9月1日、トーマツ ベンチャーサポートは社名に「デロイト」の名を冠し、デロイト トーマツ ベンチャーサポートとして新たなスタートを切る。同社の成長を率いる斎藤祐馬氏に、社名変更の背景と、世界初のグローバルイノベーションファーム創出に向けた今後の打ち手について聞いた。

社名変更の意味

私たちは今、本格的なグローバル展開を一気に進めているところです。世界150を超える国・地域に展開する、世界最大規模のプロフェッショナルファームの一つ、デロイト トウシュ トーマツ リミテッドには「トーマツ」の名前も入ってはいます。でも、世界に出て行くに当たっては、「デロイト」の認知度とブランド力は強力な武器になります。
本気で世界のイノベーションファームを創る覚悟を示す意味で、社名を「デロイト トーマツ ベンチャーサポート」に変えることにしました。
斎藤 祐馬 デロイト トーマツ ベンチャーサポート 事業統括本部長 公認会計士
1983年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。2006年に監査法人トーマツ(現・有限責任監査法人トーマツ)入社。会計監査やIPO支援業務に携わる傍ら、ベンチャー支援を開始。2010年より社内ベンチャーとしてトーマツ ベンチャーサポートの再立ち上げを行った中心的人物。著書に『一生を賭ける仕事の見つけ方』(ダイヤモンド社)。

日本で作り上げたモデルを世界へ

2011年から毎年開催しているデロイト トーマツ ベンチャーサミットを、今年も7月に開催しました。今年は世界7カ国から60社を招き、さらに国内70社を加えた計130のベンチャー企業と、イノベーション創出に関心の高い大企業の担当者、計1,200名が一堂に会しました。日本で、世界中からこれだけのベンチャーを呼べるネットワークを持った会社は、おそらくほかにないでしょう。
私は、2010年から有限責任監査法人トーマツの社内ベンチャーとして事業を立ち上げました。以降、さまざまな領域で「世界を変えよう」とビジョンを持って新事業に挑むベンチャー企業を支援し、ネットワークを構築してきました。
ベンチャー企業が大企業100名にプレゼンテーションを行う早朝イベント「モーニングピッチ」をスタートし、双方のマッチング支援を通じて、大企業の変革もサポートしています。さらに、政策の立案から提言・実行までをフォローアップしたり、メディアの人たちと連携したりしながら、イノベーションを生むエコシステムを進化させようとしています。
今は、そうやって日本で形づくってきたモデルを、少しずつ世界に“輸出”しているところです。例えば、日本でモーニングピッチの現場責任者を務めたメンバーが、シンガポールで現地の拠点と連携して、シンガポール版のモーニングピッチを立ち上げました。シリコンバレーでは「イブニングピッチ」と時間帯を変えて実施していますが、同様の枠組みのピッチイベントを今や5カ国で定期開催しています。
ゆくゆくは、フォーチュン・グローバル500に載るような世界の大企業と、世界中のスタートアップと関係を構築し、そのすべてに私たちのプラットフォームに乗ってもらう、そんな世界観を描いています。
写真提供:デロイト トーマツ ベンチャーサポート

シリコンバレーだけじゃない

今、世界中がイノベーションを生み出そうと躍起になっています。その中で、各国やエリアの中で大企業とベンチャーを結びつける取り組みや、それを担うプレイヤーはそれなりに増えてはきました。
しかしながら、例えばロンドンの大企業が、遠く離れた国のベンチャー企業を見つけるというようなことは、そう簡単ではないのが現状です。また、日本の大企業の経営層に「イノベーションを海外で生み出そうとしているか」を聞いてみても、「シリコンバレーでやっている」というのが大方の回答です。
そこで私たちは、世界に広がるデロイトのネットワークをインフラとして使い、その上に、世界中の大企業と世界中のベンチャーを網の目のように結びつけるプラットフォームを築こうとしているわけです。
具体的には、世界の中でも特にイノベーションが進んでいる20の国にフォーカスして、徹底的に現地の企業・市場を調査しながら、現地のデロイトのメンバーとも連携を強化しています。当社ではこの1年で、シリコンバレーへの派遣メンバーを多数増員しました。シンガポールにも新たに駐在員を常駐させたほか、イスラエル、インド、深圳(中国)、トロント(カナダ)、フィンランドなどとも連携を深めているところです。
例えば林業分野だったら、北欧にその分野のベンチャーが数多くあります。各国・都市のエコシステムにもそれぞれ特徴や強み・弱みがあるんですね。だから、シリコンバレーだけに目を向けるだけでは機会を逃している可能性が高い。
また、各国のイノベーションの拠点には、それを生むためのインフラとリソースが整っています。それらを上手に使いながら、世界中から最適なベンチャーを探し出して、一緒に新しい事業をつくる、そういう動きを増やして、加速させることが必要だと考えています。

「連続起業家」が必要な理由

日本のベンチャー企業は、ベンチャーキャピタルからお金を集めると、IPOしか出口のイメージがつかない人が多いと感じます。もちろん、立ち上げた事業をずっとやっていきたい人にはIPOという選択肢は適しているでしょう。
ただ、私たちのプラットフォームが、イノベーションを生み育てる「畑」だとすると、それを「耕す」必要があります。何度も地面を掘り返して土を柔らかくするように、起業して、売却して、そこで得たお金を元に起業して、またゼロからイチを生み出していく、「連続起業家」が数多く生まれなければならない。それは、イノベーションのエコシステムが進んでいる国々を見ても明らかです。
そこで、今年の3月にスタートアップを対象とするM&Aをサポートするサービスを立ち上げました。日本ではまだ、大企業がスタートアップをM&Aする際にきちんとサポートできる会社は皆無だと思っています。なぜなら、まずベンチャー企業を探し出せないから。それができたとしても、売却価格が小さいので手を出せないのです。
でも、当社の場合はもともとグループに700人規模のM&A専門チームがいて、彼らが日本のトップ300社のM&A責任者へのパスを持っています。そして私たちには、日本だけでなく世界中のベンチャーへのパスがあり、追加の開拓コストはかからない。両サイドを押さえている当社だからこそ、サポートできるわけです。
ベンチャーのExitとしてM&Aが増えると、エンジェル投資家のような、投資資金を持った起業家が増えます。そうすると、彼らはもう一度ベンチャーに投資します。そしてさらに成功する起業家が増える、エンジェル投資家は前よりも大きな規模で起業する。イメージとしては、メルカリの代表・山田進太郎さんのような方ですね。連続起業家は、何よりも「経験」があるので強いです。お金も人も集まりやすい。
その意味で、プラットフォームをつくる私たちも、インキュベーション能力をもっと高めなければなりません。すでに何人かの方には参画していただいていますが、起業家、起業経験者、社内で新規事業を立ち上げた経験のある方にも、私たちの構想に参加してもらいたいと考えています。人材も、オープンイノベーションです。

「熱量」の高い人たちと働く

この1年で、正社員だけで20人を超える人たち、学生アルバイトも含めると40人近くが私たちの仲間に加わりました。学生アルバイトから今年の4月に新卒で入社した人も3人いて、語学力からマインドまで含めてグローバルな人ばかりです。
コンサルティングという仕事を考える時、大企業だけを対象にコンサルティングしていて、世の中にインパクトを与えるものを生み出せるでしょうか。これからの時代は、大企業の立場で市場を見ながらも、一方ではベンチャーを支援して一緒に事業をつくりながら、大企業のマインドを変え、政策も変えて、メディアも巻き込んでグローバルなステージに乗せていく——そういうトータルな流れをつくっていかないと、世界を変えられません。
私たちは、「挑戦する人とともに未来をひらく」をミッションとして掲げています。ビジョンとパッションを持って世の中の変革に挑む起業家や社内起業家を、世に出したい、グローバルのレベルまでサポートしていきたいという、高い“熱量”を持つ人に、ぜひ私たちの仲間になってほしいと思います。
この事業をしてきて思うのは、“熱量”って生まれつき持っているとか、自然に湧いてくるわけではないということ。“熱量”の高い人と数多く会うことで、自分の“熱量”もどんどん高まってくるものなのです。当社にいると、会うのは社内外の“熱量”の高い人ばかり。すると、すごくテンション上がってくるんですよ。そういう環境に身を置いて、世の中を良くしていくことに自分の力を費やしていきたいという人に、ぜひ来てほしいですね。
(取材・文:畑邊康浩、写真:中神慶亮[STUDIO KOO])