Fintech領域でも、上場を遂げたベンチャーや、大企業と組んで世の中に大きなインパクトを与える企業が出てきた。新規事業を自らの手でつくり出すのか、それとも、新規事業を創出する人たちを支援するのか。デロイト トーマツ ベンチャーサポートに2015年に入社し、Fintechチームを率いる大平貴久氏に、規制業界である金融領域でのベンチャー支援の面白味と難しさを語ってもらった。

“支援家”という立ち位置

私たちFintechチームのミッションは、ベンチャー企業、中でも、規制業界である金融の領域のベンチャーが成長するための環境を整えることです。
そのために、私は2015年に入社した後すぐに、Fintech関連ベンチャーの現状を把握することから始めました。各社が実際にどのような事業を行っていて、どの領域を目指そうとしているのか、実際にベンチャー企業を訪問して支援するとともにヒアリングしていきました。今では200社近くのFintechベンチャーとネットワークができています。
大平 貴久 デロイト トーマツ ベンチャーサポート プラットフォーム事業部長 Fintechリーダー
独立系ITコンサルティングファームで金融サービス企業(クレジットカード、証券、消費者金融)に対するコンサルティングに従事。その後、出版社へ出向し、新規事業開発を担当。電子書籍事業をはじめ、2年間に6事業を立ち上げる。2015年、トーマツ ベンチャーサポート株式会社に入社。金融業界の知見と新規事業開発の経験を生かし、Fintech領域にかかわるベンチャー支援と大企業向け新規事業開発コンサルティングを担う。2017年10月から、プラットフォーム事業部長。
その一方で、大企業のコンサルティングを通じて、組織を変革し、時には新規事業を一緒につくり出して、ベンチャーと協業できる素地をつくることも行っています。また、大企業主催のビジネスコンテストや、アクセラレーションプログラムの企画運営などを通じて、多くのベンチャー企業と大企業とを結びつける場をつくる取り組みもあります。
Fintechというと金融業界の会社だけが対象と思われるかもしれませんが、そうではありません。流通、小売、製造業など、金融領域に興味があり、そこでビジネスを切り拓きたい企業はすべて対象となります。
大企業側に新規事業を生み出す部分も大きいのですが、あくまで目指すところは、ベンチャーの成長支援にあります。

Fintechはオープンイノベーション

Fintechは、文字通り捉えれば「金融×テクノロジー」に違いないのですが、私なりの解釈として常に言っているのは「金融領域のオープンイノベーションである」ということです。
さまざまな業界・領域でオープンイノベーションが進んでいます。ここ1、2年で、その潮流が金融領域にも大きく押し寄せてきました。メガバンクを筆頭に、銀行やその他の金融機関がこぞってオープンイノベーションの声をあげています。
これまでは、家計簿アプリや会計アプリなどのように、業法と関係ないところから攻めるベンチャーがFintechベンチャーとして成長してきました。
しかし最近では、業法に関わる領域に踏み込むベンチャーが増えてきていると感じます。そうした企業が成長を遂げるには、銀行業や貸金業などの免許を持っている大企業と、いかに協業するかがより重要になります。
大企業がオープンな姿勢になってきた背景にはいくつか要因があると思いますが、スマートフォンの登場と普及が大きいでしょう。1人1台スマホを持ち、個人のID代わりになりつつあります。スマホによって、送金、決済、融資などが1to1で行われるためのテクノロジーの土台ができたことが大きいといえます。
もう一つは、金融庁の動きです。マイナス金利政策や、オープンAPI公開の促進など、金融機関に変革を迫る動きをここ2、3年で見せています。これは、Fintechベンチャーにとっても追い風となる動きだと捉えています。

地域通貨の電子化事例

そのような、Fintechの大きな潮流の一例として、飛騨信用組合の「さるぼぼコイン」の取り組みを紹介したいと思います。
「さるぼぼコイン」は、専用のスマートフォンアプリ上で利用できる電子地域通貨で、飛騨信用組合の営業エリアである岐阜県の飛騨市、高山市、白川村だけで使える地域通貨です。
「○○コイン」というと仮想通貨と思われるかもしれませんが、そうではありません。「さるぼぼコイン」は飛騨信用組合が発行主体となり、日本円と等価で交換できる決済手段という位置づけです。
この「さるぼぼコイン」の特徴として、転々流通性が挙げられます。一般的な電子マネーであれば、消費者が商品やサービスの決済に使用して終わりですが、「さるぼぼコイン」の場合は、個人がお店での支払いに使うことができ、さらにコインを受け取ったお店はそのコインを仕入れに使うこともできるわけです。
飛騨・高山に、国内外から観光客が訪れてお金を落としたとしても、お店側が地域外の企業から仕入れをしていれば、お金は外に出て行ってしまいますよね。「さるぼぼコイン」は使えるエリアが限定された地域通貨ですから、地元の企業から仕入れを行うインセンティブになり、域内での循環が生まれ、地域経済の活性化につながるわけです。

「日本初」を支援するやりがい

この「さるぼぼコイン」の元となる、QRコードとスマートフォンを活用した地域通貨の電子化を導入するアイデアを飛騨信用組合に提案したのが私でした。
2015年から2016年にかけて、地方の金融機関からの要望に応える形で、経営陣に対してFintech勉強会をしていました。30都道府県くらい回ったでしょうか、全国を行脚した中で訪れた金融機関の一つに飛騨信用組合がありました。全国行脚の中で、各金融機関に対して
2つのアイデアを提案していたのですが、そのうちの1つが「地域通貨の電子化」でした。
ただ、私たちの目的は、金融機関に新規事業を創出して終わりではなく、ベンチャーを支援することです。だから、ベンチャーにジョインしてもらうところまでフォローして、はじめて目的を達することができます。
最終的に、複数のベンチャーでコンペを行い、ある1社を飛騨信用組合さんが選び、そこからシステム開発が始まりました。
今年の5月から3カ月かけて実証実験を行い、利用シーンや技術面・セキュリティ面、運用面、法律面の課題や改善点を抽出していきました。大小さまざまな課題がありましたが、全てシューティングして、もう間もなく正式リリースというところまでこぎ着けています。
飛騨信用組合としては、この事業単体で大きな利益をあげようという考えはありません。まずは地域経済を活性化し、その先に自分たちの業績向上があると考えていました。ある意味、利益度外視で、利用者へいかに便益を還元するか、加盟店の手数料をどう下げるかというところにフォーカスできたのは、事業を設計する上で工夫のしがいがありました。
「さるぼぼコイン」が流通すれば、地域内でどのようにお金が流れているかがデータとして把握できるようになります。また、信用組合の勘定系とは別のシステムを手に入れたことで、APIを公開して他のサービスと連携するなど、さまざまな展開が期待できるでしょう。
保守的な金融業界にあって、ファーストペンギンとして一歩を踏み出した飛騨信用組合の「日本初」の取り組みを支援できたことは、われわれにとっても、非常にやりがいのある仕事だったと思います。

規制業界の特殊性

金融領域で新規事業をつくる上で難しいのは、規制業界であるということです。
新しいビジネスをやろうとすると、銀行法や貸金業法、資金決済法といった「業法」を意識しなければならないケースが出てきます。それらを踏まえて、法律の枠内でビジネススキームを組み立てながら、場合によっては金融庁などの当局に規制を変えるよう提言することも、私たちは行っています。
「さるぼぼコイン」のケースでも、当局との折衝は多く発生しました。今回であれば、金融庁、東海財務局、岐阜財務事務所とのやり取りはかなり丁寧に進めました。
国、地域、都道府県のそれぞれに関係当局があるという3層構造になっており、さらに、決済の法分野と銀行法の法分野では、担当する課が違っており、一連のスキームの検討するのは一筋縄ではいかないのです。ただ、今回は当局にも「新しい取り組みをやりたい」という思いがあり、スムーズに進んだ面もあったのは幸運でした。
金融庁の方によく言われるのは、「大平さんの持ってくる案件は、すごく頭の体操になるね」ということです。私たちは、業法に照らして、はっきり白、はっきり黒と見なせるケースは当局に相談しません。グレーゾーンの問題、「法律の条文には書いていないけれども、こういう解釈なら可能か」という捉え方の問題が多いので、それを当局に投げかけるわけです。
私たちが支援しているベンチャーは、善意をもとに、ソーシャルグッドになること、社会に貢献できることをやろうとしています。ただ、そこにモラルがない方が悪用できる余地があるとすると、本来の思いとは逆の結果を招きかねません。そうならないよう、ビジネススキームを組むベンチャーと、金融当局の両方に働きかけをすることが、私たちの重要な仕事です。

人生におけるミッションを持つ

私は、自分の人生におけるミッションを「圧倒的な数の新規事業を創出すること」と定めています。新しい事業をつくるということは、雇用を生み、新しい取引を生むことであり、社会に大きなインパクトを与えうることです。前職で、2年間に6つの新規事業を立ち上げた経験から、「自分はこれに向いている」と思えた時に、このミッションを定めました。
前職からここへ転職する時には、ベンチャーに入って自分が新規事業をつくるか、それとも新規事業をつくる人を支援するか、というところで迷いがありました。でも最終的には、より多くの新規事業を世の中に生み出せるだろうと判断して、ベンチャーの“支援家”の道を選びました。
当社の採用選考では、もちろん経歴も考慮しますが、それよりも「この先、何をしたいか」をお聞きすることに重点を置いています。ですから、自分が「やりたいこと」を明確にお持ちの方にこそ、それを当社のアセットを使って実現できるかどうか、ぜひ話を聞きに来ていただきたいと思っています。
(取材・文:畑邊康浩、写真:中神慶亮[STUDIO KOO])