赤外線カメラとセンサーで徹底管理

サンフランシスコ国際空港にほど近い釣り場として知られるオイスターポイント。そこから歩いてすぐの倉庫に、プレンティ(Plenty)の屋内農場がある。
ここを訪れるときは、サンダル履きでないほうがいい。女性ならスカートもやめたほうがいいだろう。ヒールのある靴は禁止。髪が長いなら後ろで束ねておくほうが無難だ。
ここは食品加工工場でも、半導体製造工場でもない。でも、ビジターはクリーンルームに入る前にエアシャワーを浴びなくてはいけない。本物のシャワーボックスのような部屋に入ると、背後でドアがバシッと閉まり、強風が吹きつけてくる。ここで塵埃などの汚染物質が取り除かれる。
白い作業着を着込み、使い捨ての靴カバーを履き、カラーレンズのメガネをかける。手をよく洗って、ぴったりしたゴム手袋をつける。さらに靴洗浄プールを通って、ようやくドアを開けると、そこには奇妙な森のような世界が広がっていた。
ここはプレンティが栽培室(growing room)と呼ぶ空間だ。ピンク色と紫色のLEDライトの中で、緑が生い茂る柱が何本も立っている。高さは約6メートル。本物の森のように豊かな緑のにおいがするが、泥や苔はない。
野菜はこれらの柱の中から生えていて、柱の表面を覆うように育っている。パリッとしたケルティックレタス、赤紫色のケール、バジルのほか15種類のエアルーム野菜(昔ながらの在来品種)が栽培されている。約4600平方メートルの部屋で、レタスなら年間約900トンを生産できる。
柱の1本に近づくと、葉の間に赤外線カメラやセンサーが見えた。この屋内農場に設置されている赤外線カメラ約7500台、センサー3万5000台のひとつだ。これらのセンサーは室内の気温、湿度、二酸化炭素の濃度をチェックし、カメラは野菜の成長過程を記録する。
そのデータをリアルタイムで受け取ったプレンティの植物学者と人工知能(AI)の専門家が、室内環境を調整し、農場の生産性を高め、野菜の質を高める。
この完全屋内農場で、ごくまれにテントウムシにお目にかかることがある。エアシャワーをすり抜けてきた害虫を食べてもらうために、わざと放してあるのだ。「われわれ人間が殺虫剤を口にしなくていいように、テントウムシが無料で働いてくれる」と、プレンティのマット・バーナードCEO(44)は笑う。

世界の大都市の周縁に室内農場を

バーナードがプレンティを立ち上げたのは4年前のこと。その試みが成功すれば、現在の農産物の生産方法や消費方法は劇的に変わる可能性がある。
エモリー大学の研究によると、現在、世界の全人口が必要とする栄養量に対して、青果物の供給は22%不足している。この需給ギャップは、今後さらに拡大する見通しだ。それを埋めようと乗り出した農業ベンチャーは少なくないが、多くが失敗に終わった。だが、プレンティは2つの理由から、どこよりも前途有望に見える。
まず、そのテクノロジー。プレンティの農業技術は、伝統農業やこれまでのベンチャーと比べると、極めて生産性が高いうえに、質も高い。第2に、日本のソフトバンクグループから2億ドルの資金調達に成功した。農業技術への投資額としては史上最高だ。
プレンティが目指すのは、世界の全主要都市の周縁に大型の屋内農場を建設すること。全500カ所ほどになる計画だ。孫正義ソフトバンクCEOの後押しを得て、その目標実現に向けて、プレンティは大きな一歩を踏み出した。
大都市の近くに効率的な屋内農場ができれば、青果物が農場から食卓に届くまでの時間は現在の数日あるいは数週間から、数時間に短縮できる。
バーナードは生産効率のアップに励むだけでなく、4大陸約15カ国の政府当局者、さらにはウォルマートやアマゾン・ドットコムの関係者とも協議してきた(アマゾンのジェフ・ベゾスCEOの個人投資会社ベゾス・エクスペディションズもプレンティに投資している)。
来年には、米国外に初の屋内農場を解説するつもりだ。また、サンフランシスコの栽培室は、年内にも市内のスーパーマーケットに野菜を出荷する。「もっとおいしくて、もっと体にいいものを届けたい」とバーナードは目を輝かせる。

農産物の流通に関わる「壮大な無駄」

もちろんプレンティだけでは、世界の食料の需給ギャップは解決できない。また、今後も伝統農業は必要とされ続けるだろうと、バーナードは言う。彼はプレンティのミッションが、誰か(大規模企業農場や複雑なサプライチェーン)に対抗する試みと受け止められないように気をつけている。
バーナードがあくまで目指すのは、サンフランシスコにあるような屋内農場から、ホールフーズ並みの美味しい野菜を、ウォルマート並みの低価格で届けることだ。だが、2億ドルの資金があっても、それは容易ではない。
「問題は本格的にスケール化するときだ」と、全米食料農業研究所(NIFA)ソニー・ラマスワミー所長は語る。「そのときこのプロジェクトは崩壊してしまうのか。品質管理を維持できるのか」
倉庫や屋上や屋内といった非伝統的な場所で食品を育てるアイデアは、数十年前から存在した。水不足や耕作地の不足、農業人口の高齢化など、現在の農業を取り巻く多くの厄介な問題に解決策を示そうというのだ。
プレンティは都市圏に屋内農場を建設する計画だから、農産物の流通面における壮大な無駄を減らすことにもなる。
経営コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーによると、米国は青果物の35%を輸入している。また葉野菜(ほとんどはカリフォルニア州かアリゾナ州で生産されている)は、小売店に並ぶまでに平均3200キロも移動している。つまり賞味期限2週間の野菜は、その多くの時間を移動に費やしている。
だが、プレンティがやっているような垂直農業は、まだ実験段階を脱していない。
ここ数年、アトランタのポッドポニックス(PodPonics)、シカゴのファームドヒア(FarmedHere)、バンクーバーのローカル・グリーン(Local Garden)ら先駆者が次々と撤退してきた。設計に問題があったところもあれば、時代を先取りしすぎて、ハードウェアにコストがかかりすぎたところもあった。
ブルックリンのゴッサム・グリーン(Gotham Greens)とニュージャージー州ニューアークのアエロファームズ(AeroFarms)は有望そうだが、資金集めは難航しており、プレンテンィほど野心的な計画もない。
農業技術または資金調達の専門知識が乏しかったため、うまくいかなかったスタートアップも少なくない。その点、バーナードはこのビジネスにぴったりの経歴の持ち主だ。

投資家から農業スタートアップへ

バーナードの実家は、ウィスコンシン州ドア郡にある約65万平米の果樹園だった。シーズンになると、近隣からリンゴ狩りやサクランボ狩りの客が大勢やってきた。
だが、バーナードは果樹園農家になりたいと思えなかった。予期せぬ冷害やトラクターの故障に翻弄される人生は嫌だったのだ。だからサラリーマンになり、あるテレコム会社の幹部になり、やがてプライベートエクイティーのパートナーにまでなった。
2007年、バーナードは自分の投資会社を立ち上げた。水の浄化と保全技術への投資に特化した会社だ。
そんなある日、ある投資家が垂直農業に投資するべきだと言ってきた。すぐにその研究を始めたバーナードは、食料不足と耕作地不足の問題に圧倒された。「サプライチェーンの長さと、それに要する時間と距離」のために「ぼくらは生産したカロリーの半分を捨てていたんだ」。
この問題をなんとかしたいと、バーナードは農家、流通業者、スーパーマーケットの話を聞き始めた。そんなとき出会ったのが、ネート・ストーリー(36)だった。
ストーリーは祖父がモンタナ州で牧場を経営していたが、父親は空軍将校だったため、子ども時代は数年おきに基地から基地へと引っ越しの連続だった。6人もきょうだいがいたため、一家の暮らしは楽ではなく、倹約のために家庭菜園を作って野菜を育てていた。
「祖父のような牧畜業に興味があったけれど、いとぐちが見つからずにいらいらしていた」と、ストーリーは振り返る。「農業か牧畜業をやりたいと思っても、18歳では農場や牧場を買う資金がない」
10年前、ワイオミング大学の学生だったとき、ストーリーもバーナードのように、大型企業農業の非効率性を知った。そこで栽培学・作物学の博士論文を書くために、垂直農業の実験を開始。2009年には類似技術よりも収穫量の多い栽培塔の特許を取得した。
そこでストーリーは手持ちの1万3000ドルとこれまでの貯蓄のかなりをはたいて、この栽培塔の製造に必要な材料を購入し、近所のガレージで作り始めた。2013年にバーナードに出会うときまでに、趣味で農業をやっている人や実験的な会社に数千本の栽培塔を売った。
バーナードと出会ったストーリーは、一緒にプレンティを立ち上げ、同社の最高科学責任者(CSO)に就任した。そしてワイオミングとサンフランシスコを行き来しながら、その屋内農場のデザインを拡大し、より効率的にし、より容易に自動化する研究を進めた。
そして2014年までに、そのアイデアを実現する準備が整った──。
※ 続きは明日掲載予定です。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Selina Wang記者、翻訳:藤原朝子、写真:TeerawatWinyarat/iStock)
©2017 Bloomberg Businessweek
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.