「オープンイノベーション」という言葉自体が半ばバズワード化している中、日本の大企業が、掛け声倒れに終わらずイノベーションを実現するためには何が必要なのか。デロイト トーマツ ベンチャーサポートで、シリコンバレーに駐在しながら世界20地域での日本企業と海外ベンチャーとのオープンイノベーションを促進する木村将之氏が直言する。

イノベーション大国・日本を取り戻したい

戦後の日本は、新しい技術、製品を次々に生み出し、人々の暮らしをどんどん良くしていって、世界に誇れる経済大国になりました。人々は常にワクワクしていて、社会の課題を解決しながらイノベーションを起こしてきました。
私は、日本を再びイノベーション大国にしたいと思い、グローバルでのオープンイノベーションを活用した新規事業創出を促進しています。
木村 将之 デロイト トーマツ ベンチャーサポート 海外事業部長、シリコンバレー事務所 Managing Director、公認会計士
一橋大学大学院商学研究科修了。2007年3月に有限責任監査法人トーマツ入社。M&A、損益改善、KPI改善等の各種業務に従事。2010年より、デロイトトーマツベンチャーサポートの再立ち上げをリードし、同社のスタートアップサポート事業、大企業コンサル事業、海外事業を立ち上げ事業化。2015年から、シリコンバレーに活動拠点を移し、世界各国のテクノロジー企業と日系企業の協業を促進。
「日本はイノベーションを起こす国である」と世界中から認識されています。あるグローバル企業が世界23カ国の企業のイノベーション担当幹部に対して実施した意識調査で、「あなたはどの国を、最もイノベーションを起こす国と考えるか」という問いがあり、1位がアメリカ、次いで日本が2位という結果でした。一方で、同じ調査の中でなされた「あなたの会社には明確なイノベーション戦略があるか」という質問に対して「ある」と答えた人の割合が最も低かった国が日本でした。
天然資源の乏しい日本がこれまでにさまざまなイノベーションを起こし、経済大国となった事実が認知されている一方で、明確な戦略を持てずにいる日本企業の姿が浮き彫りになっています。
また、デロイトトーマツコンサルティングが日本企業に行った「イノベーションマネジメント実態調査」では、経営トップがオープンイノベーションの推進を奨励しているものの、世界のイノベーションクラスター(シリコンバレー、イスラエル等)との連携においては、未だ大きな取り組み余地が残されている可能性が示唆されています。
イノベーションを起こす手段としてオープンイノベーションの必要性が認識されながらも、世界のイノベーションクラスターの活用では課題を残しているのが現状です。それでは、イノベーションを起こすために、世界中のイノベーションクラスターの力を活用する重要性とは何なのでしょうか。

「夢の地図」の描き方

現在、テクノロジーに関するバズワードが飛び交っています。AI、IoT、ブロックチェーン、FinTech、ゲノム解析、デジタルヘルス……。日本の企業は、そうした新しいテクノロジーが自分たちに大きな影響を与えるという認識を持っています。イノベーションを実現する力も秘めています。けれど、その力が発揮できていないのはなぜでしょうか。
自社の解決したい課題、実現したい世界観と、そこに至る具体的な事業プランである「夢の地図」が描けていないことが、大きな課題として横たわっているのです。
「夢の地図」を描く際には、世の中がどうなっていくのかというインダストリーのマクロ的な話と、どのように個別の技術が実用化されビジネス的に受け入れられそうかという現場のミクロ的な話の双方をきちんと勘案しなくてはなりません。世の中で何が起こるのかという将来の話と、個別の技術が実用化に向けてどれくらい受け入れられてきているかという現在の話を掛け合わせて考える必要があるわけです。
我々は特に後者の現場で起きている話が重要と考えており、世界各地のイノベーションクラスターに入り込み、エッジケース(限界的事例)に学ぶことを推奨しています。エッジケースとは、物事が広く世界に普及する前に、特定の地域や集団で限定的に広がる事例のことです。
エッジケースの現場に赴いて、自分たちの足で情報を集めること。そこから着想を得て、ビジョンを広げていくことが重要です。最先端のテクノロジーは、現場で商用化されようとしているからです。
例えばインドでは、10億人超のデジタルIDが発行され、ヘルスケアレコード、診断データがデータベース化されています。現地では、ウェアラブルデバイスを開発し、蓄積されたヘルスケアレコードを統合したデータのAI分析を行うスタートアップが出てきています。
カリフォルニアでは、自動運転車を走らせる実証実験を認可された事業者が30以上もあり、その中には量販店で購入できるビデオカメラだけで自動運転を行うスタートアップもいます。
シベリア発で、全く新しいライドシェアのビジネスモデルを提供するスタートアップが誕生してきています。そうしたところがエッジケースの現場だといえます。
世界各地のイノベーションクラスターのエッジケースを見ることで、世界中でどのような課題が解決されようとしているかが分かります。また、その課題を解決するために、技術がどのように適用され、どのようにビジネスが展開されるかについて具体的なイメージが得られます。
現時点では法的な規制により日本国内では実現できないと思っていたビジネスが、現実のものになるイメージを持つこともできます。今の規制が絶対的なものだとする思い込みを取り払う意味でも、エッジケースを見ておく必要があると思います。また、エッジケースが世界に広まる時に、どんな問題が起きるか、法的な規制も含む問題に対応する手段についてもヒントを得られるでしょう。

海外のイノベーションクラスターの技術革新

写真提供:デロイト トーマツ ベンチャーサポート
世界のイノベーションクラスターには、技術的なバックグラウンドを持ちながら大企業や大学からスピンオフした人もたくさんいます。そのようなスタートアップは、技術的なブレークスルーにも挑戦しています。
技術的なブレークスルーの例として、自動運転の鍵になる3Dイメージを作り出すための、自動車周辺の物体までの距離および物体の形状を検知できるセンサーが挙げられます。センサーのコストはつい最近まで数百万円で、これが自動運転商用化の最大のネックと言われていました。これをわずか数万円で実現しようとするスタートアップがイスラエルやシリコンバレーで何社も出てきています。
技術的なブレークスルーがビジネスの前提を変えてしまうことがあります。グローバルでの競争で後れをとらないようにするためには、技術革新を行うスタートアップとパートナーシップを組むことが必要不可欠です。
課題を解決するビジネスモデルを構築する上でも、最先端の技術を取り込む上でも、世界中のイノベーションクラスターを活用し、スタートアップと協業する選択肢を持つべきなのです。

大切なのはPay It Forward

私たちは、日本の大企業の「夢の地図」を描き、共に実行する実行支援を提供しています。そのために、シリコンバレーをはじめとする世界20を超えるイノベーションクラスターでスタートアップとの関係を構築し、日本企業との協業を促進しています。
イノベーションクラスターで、コミュニティの一員として認められるために、また、スタートアップと接する際に最も重要なのは、Pay It Forwardです。Pay It Forwardは、組織や社会に所属する一人ひとりの人間が互いに奉仕し合うことを指す表現です。相手を思いやりながら、まずはGiveする。シリコンバレーのようなコミュニティで信頼を得るためにはこれがとても大切です。私たちが、新しくコミュニティに入る際にもPay It Forwardを重視しています。
世界各地で日本の情報や接触を求める企業に対して、日本企業と実際に出会える場を提供しています。例えば、シリコンバレーでは、事業提携を目的にした、日本企業50社が参画し、シリコンバレーのスタートアップと交流するSUKIYAKIというコミュニティを運営しています。
スタートアップの立場になって何ができるか考えてみます。スタートアップは、一般的に18カ月程度しか事業資金を調達していません。企業の命を溶かしながら事業をしているのです。彼らにとって最も重要な資源は時間であり、1つのミーティングで何を得られるかがとても重要視されます。
彼らに貢献する方法としては、「資金」「販路」がイメージしやすいと思いますが、まずすぐに相手にGiveできるものとして「情報」が挙げられます。実現したいビジョンや解決したい課題、自社の事業および製品ロードマップの情報を、出せるところまではできるだけ出すことを勧めています。

主語は常に「私」

スタートアップと話す際には、現場の担当者が明確にビジョン、解決したい課題、自社が提供できるものを「個人として」語れることが重要です。
スタートアップは夢のために起業した人ばかり。「上から言われたからやっている」という態度や「決定権限があるかないか」は簡単に見透かされてしまいます。主語は常に「私」で語ることが、彼らとコラボレーションする第一歩です。
実際に提携する段階では、契約条件がWin-Winになることがとても大事です。日本の大企業にとって普通の要求でも、スタートアップの目線からは合理的に見えないことは多々あります。その辺りのカルチャーやマナーの違いも含めて、過去の経験、ケースから、スムーズに提携が進むようアドバイスしています。

「共感力」で困難に挑む

当社の役割は、大企業であれスタートアップであれ、一緒に「夢の地図」を描いて、それを夢見るだけでなく、実現させていくことです。そのためには、私たち自身がスタートアップの一員のようなスピード感を持ち、共に困難を乗り越えていかなければなりません。
そこでは、何より「共感力」が求められます。「共感力」とは、企業がやりたいと思っていることに対してまず「面白い!」と思えること。それがベースになければ、クライアントと一緒に夢の地図を描けません。否定から入らず、ポジティブな考え方をして、一緒に熱狂できることが重要です。
昔は工場の片隅でアイデアを試行錯誤して、そこから新たな発明が生まれたという話をよく聞きます。ビジネスとは関係なく、純粋に「こういうものがあったら面白そう」という思いがイノベーションの起点となっていたわけですね。「面白い!」という共感から始まって、いかに多くの「夢の地図」を描けるかが、将来の活力ある日本をつくっていくために重要だと思います。
(取材・文:畑邊康浩、写真:中神慶亮[STUDIO KOO])