落合陽一と語る。AI利用に必要な「発想力と実装力」とは

2017/9/29
今が旬のAIにおいて海外勢の動きばかりが目につく中、国内のIT大手、富士通は30年以上前から研究開発を進め「Zinrai(ジンライ)」というAIを生んだ。今、そしてこれからのAIについて、国内屈指の若手コンピュータ研究者、落合陽一氏と富士通研究所の人工知能研究所で所長代理を務める岡本青史氏が語り合った。

AI導入に必要な「丁寧なプロセス」

落合:AIの先進技術について話すつもりできたんですが、それとは雰囲気が違うコミカルなイラストカードが並べられていますね。これは何ですか。
岡本:このカードには、AIなどのテクノロジーで実現できる業務改善や課題解決策をイラストで記載しています。ここに並べたカードはごく一部で、全部で700枚くらいあります。
さまざまな業種や職種の解決策があって、見ていて飽きないですよ。使っているテクノロジーは、AIだったりIoTだったりさまざまですが、最近増えているのはやはりAIを使ったものですね。
AIにおいて、「こんなことができそう」という漠然としたイメージは、みなさん抱き始めていると思いますが、自社のビジネスへの活用を具体的に想像できるお客様はまだ多くはありません。「興味はあるけれどAIをどう活用しようか悩んでいる」というステータスの企業が大半ではないでしょうか。
ですから、私たちはまずはお客様の課題の整理からお手伝いしています。課題を見つけ出し可視化して、そのために最適な解決方法を選んで提案する。BtoBにおけるテクノロジービジネスでは、こうした「丁寧なプロセス」が大事。新しいテクノロジーの場合はとくに重要です。
お客様の頭の中を整理するための活動として、日々の営業活動におけるヒアリングだけでなく、AIやIoTといった分野では定期的にワークショップも開催しているのです。
さまざまな年代の異なる部門や職種の人たちが役職関係なく集まり、一つのテーブルを囲んで悩みや解決策を話し合う。私たちはそこでテクノロジーで実現できることを紹介して思考のお手伝いをする。
約6時間もの間、缶詰め(笑)。膝を突き合わせて徹底的に話し合っていただくんですが、かなり好評なんですよ。これらのカードもワークショップで使っていますし、ワークショップで出た意見から生まれたカードもあります。
技術は技術として素晴らしくても、お客様に届き活用されなくては意味がない。一見すると地道な活動かもしれませんが、テクノロジーをお客様にわかりやすく見せることも私たちの役割だと思っています。
落合:システムインテグレータらしい発想ですね。こうしたカードを使って整理することは、新しいテクノロジーの導入を検討する際には確かにありがたいかも。あっ、僕も考えていたアイデアがあった。これ、コンビニのおにぎりを選別する「コンビニグラス」(笑)。
岡本:これは、コンビニエンスストアのオーナーとワークショップしたときに出たアイデアでした。視覚障害者の方はおにぎりを買う際、中の具が分からないから適当に買っていて、それを解決したいとのことでした。
落合まさにその課題、僕も前から注目していました。僕の場合は視覚障害者に限らず、耳の聞こえない人、体が不自由で車椅子の方などで、そうした方々の課題を解決できる研究も主に「CREST(戦略的創造研究推進事業)」で進めています。
また、僕のラボには外国人留学生もいるのですが、彼らにとってもおにぎりのパッケージに書かれた日本語は謎で中身が分からないんだとか(笑)。だから、それを識別するメガネが欲しいって話になって。現場に行かないと、体験しないとわからないアイデアで、具体性にあふれていて面白いんだよなぁ、こういうの。

2歩先だと失敗する。1歩先をイメージ

岡本:私から一つ質問をさせてください。私たちはお客様の意見をもとに研究所で日々磨いているテクノロジーを掛け合わせてこのカードにあるような解決策を導き出していますが、新たな価値を生み出すために、落合さんが意識している思考方法は何ですか。
落合:いろいろありますけれど、「2歩先を見るけどやらない。1歩先をやる」こと。
たとえば、採掘場でのトラックをすべて無人運転化したいと思ったとします。これは2歩先の発想。複数台のトラックを無人運転化するのは現実的に不可能。ここで思考が停止して導入を諦めてしまう。
そうではなくて1歩先。この例でいうなら、先頭の1台は有人にし、後続車両は先頭車両に続くようにプログラムして無人化する。これならまだ導入のハードルは下がりトライできるかもしれない。
新しい技術って、なんでもできるとついつい思い込んでしまって、夢物語のようなものを想像しちゃうんですけれど、それを抑えて現実的な1歩先をイメージすることがポイントです。
でも、現実的には、企業がそれを自らの力だけで思考するのって難しい。テクノロジーでどこまでできるかは専門家に聞かなければわからない領域だから。だからこそ、富士通のような存在が必要なんじゃないですか。
私、富士通の事業基盤って、今後かなり力を発揮すると思っているんですよ。
人とAIをインテグレーションしたパッケージのほうが、クラウドサービスだけよりはるかに間口が広いですからね。

AI時代、ハードウェアが再び脚光を浴びる

落合:少し話は局所的になりますが、僕だけでなくAI研究に携わる多くの専門家が今強く感じているのが、AIを動かすためのコンピューティングリソースの乏しさ、つまりハードウェアなのです。
僕のラボでは、今、学生さんと「ディープラーニング」を実行しようとすると、トップカンファレンスに通る仕上げをするために、600万円ぐらいするサーバーを使いますが、その研究結果が出るのはだいたい2カ月先とか……。AIでやることが増えれば増えるほどデータが膨大になるため、とにかく処理が遅い。一昔前のコンピューター環境のようです。
これではAIを使ったユニークなアイデアが生まれても、実運用までいかない。
僕たちの研究が、大量のコンピューティングパワーを使う特殊な内容だからかもしれませんが、一般企業でもAIを使いたいニーズがこれからもっと出た場合、ハードが高すぎて利用できない、実用にコスト面で足らないということもあるはず。
ハードウェアのリソース不足は、AIがビジネスや暮らしに浸透する足かせになると危惧しています。
スパコン(スーパーコンピュータ)系など、富士通はハードを手放さないですよね。ほかのIT企業は続々と撤退しているのに。
岡本:ソフトウェアとハードウェアの両輪でAIを進化させることが重要だと考えていますから。
先ほどの落合さんの処理速度の話でいえば、ディープラーニングはGPU(Graphics Processing Unit)の活用で随分速くはなりましたが、学習にはまだまだ時間がかかる場合も多いですからね。また、処理速度だけでなく、消費電力も大きな課題で、高い性能と省電力化を実現するには、現在のGPUのアーキテクチャでは十分ではないと思っています。
私たちは以前からこの問題に取り組み、ディープラーニングを高性能化、省電力化するチップを開発しています。来年度にはディープラーニング専用のプロセッサー「DLU(Deep Learning Unit)」を製品化する予定で、落合さんが感じている処理能力不足の解消に貢献できるはずです。
富士通は、理化学研究所と共同で研究開発を進めたスーパーコンピューター「京」(スーパーコンピューターの国際的な性能ランキング「Graph500」で5期連続世界1位を獲得)は、サイエンスの分野などで大きな成果を上げていますが、専用プロセッサー「DLU」の開発には「京」で培った技術が盛り込まれています。こういったハード技術の蓄積や活用できる力があるからこそ、AIのビジネスにも好影響を与えられると思っています。
落合その辺、どのくらいAI系技術をソリューションに入れ込むかに寄りますが、ITベンダーの中でハードを自社で持たない企業は苦しくなるでしょうね。2000年代に入ってハードからソフトにITビジネスの主戦場が移り、そしてクラウドが今は隆盛ですが、ハードウェアに再びビジネスチャンスがやって来るでしょう。
岡本:そう言っていただけるととてもうれしいですね。富士通の30年以上にわたるAI研究の集大成として「Zinrai」は生まれましたが、魅力的なAPIの充実や、開発・運用環境以外にも、ハードを自社で持っていることも強みにしていきたいと思っています。

アップルやグーグル、アマゾンにできないこと

落合:ハードウェアを持っていることもそうなのですが、富士通はシステムインテグレータであることもユニークです。
新しい技術を有効活用するためには、どう使うかというアイデアと、それを実現するインテグレーション、つまり、テクノロジーをカスタマイズして導入できる力が重要です。それと地味ですが、テクノロジーをメンテナンスする力も大事です。AIでもAIをインテグレートする人が必要になる。
先のコンビニグラスの話で例えれば、ウェアラブルデバイスとしてのコンビニグラスを開発できる企業はたくさんあるでしょう。でも、入店を感知し、おにぎりの棚の前にユーザーを誘導するにはデバイス単体の技術力だけではダメで、トータルでシステム開発し運用をサポートできる力が必要です。
アイデアは技術が広く普及してくれば学ぶ材料も増え企業自身が生み出すことはできるかもしれませんが、ハードとソフト、それを組み合わせる力はユーザー企業だけでは不可能。パートナーが必要です。
そうなると、富士通のようなハードからソフト、AI、そしてインテグレーションまで行う企業が強い。長年のキャリアから顧客との接点が豊富で、顧客の課題を最も近くで知っている存在であることもメリットでしょう。
多種多様な顧客(現場)と業務を相当数知り、事業のポートフォリオが広いことは、今後AIの領域では専門性が高いだけに、かなり生きると思います。アップルやグーグル、アマゾンといった企業はやりたがらないでしょうから。
顧客への提案に製品をきっちりはめていくことは本当に大切だし、実はそれが一番間口が広い。もちろん工数もかかりますが、その削減にプラットフォームが寄与することは大きいはずです。
ただ、もう少し頑張ってほしいと思うのは、その強みや果たす役割をちゃんと伝え切れること。実務的なブランディングというか、BtoBのブランドイメージをC向けに展開しつつ、社会的な認知度を上げていくことです。
その辺は日本の企業は本当に弱い。ニューテクノロジーをエンドユーザーに届けるためには欠かせない存在ですから、もっとそれをアピールすればいいと思うんです。
岡本:その領域もがんばっていますよ!
落合さんが指摘したAIを普及するための必要不可欠な存在は、私たちだと自負しています。
大切なのは単体の要素技術ではなく、お客様が現場で抱える課題を解決し運用する「社会実装力」だと思っています。
富士通には、機械学習やディープラーニングの要素技術だけでなく、その技術を生かしえるハードウェアとソフトウェアがあり、顧客の要件を引き出す力、それを満たすSEによるインテグレーション力までを含めたすべてが強みです。
富士通のAI「Zinrai」は、「知覚・認識」「知識化」「判断・支援」の処理機能を持ち、それらを学習と先端技術で高度化させる技術体系から構成されていますが、それらで生み出した価値を人や企業や社会に届ける「アクチュエーション(行動)」が最も重要だと考えています。Zinraiは、常に人や現場を中心に考えるHuman Centric AIですから。
長年にわたり信頼関係を築いてきた顧客と、日々SEや営業が現場で膝を突き合わせて構築するソリューションは、単なるテクノロジーだけの新規参入者がまねしようと思ってもなかなか簡単にはできない。
全ての業種でサービスやシステムを提供し続けてきたインテグレータとしての顔も持つからこそ、顧客や社会の課題を解決できるAIソリューションが提供できると考えています。
AIは導入したら終わりではない。お客様とともに育てていくもの。その観点でも富士通の総合力は生きると思っています。
(取材:木村剛士、文:杉山忠義、写真:長谷川博一)
AI、シンギュラリティ、計算機自然…。落合陽一がいま、考えてること
落合陽一と考える「AIの活かし方、人の役割」