(Bloomberg) -- メディアには一切顔を出さないことで知られるその男は、目立たない身なりで現れた。アダルト動画(AV)配信サイトの成功で財をなし、今ではネット上でゲーム配信から外為取引、英会話まで幅広く手掛け、国内有数の資産家にのし上がったDMMホールディングスの亀山敬司会長(56)だ。

DMMは数年前、ビートたけし氏が広告に出演したことで世間一般から信頼を得るようになった。 亀山氏は昨年12月には慶応大学から講演に招待され、その1カ月後には文春オンラインがコラムの執筆を依頼した。マイナビと日本経済新聞による4月の調査では大学生の希望就職先100社に選ばれ、業種別では楽天を上回った。

短いあごひげに地味なシャツ姿。亀山氏はグループ本社機能のある六本木の新築ビルでインタビューに応じた。世間から「露天商から成り上がり、エロなことやってるくせに」と思われながらも「次はどんなことをやるの?もしかしてロケット飛ばすのかな?」という大きな期待を感じていると笑顔で明かした。

AVという日陰のビジネスをステップに、事業の多角化に成功した亀山氏の起業家精神や経営手法が今あらためて注目されている。経営コンサルティング僖績経営理舎の石原明社長は、「亀山氏の賢さの原点はお金の使い方が非常に上手なことにある」と指摘。商機ありと見れば、新規事業に迷わず投資する姿勢を評価する。

自らAVダビング

今回初めて開示された財務記録とブルームバーグ・ビリオネア-インデックスによると、DMMグループ所有による亀山氏の資産は少なくとも35億ドル(約3800億円)と試算され、ランキングは日本人で9位。しかし、身なりや振る舞いに裕福さやAV業界の大物ぶりを示唆するものはない。通勤は自転車だ。家族は妻と2人の子供。亀山氏は資産額についてコメントを控えた。

「アダルトは嫌いじゃないけど、あんまり見ない。FXもゲームもやらない。仕組みを作ってチャリンチャリン。一番いいよね」と話す。ヤクザではないかとのうわさを打ち消すため数年前からメディアの取材を受け始めたが、顔写真の撮影は許可せず雑誌やネット上では顔をキャラクターのアイコンなどで隠すよう依頼している。プライバシー保護のためという。

1980年代後半、一般的な長編映画を制作したかったが資金がなく、レンタルの他にAVの版権取得・販売事業を始めた。その手法は独特だった。空き家となったスーパーで何千もの家庭用ビデオレコーダーで原盤をコピー。ビデオ販売店に一定数を送り、売れた分だけ支払いを受けた。売れ残りは回収しダビングに再利用した。

続いて亀山氏は、小型の販売時点情報管理システム(POS)端末を開発し、販売店に無償で配布した。 これによりAV視聴者の欲求を追跡・予測できるデータを手に入れた。1998年には日本で初めてAV動画のウェブ配信を開始。国内最大のアダルト事業者となった。

「亀チョク」

しかし今は違う。多角化が進みDMMグループの総売上高が年間約30%伸びる中、アダルト事業の比率は縮小している。前期はグループ売上高約1823億円の3分の1未満だった。登録ユーザー数2700万人に上るウェブサイト上では、AVコンテンツへのリンクは秘密の扉のようにサイトの隅にある。

2009年に亀山氏は経営難のオンライン証券を買収。約100億円近くを費やして再構築し、世界で最大の個人向けネットFX取引プラットホームを構築した。これによりDMMは男性の主な関心事である性とお金を扱う一種の「バーチャルラスベガス」へと姿を変えた。

亀山氏は利益を新規ベンチャーにつぎ込み事業を増やしていった。現在では一般大衆や家族うけのするオンラインゲームや漫画、英会話学校のほか、割引電話サービス、総発電規模3万6000キロワットに上る太陽光発電事業の運営など多岐にわたる。

亀山氏が事業多角化のために取り入れたのは、若手社員や起業家が会長に新規の起業を直談判、または会長直轄の指示で事業を進める「亀チョク」だ。ルワンダ最大の電子決済会社とソフト開発会社の買収や投資は、亀山氏がアフリカでの休暇中に駆り立てられた意欲を、短期間のプロジェクトで社員に実現させた。

「俺が死んだら『だめ』ではダメ」

DMMは利益を開示していないが、テーマパークの建設など巨額のコストが必要な事業を除き株式公開をしなくても十分な資金があると述べた。例えば、アニメパークなどを建てたら面白そうだなどと話しながら 「いつかエロ屋がディズニーランドを作ったと言われることがあるかもしれない」と笑った。

この3月、DMMは従業員約2000人を高層ビルの5フロアーを占有する新オフィスに移転させた。熱帯ジャングルをテーマとしたナイトクラブ風に装飾されたロビーでは、壁に投影された実物大のカラフルなライオンやエキゾチックな鳥が踊り、生きた植物が茂る。

亀山氏は「俺は好きじゃないけど、うちにもいろいろタイプがいて、きっと人を楽しましてくれるし、それもありかな。俺にはクリエイティブなセンスがないから」と自分以外からのアイデアも歓迎する。「全部自分好みで作ると俺が死んだら会社がだめになる」と事業存続には若手などの意見が欠かせないと語る。

AV出演強要事件

亀山氏を資産家に押し上げたAV業界では昨年、プロダクションがタレントに出演を強要する契約をした疑いで逮捕される事件が発生、当局によるAV労働慣行に関する詳細な調査が実施された。亀山氏自らが創業したAV版権取得・販売会社は撮影やスカウトは外部委託しており、事件との関わりはなかった。この後、亀山氏は同社を売却している。

東京に本拠を置く非営利団体「ライトハウス」の藤原志帆子氏は、「これまでのDMMの成り立ちや、事件が社会問題化した現実も踏まえ真摯(しんし)に向き合ってほしい」とし、「発展していくのなら、それをやってからにしてほしい」と指摘。業界には自主管理の徹底を促した。

関連して亀山氏は、DMMは問題に関わった動画には資金を提供してこなかったとし、不審なものはサイトから削除するよう求めた。「俺は自分がやっているビジネスは全部正しいと思っている訳じゃない。自分の中で少しましな会社として社会と付き合っていきたい」と語った。

苦労人

亀山氏は石川・加賀の小さな海辺の町で育った。家族は男性客を相手にしたキャバレーやクラブを経営していた。亀山氏の親は「ちょっと落ちこぼれた少女たち」に部屋を用意し、大家族の一員として扱っていたこともあるという。

亀山氏は1980年ごろ、将来の稼ぎに疑問を抱き税理士学校を退学した。10代後半には生活のためキーホルダーなど売る露店を出した。同性愛者の向けのクラブでセミヌードダンサーをした経験や、病院で死体を洗う仕事をしようとしたこともある。そして今、ネット上でビジネス帝国を築き上げた。

昨年12月、亀山氏は慶大生と起業家精神について議論した。新しいアイデアを事業拡大に結びつけていく秘けつについて質問する学生に亀山氏は答えた。「ビジョンはないし、売り上げ目標もない。なんとなく今に至ったという感じ。だから、これからも『来年はもうちょっとマシにしようぜ~』ってことで無理しない」-。

(8月24日配信の記事で第17段落の藤原氏の発言を訂正します.)

--取材協力: 平野和

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