国連総会でカナダ首相の足元に注目

国連総会で撮られた一枚の写真が、北朝鮮や気候変動問題に匹敵する騒ぎを引き起こした。その焦点は『スター・ウォーズ』シリーズの人気キャラ、チューバッカがプリントされた靴下だった。
その焦点はイケメンで知られるカナダのジャスティン・トルドー首相。9月にニューヨークで開催された数々の国連総会関連イベントの席でスター・ウォーズがらみの装いを披露した。グローバルリーダーの足首を飾るチューイーの姿は、瞬時にインターネットで拡散された
この靴下こそ、多彩で個性的なデザインで、ポップカルチャーに切り込んできたベンチャー企業スタンス(STANCE)の製品。ハリウッドの俳優やヒップホップスター、プロアスリート、スケートボードやモトクロスの選手、そして少なくとも1人のグローバルリーダーに愛用されている。
カリフォルニア州サンクレメンテに本社をおく同社が成功をおさめたのは、耐久性、アーチサポート、気が利いたデザインを備えたソックスを製造し、有名人を投資家にして、ブランドをファンに売りこんでもらったからだ。
支援者の一人であるジェイZは2013年発売の自分のシングル「F.U.T.W.」の歌詞に、STANCEという名称をまぎれこませている。

誰も気づかなかったカテゴリー

ベンチャーキャピタリストもこの会社を気に入っている。クレイナー・パーキンス・カウフィード&バイヤーズ、オーガスト・キャピタル、シャスタ・ベンチャーズなどシリコンバレーの投資会社は、靴下事業に1億1000万ドルを投じている。
シャスタ・ベンチャーズの共同設立者トッド・フランシスは「このカテゴリーは誰も思いつかなかった」と言う。5月にも公式行事でスタンスのスター・ウォーズソックスを履いて注目を集めたトルドーは、ブランドのファンだが、スタンスに投資はしていない。
匿名の情報筋によれば、今年の売上は1億ドル越えが確実で、来年には利益を計上できると同社は期待している。
投資家から集めた資金の半分以上はすでに費やした。メンズの靴下や下着以外の分野に事業を拡大していることから、さらなる資金調達の必要がありそうだ。今月は新たに女性ランジェリーを発売、製品を定期的に出荷するサービスも開始した。
最高経営責任者(CEO)のジェフ・キール(45)に言わせれば、スタンスの事業の核心はソックスではない。「ソックスは、ブランド構築のためのトロイの木馬とみている」
社内のバスケットボールコートで汗を流した後にやってきたキールは、黒いタンクトップにショーツ、そして当然ながらハイソックスといういで立ちのままこう語った。「堅実に構築されたブランドは、投資家へのリターンという点で、インターネットやソフトウェア会社と同じ価値を持つ」
ビジネスとマーケティングの達人として名高いキールの存在こそが、ベンチャー・キャピタルがスタンスを支援する最大の理由だ。
彼はファッショナブルなオーディオ機器ブランド、スカルキャンディーの役員を10年以上勤めており、そこで有名人の支持を得た強力なブランドは、ただの商品を贅沢品に変えることができることを知った。
ユタ州パークシティのスカルキャンディーは、スケートボーダーらアスリートをターゲットにしたアクティブなヘッドフォンのラインアップを開始。ドクタードレをフィーチャーして大ヒットしたイヤホン「ビーツ・バイ・ドクタードレ」のように、ポップカルチャーのスターたちを看板にしている。
キールがジェイZと知り合ったのは、ジェイZがスカルキャンディーのヘッドフォンをデザインしたことがきっかけだった。
靴下業界も、ベンチャー・キャピタル用語でいう「ディスラプション(破壊的創造)」に十分なほど成熟していることをキールは確信した。ソックスの市場は利益率の低い製品が圧倒的に多く、技術的な優位性はほとんど存在しない。
調査会社NPDによれば、アメリカにおける成人用靴下の売上高は年間48億ドル。560億ドル規模の靴市場や、その他ベンチャー・キャピタルが慣れ親しんだ大きな市場に比べれば非常に小さい。

セレブやスター選手を上手に活用

早い段階では、キールのように確信を抱いた人はほとんどいなかった。キールは、古い大学仲間で企業向けソフトウェアメーカー、ドモス社を経営する技術起業家のジョシュ・ジェイムズにアイデアを提案。ジェイムズはしばらくの間、疑わし気にキールを見つめ、そして20万ドルを渡した。
金を儲けるか、ソックスで大金を無駄にしたとキールを執拗にからかうことになるか、どちらかだと思っていたとジェイムズは言う。結局、金を儲けることができそうだ。彼が保有する株式は現在400万ドルの価値がある。
2009年にスタンスの事業を始めたキールは、スタンスをストリートファッションのブランドとして売り込むため、サーフィンやスケートのショップをターゲットにした。タイミングは完璧だった。スケーターのファッションは、ちょうどロールアップパンツに向かっているところで、その波を見事にとらえた。
小売業者によれば、価格は1足10〜30ドルと割高だが、売れ行きは好調だ。 イメージにこだわるバイヤーは、このブランドのパターンと色のアバンギャルドなスタイルを高く評価していると、スタンスの本社に近いホビー・サーフショップの販売責任者ナタリー・ガメットは言う。
ハーフパイプの世界にも足場を固めたスタンスは、セレブの顧客を使ってソーシャルメディアや注目を集めるイベントで商品を宣伝するようになった。ヒップホップのスター(Nas)や俳優(ウィル・スミス)、バスケットボールのチャンピオン(ドウェイン・ウェイド)などが起用された。
2015-2016年シーズンには、プロバスケットボール協会(NBA)の公式ソックスとして契約を結び、選手は試合中にスタンスの靴下を着用した。昨年はメジャーリーグに進出、グラウンドで唯一の靴下ブランドとなった。

品質を保証する革新的技術

現在、著名なスポーツアパレルのブランドが注目を集め始めている。ナイキは10月17日から始まる今シーズンのNBAの権利を獲得した。スタンスはベンチャー・キャピタルの支援を受けても、ナイキの資金力には及ばず、現在契約中のクライアントの維持には苦労しそうだ。
「スタンスはミレニアル世代のブランドだ。そしてミレニアル世代は本当に気まぐれだ」と、フォレスター・リサーチのアナリスト、ススタリタ・コダリは言う。
スタンスにとって技術面でのビジョンをもたらす存在は、アビ・コーエンだ。コーエンはイスラエルのキブツ育ち。靴下工場を経営する父親から、編み機の使い方を教わった。
ナイキやその他有名ブランドのための靴下を作るイスラエルの製造請負業エルタ・ガリル・イオンダストリーズ社にいたコーエンを、キールが雇ったのは2014年のことだ。
コーエンは編み物関連の特許3件を取得している。擦り傷を防ぐためにつま先を横切る平らな縫い目を持つ靴下など、彼はスタンスの最高技術責任者(CTO)として、独自の手法の開発に取り組んだ。
コーエンのスタッフが働くのは、ソックス靴下研究開発エンジニアリング・アンド・ディベロプメント(SHRED)と名付けられたラボだ。ベートーヴェンとニコラ・テスラのポスターが、数々の驚くべき装置を見下ろしている。
ソックスを通常の3倍にまで伸ばす装置もあれば、不要な繊維のボールができるかどうかを確認するためにコルクボードに靴下をぶつける機械もある。競合他社の製品より速く冷えるようにするため、製品の放熱の度合いを撮影する装置もある。
「最大の悪夢は、靴下にすぐに穴が開いてしまうことだ」と、品質管理担当のランディ・シェックラーは言う。彼は以前、マクダネルダグラスの技術者だった。
別の部屋には特殊な編み機が並び、1分半ごとに簡単なパターンのソックスを製造する。ダンクシュートのために跳躍するバスケットボール選手の高解像度の画像など、複雑な絵柄の靴下には6分かかる。製造の大半は中国の請負業者によって行われているが、来年からさらに大規模な施設を開設する予定だ。

気晴らしが多すぎるオフィス環境

一部の投資家は、スタンスがより積極的に成長を追求することを望んでいる。クレイナー・パーキンスの無限責任パートナーであり、スタンスの役員会のオブザーバーでもあるムード・ロウハニは、口コミやセレブによる宣伝に依存しすぎることなく、広告にもっと金を費やすべきだと言う。
スタンス側はオンラインの広告を出しているし、時にはもっと昔ながらのやり方も利用していると主張。その証拠に、ソルトレイクシティーで自社店舗を開店したときには立て看板を買収した。
長年、スケートのショップやノードストロムのようなデパートでの販売に力を入れてきたスタンスにとっては、独自の小売販路を確立することは重要な戦略だ。ショッピングモールの衰退に伴い、スタンスは自社のウェブサイトでの販売にも目を向けている。
キールは今のところ、これ以上宣伝の必要があるとは思っていない。この8月、ラッパーのドレイクは、元恋人でスタンスの投資家でもあるリアーナがデザインした靴下をはいた自分の写真をインスタグラムに投稿した。
スタンスの広報担当ノエル・ベイツは、この写真がヴォーグとピープルのウェブサイトで取り上げられたことを含めて、結果的に600万ドルに相当する宣伝になったと見積もっている。
スタンスは従業員特典に関しては、けちけちしていない。
サンクレメンテの丘にあるオフィスでは、シェフがスタッフのために昼食を作る。マッサージ師も常駐し、疲れた社員の背中をもむ。休憩時間には、社内のバスケットボールコートやゴルフシミュレータで気晴らしをする。今は改装中のスケートリンクもフルに活用されていた。
気晴らしだらけで、職場環境はかなり緩んでいる。元従業員によると、仕事は楽しかったが、あまり熱心に仕事をしていない同僚が多かった。この元従業員は最近、同社を訪問したが、午後3時30分にはオフィスに誰もいなくなっていたという。
キールに言わせれば、スタンスには質の高いスタッフがそろっており、休息をとることがさらに高いパフォーマンスにつながる。バスケットボールやスケートにどれほど時間を費やしても、仕事はできている。
「ここには素晴らしい文化がある」と、彼は言う。「善良で賢明な人々の集合体として、これ以上のものはないかもしれない」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Sarah McBride記者、翻訳:栗原紀子、写真:jsbb123/iStock)
©2017 Bloomberg Businessweek
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.