリスクマネジメントの甘さに通じている。AがダメだったらBという代替プランの数が、圧倒的に少ないんです。そういうクリエイティビティの欠如は、デジタルの弊害でしょうね。
そもそも、デジタルやマーケティングというのは、補足的なバリューです。A+B=C以外のものを創り出せるクリエイティビティが大事になってくるもの。だからこそ、アナログ的な感覚も忘れないでほしいですね。
榎本:よくあるのが、自分の役割をこなすことだけに集中するあまり、その仕事の最終目標がわからなくなっていたりすること。最終目標からバックキャストして考える。それも創造力、クリエイティビティですよね。
長瀬:これからはコンテンツのクオリティを上げて、それをどう伝えるかがますます重要になってきます。クリエイティビティでストーリーを組み立て、デジタルで適切なターゲットにきちんと届ける。それを実現していくのは、結局人間の本質的なクオリティ。とてもアナログな部分だと思います。
──人材という点では、デジタルトランスフォーメーションをリードする人材の育成も課題と言われています。それが、デジタルのプロを外部から招くというケースにつながっているように思いますが。
長瀬:ECの経験者やデジタルに詳しいコンサルが外から来ただけでは、なかなかリードしきれないと思います。外部から来た人材に求められるのはスピードと実行力。それを実現していくためにも、わかりやすい背景があったほうが有利。
わかりやすい背景とは、私のようにインスタグラムの事業代表者、マーケティングや広告代理店とのビジネスにも明るいという象徴的なもので、それがあると周囲も素直に受け入れやすくなります。
榎本:大事なのは、入社前にマネジメントレベルの人たちにどれだけシンパシーが感じられるか確かめることだと思います。入社初日からしっかりバックアップをしてもらえるか、そこを確認しておくことです。
長瀬:おっしゃる通りです。採用される側、する側の意思決定はすごく重要ですね。私がロレアルに入社を決めたのも、採用側、特に経営陣のデジタルコミットメントが高くて、やりたいことが明確なビジョンになっていたからです。
逆に、デジタルに優秀な人材の価値を見いだし理解できることが、採用側にも求められていると思います。
榎本:私がNECへの入社を決めたのは、NECだからではなく、このNECでこういうことにチャレンジさせてもらえるという業務の内容です。役割、目指す変革の方向など、これをしてほしいという期待値が明確でした。
これからは社員が無意識のうちに自分に課している制約のようなものを私が外していくことで、組織の動きをもっとダイナミックにしていきたいと思っています。
社外パートナーとの「共創」
──社外との協働においても、デジタルトランスフォーメーションの役割は大きいと思いますが。
榎本:NECは「共創」という言葉を2006年から使い始めていますが、それくらいNECはパートナー企業やお客さまと一緒に成し遂げることがDNAとして根付いています。ただ、どうしても完璧なものを届けたいという技術者的なマインドがこれまでは強かった。
しかし、これからは一緒にゴールを設定し、共に悩み進んでいくことで一緒に結果を味わうことを目指していきたいと思っています。共創という言葉に込められた、NECらしさを会社全体の動きに引き上げていくつもりです。
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長瀬:今の代はみんなで手を組んでやっていかないと、いつ誰が新たなライバルになるかわからない。いろんな人と手を組みながら、自分のビジネスを攻めていく。そういうマインドセットが大事ですね。
小さな成功事例を現場に体験させる
──デジタルトランスフォーメーションは今後において、必然的な流れです。そういう中で、CDOに期待される役割についてメッセージをいただけますか。
長瀬:スモールケースでいいので、インパクトの強い事例をつくることが何よりも大切です。
例えば、私はインフルエンサーに対してどういった投稿がよいのか、どうすれば無料でアピールしてもらえるか、というようなノウハウを集約するということを行いました。その結果、PRは今までと全く違う人間関係やビジネスモデルを手に入れることができています。
こういったスモールケースは、工場のAI化、サプライチェーン倉庫のオートメーション化などでも同じです。CDOが来たことによりデジタル化が進み、ビジネスが変わったという事例をどんどん現場に実感してもらうことです。
もちろん、これらを実行するには人材と費用の投下も必要となります。経営トップがクリアな指針と意気込みを持って、コミットメントすることが求められるでしょう。
榎本:テクノロジーが進化しデジタル化が急速に進む中、企業とお客さまは新たな関係性をつないでいく時代になりました。そんな今だからこそ、CEO、CDO、CMOが強力なリーダーシップを発揮して、失敗を恐れずにスピード感を持って取り組んでいかなくてはならないと実感しています。
そういったチャレンジの成功例を増やすことで、すべての社員が「デジタルに熱を持つ」マインドセットへと進化することを目指していきたいですね。
(聞き手:久川桃子 構成:工藤千秋 撮影:小沢朋範)