Amazon Echo / Alexaは働き方も変える

2017/11/7
11月8日、スマートスピーカー「Amazon Echo」とそれに搭載されたAIアシスタント「Amazon Alexa」が遂に日本に上陸する。話しかけるだけで音楽を再生、タイマーをセット、テレビを操作するなど、家庭での利用シーンで語られることが多いが、職場や働き方を変える大きな可能性を秘めている。出張・経費管理クラウドを全世界で展開するコンカーでは、通常の製品開発とは異なるアプローチを行うR&D組織が次世代テクノロジーを活用したスマートな働き方を研究している。2015年に設立した「Concur Labs」からコンカーが目指す出張・経費管理から広がるイノベーションのかたちを見ていく。

経費精算の会社から生まれたイノベーション集団

10月に開催されたプライベートイベント「Concur Fusion Exchange2017」でConcur Labsの講演をまとめたグラフィックレコード。コンカーと対話型インターフェースを組み合わせた出張手配や経費精算が完了する。
コンカーは、出張・経費管理を中心としたビジネスを行う業務系クラウドカンパニー。1993年に設立され、世界50カ国以上でビジネスを展開。利用企業数は3万6000社、利用者数は4500万人を超え、年間でコンカーが処理する経費総額は、実に8兆円を超える。これは全世界で発生する経費の約10%を占め、その規模はさらに拡大を続けている。
コンカーは設立当初から出張・経費管理クラウドに経営資源を集中、自社サービスを差別化しつつ、日本をはじめとする各国の市場ニーズに対応することでグローバル市場で成功してきた。
ただ、その実績の一方で、出張・経費管理という地味な業務から「コンカー=イノベーション」というイメージが湧きにくい。
2017年10月、Concur Labsの設立メンバーが初来日。この機会に合わせてインタビューする機会があったので、率直な感想をぶつけてみた。また、グローバルチームのConcur Labsに日本人で唯一参加する担当者にも話を聞くことができた。

目指すところは「全自動化(フルオートメーション)」

──Concur Labs設立に至った背景は何か。
パケット:短期的には収益化が難しくても、長期的にみたら斬新でビジネスポテンシャルを感じるアイデアの創出と育成は、永続的成長には欠かせない。
そうしたアイデアを、インターン向けのビジネスコンテストや、「CES」のような世界的イベントに出展するなどをして、ユーザーのフィードバックを受ける仕掛けを継続的に行ってきた。
ただ、どうしても現実のビジネスを支える製品開発が中心となり、長期的な視点でビジネスの種やアイデアを育てる土壌も組織体制もなかった。投資と研究を進め、面白い成果物が生まれても結果的にムダになってしまうケースが頻発していた。Concur Labsはそんな危機感から生まれ、新しい発想の受け皿として設立された。
──どんな指標で研究テーマを決めているのか。
パケット:私たちが掲げているビジョンは「Being where the user is」。日本語に訳せば、「ユーザーのいるところに必ずコンカーがいる」。
出張の手配や精算精算が大好きな人はいないし、楽しんでいる人もおそらくいない(笑)。だが、世界中のビジネスパーソン全員が必ずやらなければいけない。
だから、私たちはそれらに関わる業務をできるだけ自動化し、煩わしい業務からユーザーを解放したいと思っている。
ユーザーが経費を使う場面には、必ずコンカーが寄り添う状況を作りたい。もし、ユーザーがコンカーのソリューションに一切触れず、精算が完了できれば最高だ。なぜなら「私たちのソリューションを使わせないこと」が究極の目標なのだから。
──主な研究成果を教えてほしい。
トルドー:例えば、「対話型インターフェース」がある。Concur Labsでは、「Siri」「Amazon Echo」などの対話型インターフェースを、働き方や職場環境でどのように役立てることができるかを研究している。
ユーザーが「出張の手配状況を確認したい」「経費精算を行いたい」と思った時、コンカーのサービスではなく、普段使い慣れているスマホやソフトウェアを、次世代のテクノロジーやクラウドサービスと組み合わせて処理できれば、業務負担は軽減できる。
ユーザーの利便性が高まれば、私たち自身がユーザーから見えている必要はない。最新技術をコンカーと組み合わせ、仕組みとしてユーザーの利便性を最大化できるかという視点での研究活動にかなり時間と労力を割いている。
──具体的にはどのようなものを生み出してきたのか。
トルドー:2つの事例を紹介しよう。1つは「Amazon Echo」と「Concur」との連携。
Echoに搭載されている音声認識プラットフォーム「Amazon Alexa」と連携し、Echoに話しかけることで、コンカーに格納されている出張日程や滞在先だけでなく、おすすめの移動手段などを教えてくれる。
情報をインプットする手法として音声は今後一層重要になる。まずはEchoで試し、ほかのプラットフォームでも研究と実験を重ね、精度を磨いていく。
もう1つは、「Slack」と「Concur」の連携。Slackに、出張計画や支出した経費情報についてのリクエストや質問をメッセージで送ると、それに応じた回答を得られる。知りたい情報の取得や精算業務そのものを、コンカーを起動しなくてもSlackだけで完了できる。
──コンカーのクラウドサービス内にとどまらず、他ツールとのオープンな連携をすることで「使わせない」戦略を具現化している印象を持つ。
パケット:確かに「オープンコネクト」は意識している。対話型のインターフェースだけではなく、ユーザーが使い慣れているツールとの連携への意識は非常に強い。「Office」の「Outlook」との連携はその典型的な例だ。
Outlookに入っているスケジュールやメールの内容をConcurが探し出し、数クリック、数タップの作業で経費精算ができる。ユーザーはOutlookの機能で経費精算を完了した感覚しか持たないだろう。
──今後、特に力を入れる技術領域は?
パケット:やはりAI。Concur LabsではAI専門で研究するチームを発足させた。さきほど話した対話型インターフェースの精度を上げるためにもAI、とくに機械学習(マシンラーニング)、深層学習(ディープラーニング)の領域は欠かせない要素技術になる。
AIは企業向けシステムには欠かせないテクノロジーとなるため、AI技術者の採用・育成に注力していく。Concur Labsのメンバーは全世界に点在、グローバルチームでまだ小規模での活動だが、早い段階で倍増させる。
現在、出張や経費精算に関わりがない分野のテクノロジーでも、面白いテクノロジーであれば、積極的にチャレンジして可能性を探していくつもりだ。逆に今のビジネスとは関わりが薄い業務に注目し、将来のソリューションの芽を育てることが私たちの使命だと思っている。
──日本の市場をどう捉え、日本の技術をConcur Labsはどう生かすか。
上田: 今まさに日本は変革の時だと思っている。多種多様なリーダーシップのもと、新しくエキサイティングな技術の活用が始まっている。日本はものづくりに加え、電子決済、DLT(分散型台帳技術)やRPA(Robotic Process Automation)の最先端技術の開発でトップランナーだ。
これらをコンカーの技術と組み合わせ、グローバル市場で受け入れられるものにすべく、デザインシンキングやハッカソンなどの活動をお客様やパートナーと一緒になって積極的に展開していきたいと考えている。
特にRPAと自動化のテーマは米国に比べ、日本での需要が強く、日本のデベロッパーのレベルも高い。出張・経費管理の領域はもちろんのこと、世界中のビジネスパーソンの働き方を変えていく熱意と使命感を持って、研究開発を進めていく。
Concur Labsの幹部とともに“来日”したのが、Concur Labsが開発したリスク管理のためのVR(バーチャル・リアリティ)ソリューション。VR空間の中で社員の安否確認を支援する。
地震などの災害が万一起きた場合、刻々と変化する事態の正確な把握に加え、現地社員の安否確認と適切なサポートが必要になる。対応を誤れば社員の命にも関わる。
メール、ブラウザー、電話など異なったデバイスからもたらされるリスク情報をVRに集約できれば、状況確認と安否確認を効率的に行うことができ、社員への適切なサポートが可能となる。
実際に筆者も体験してみた。ヘッドセットを装着してアプリケーションを立ち上げると、社員の一覧が表示され、出張中の社員の滞在先がすぐにわかる。さらに、VR空間に映し出された社員の画像を押すと、該当社員のステータスが表示され、必要に応じてチャットやウェブ会議もでき、詳細な状況把握も可能だ。
関連する災害情報、ニュース速報へアクセス、VR空間で世界を見渡し、世界中に点在する社員とのインタラクティブコミュニケーションがヘッドセットの中だけで完結し、操作もジェスチャーのみ。全く新しい体験だった。
このソリューションは現在公式にリリースされてはいないが、動画による説明もあるので、ぜひ見てもらいたい。
現在、このソリューションはプロトタイプであり、すぐに利用できるものではないが、VR技術の活用アイデアや社員の出張管理、“出張体験”にどのように生かせるか研究し続けているという。
Concur Labsではその他にも、IFTTT(if this, then that)のWebサービスを利用したIoTデバイスとの連携、視覚障害者向けソリューション(Project ARC)、自動車の移動情報との連携(Trace)など、コンカーを使わせない実験と研究が日々行われている。
(取材・文:木村剛士、写真:森カズシゲ)