同僚との会話という「妨害」

間仕切りのないオープンスペースのオフィスとコーヒーショップとを比較した場合、どちらも同じように騒がしい環境であっても、コーヒーショップのほうが集中できると感じるものだ。『ハーバード・ビジネス・レビュー』(HBR)は10月18日、それはなぜかという疑問に関する記事を掲載した。
この記事では、完全に静かな環境よりも多少音があったほうが、よりクリエイティブになる傾向があるという研究結果を引き合いに出している。心電図の数値が示すところによれば、ある程度のホワイトノイズはクリエイティブな作業にとって理想的な背景音であるというのだ。
ホワイトノイズは問題がないばかりか、有益でさえあるのに(NP注:以下の太字部分はHBR記事より引用)、なぜオープンスペースのオフィスを嫌う人がこれほど多いのだろう。同僚たちの低い話し声や空調設備の単調な音は、集中しやすくしてくれるはずだ。
もしかするとオフィスでは、集中しようとしているときにほかの同僚の会話に引き込まれたり、何かで妨害されたりするのを避けられないということが問題なのかもしれない。
実際、脳波の研究によれば、面と向かってコミュニケーションを取ったり会話したりしているときに妨害があると、クリエイティブな作業にマイナスの影響があることがわかっている。
それに対して、シェアオフィスやコーヒーショップは、ある程度の環境雑音がありながら、妨害なく作業ができる自由も提供しているわけだ。

非公式な「勢力のヒエラルキー」

確かにその通りだと思うが、理由はほかにもある。コーヒーショップやシェアオフィスは、仕事場とは異なる社会システムのもとで機能しているのだ。
たとえばコーヒーショップでは、顧客はみな平等だ。電話はしない(したい時は外に出る)、大声で話さないなど、常識的なマナーを守ろうという社会的圧力も大きい。
一方オフィスでは、社会的圧力は非公式な「勢力のヒエラルキー」の中に存在する。コーヒーショップでの暗黙のルールのようなものはあるかもしれないし、掲示さえされているかもしれない。
しかし、こうしたルールを破り、なおかつ破ってもおとがめなしという状態が、誰かが支配的立場を確立するための道としてよく見られるし、普遍的に理解されている。
実際、セクシャルハラスメントは、このようなステイタスがもたらす悪行の最たるものだ(部下たちのいる前で行われた場合は特にそうで、最近の悲惨な例の多くが当てはまる)。セクハラよりはましだが、同じくらい立場を利用した行為は、たいていの職場にはびこっている。
たとえば、ハイテク企業のプロジェクト・リーダーが、意識的にせよ無意識的にせよ、共有の仕事スペースの真ん中で大声で話をすることで、自分のプロジェクトは他の人がやっているどんな仕事よりも重要だと、周りの人たちに知らしめようとすることなどだ。
嫌なやつだと思うだろう。だが、周りの人がそれを腹立たしく思っても、彼が十分な政治的影響力を持っているなら、その行為が許されるだけでなく、許されるという事実が彼のステイタスを確固たるものにするのだ。

耳に入る会話の種類の違い

コーヒーショップとオープンスペースのオフィスのもう1つの違いは、あなたの耳に入ってくるであろう会話の種類だ。
コーヒーショップでは、あなたやあなたの仕事に関係のある話が聞こえてくる可能性は非常に低い。それに対してオープンスペースのオフィスでは、どんな会話でもあなたに関係があるかもしれない。その結果、誰かが話をしていると、あなたの脳は半分その会話を聞いていることになる。
さらに別の大きな違いは、あなたが状況を管理できる度合だ。コーヒーショップにいる時に周りの音がうるさいと思うなら、ノイズキャンセリングのヘッドフォンをつければいい。当然ながら、誰もそれを外せとは言わないだろう。
ところがオープンスペースのオフィスでは、周りの人たち(とくに自分はあなたより偉いと思っている人たち)は、あなたに見てもらい、あなたの関心を得ることで自分は力があると感じている。音楽のプレイリストからあなたを引き離し、現実世界に戻すことが、会社のためになるとさえ思っているかもしれない。
要するに、オープンスペースのオフィスをこのように悲惨な環境にしているのは、騒音ではない。職場の人たちのつまらない迷惑な行動から逃れられない、ということが問題なのだ。
HBRの記事が言及していない点がある。オープンスペースのオフィスにも、コーヒーショップやシェアオフィスにも、まったく無理のない代案があるのだ。それは自宅で働き、SkypeやSlackなどのツールを使って同僚とのコミュニケーションを取ることだ。
【筆者の体験談】

この話題に関連して、筆者が昔、自分の立場を利用した迷惑な行為にどう対処したかという、経験談を披露しようと思う。

働き始めて間もないころ、私が勤めていた会社では、経営幹部を含めた全員がキュービクル(間仕切りで仕切られたスペース)で仕事をしていた。その環境では気が散ると感じたので、私はいろいろ考えて、少し離れた場所を使わせてもらうことにした。

来客用に確保されていた2つのキュービクルの隣りで、いつも誰も使っていないところだ。

ところがある日、営業の人間が売り込みの電話をかけるために来客用のキュービクルを使っていた(携帯電話が普及する前の話なので、電話をかけるには有線電話しかなかった)。普段は営業の人たちに好意的な私だが、この男は声が大きい上に早口で、下手なセールストークを繰り返して電話をかけ続けた。

1時間ほどそれを聞かされ、私は頭がおかしくなりそうになった。

そこで、パーティションの上からひょいと覗いて、もう少し声を落として電話してくれませんかと丁寧に頼んだ。すると彼は「俺の仕事はあんたの仕事よりずっと大事なんだ」と公然と食ってかかり、ここに書くのははばかられるような罵り言葉で会話を打ち切ったのだ。

上等じゃないか──。

私は、男がトイレへ行くのを待って、彼のキュービクルに入った。受話器の送話口を回して外し、マイクロフォンを抜き取ると、また送話口を取りつけた。男は戻ってくると売り込みの電話を再開したが、彼の声が相手に聞こえないので電話はことごとく切られてしまった。

男は腹を立て、テクニカルサポートに電話をかけた。トラブルを説明するのだが、当然、この電話も切られてしまう。悪態をつきながら、彼は電話を修理してくれる人を探しに出て行った。彼が行ってしまうと、私はマイクロフォンをもとに戻した。

15分ほどして、彼はサポート部門のエンジニアを連れて戻ってきた。エンジニアは電話をテストし、何も問題ないですよ、と言って去って行った。押し殺した声で「使えないヤツか、頭がおかしいか、その両方かだな」とブツブツ文句を言いながら──。

そのころには昼休みになっていた。男は怒りが収まらないままカフェテリアへ向かった。私はまた彼のキュービクルへ行き、マイクロフォンを外した。男は戻ってきて、電話を再開した。すぐに、耳から煙が出るのではないかというほど、彼のイライラは頂点に達した。

私は素知らぬ顔をし、心の中では「ざまを見ろ」と舌を出していた。ついに男はオフィスを出ていき、戻ってこなかった。私は、してやったりという満足感とともに、自分の仕事に戻ったのだ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Geoffrey James/Contributing editor, Inc.com、翻訳:浅野美抄子/ガリレオ、写真:SamuelBrownNG/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.