影響を受けることへの不安に対処する

アーティストが、自身に影響を与えた他のアーティストについて書いた文章を読むのが筆者は好きだ。ビジネスやカルチャーの世界における偉大な進歩が、何もないところから生まれるわけではないことを思い出させてくれるし、ほっとさせられる。
自分の業界の因習を打ち破った偉大な人物を前にしたとき、われわれはその影にのまれて萎縮してしまうことが多い。彼らが、他の人間にはない、真似もできない、まったく独自のビジョンを持っているように思え、自分の能力がその後を追うに足るものだろうかと不安を覚えるからだ。
何しろ、彼らがその地位を築いたのは、それまでにない新しいもの、誰も聞いたことがないものを創造し、われわれの生活を一変させたからだ。
彼ら先駆者が世界を変えたような天才的ひらめきや、圧倒的な独自性、常識を超えた創造力を自らが持たないことを、われわれは恐れる。天才のひらめきがあるからこそ、彼らは破壊者なのだ。だからこそ、われわれは彼らのようになりたいと憧れるのだ。
憧れの人たちの物真似になることを恐れる気持ちは、この先も消えることはないかもしれない。しかし、そうした不安に対処し、まさしく自分だけのイノベーションの道を構築する方法がいくつかある。

1. 先人にも同じ悩みがあったと知る

業界の巨人、流行の仕掛人、ビジョナリーと呼ばれる人たちもまた、われわれと同じように、他者から影響を受ける不安に苦しんでいたようだ。
詩人のC・K・ウィリアムズは、ピューリッツァー賞を受賞した詩の世界の変革者だが、ウォルト・ホイットマンの詩については、たびたび読むのを控えなくてはならなかったと書いている。「圧倒され、消し去られてしまわないように。(ホイットマンと)比べて自分の限界を感じてしまうから」
また、映画監督のウディ・アレンは他の追随を許さない独自のジャンルを築いているが、ずっと以前から、憧れのイングマール・ベルイマンのような名作を撮ることを目指しているという。
ボブ・ディランもそうだ。米国音楽の方向性を変えた比類なき才能の代表格だが、彼もまた、ウディ・ガスリーから多大な影響を受けたことを隠そうとしない。さらに、ノーベル文学賞受賞の記念講演では、自身が影響を受けた音楽や文学の話に終始した。
ちなみにこの講演は、内容の一部が盗用ではないかと批判を浴びた。しかしこのエピソードは、芸術に変革をもたらした人物の1人、パブロ・ピカソが言ったとも言われる言葉を思い出させる。「下手な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む」という言葉だ。
以上からわかるように、先人の影響を受けることを恐れる必要はまったくない。われわれはもともと、巨人たちの肩の上に乗っているようなものなのだ。

2. イノベーションは一歩ずつ、急には起こらないと心得る

映画『プラダを着た悪魔』のこんなシーンを覚えているだろうか。ファッション誌の編集長ミランダ(演じるのはメリル・ストリープ)が、アシスタントであるアンドレア(演じるのはアン・ハサウェイ)の鼻っ柱を折る場面だ。
アンドレアは、ファッション界の人たちの細かなこだわりなんかくだらないと思っていて、彼らは過大評価されていて傲慢な人たちだと思っている。
しかし、アンドレアの着ていたセール品について、ミランダはこう指摘する。実のところ、アンドレアが着ているその色はそうしたファッション業界の人たちが流行させた色であり、それがいまセールの品にも使われるようになったのだ、と。
このシーンは「イノベーションのトリクルダウン効果」について重要な教訓を授けてくれる。
ファッションに限らず、アートやビジネスの分野でも、何かのアイデアがより広い文化に浸透する前には、過激で思いもよらないものとして始まる。
イノベーションが起こる過程もこれと同じだ。多くの場合、ある分野に「入門」するだけでも何年もかかる。1つの偉大なアイデアを形成するまでには、さらに何年もかかる。そうしたアイデアはまるで雷のように突然ひらめくものと思うかもしれないが、そんなことはめったに起こらない。
革新的なアイデアがひらめく方法や理由をコントロールするのは難しいかもしれないが、そのときが来たらしっかりと受け止められるよう、普段から自分を育てておくことはできる。

3. あらゆるものからインスピレーションを得る

真に革新的なアイデアが「無」から生まれるのではないとすると、ではいったいどこから生まれるのだろうか。イノベーションとはそもそも、まったく新しい、まだ誰も思いついたことのない偉大なアイデアのことをいうのではないのだろうか。
たしかにそれは間違いではない。けれども筆者が思うに、イノベーションとは「視点を変えてみること」だ。
例えばルネサンス時代、芸術と科学はともに互いの分野を押し広げた。レオナルド・ダ・ヴィンチは、芸術家であるのと同じくらい科学者でもあり、一方の分野の進歩が他方の成長を刺激した。
より最近の例だと、ファッションの開拓者ココ・シャネルは「ファッションは建築。全体のバランスが重要」と述べた。彼女のデザインにインスピレーションを与えていた源を教えてくれる発言だ。
こうしたことから得られる偉大な教訓は、イノベーションは多くの場合、自分が身を置く分野のなかで狭くフォーカスするときに見えてくるというよりは、その外側に存在するということだ。
思いもよらないものからインスピレーションを得て、一見何の関係もないアイデアや法則、美的感覚を互いに組み合わせてみることは、「まったく新しい場所」へたどりつく、最初の一歩なのだ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Jamie Welsh/Co-founder, West of 5 Studios、翻訳:高橋朋子/ガリレオ、写真:alex_skp/iStock)
©2017 Bloomberg News
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.