MITメディアラボが開発、衣服の形状を変える「Kino」の可能性

2017/8/10

布の上を走る小さなロボット

前回のコラムでは、高齢者用のウェアラブルロボットを取り上げたが、「これも確かにウェアラブルロボットだ」というものがもうひとつ出てきた。身体の上で、実際に小さなロボットが動き、それが衣服やアクセサリーの形状を変えるというしくみである。
そのロボット「キノ」(Kino)を開発したのは、MITメディアラボ、英国王立芸術アカデミー、スタンフォード大学の研究者たち。超小型のメカニカルなしくみを持つロボットが布の上を走行するというのが基本だが、その際に何らかの働きをするように設計できる。
例えば、衣服のパターンを変えること。ロボットは衣服の模様の一片を担っていて、ロボットが身体上で動くことで服の見え方を変えるため、服は1着でも多様な外見が可能になる。発展すれば、全く違った服のように変形することもできるようになるかもしれない。
また、アクセサリーに統合すれば、これも形が変わる。ネックレスやブローチなど、やはり従来は1つに対して1つの見え方しかできなかったものが、「1対多」という可能性が開ける。
今でも女性たちはスカーフの結び方を工夫して、1枚のスカーフから多様なスタイルや楽しみ方を生み出す努力をしているわけだが、そうしたことがロボット技術で他の衣服でもできるようになるかもしれない。

フードのひもを操作する機能も

もっと機能的な使い方もある。例えば、雨がやんだからコートのフードを下げたいという時に、フードのひもをロボットが引っ張って下げてくれる。
どこかでスイッチを押さなくてはならないのかもしれないが、いずれ降雨をセンサーで感知して、やめば自動的にフードが動き出すというシナリオもアリだろう。
起毛した衣服の上に、ロボットが小さな車輪でパターンを描くということもできるようだ。まるで砂の上に車輪の跡がつくように、服の上に走った跡ができる。
走行を面白いパターンに設定しておけば、友達と会っているその時にみんなで楽しめるような走行を見せてくれることも可能だ。衣服の表面をなでれば、パターンはまた「白紙」に戻る。
さて、そんなロボットは確かに目新しくて面白いが、何の役に立つのかと思われる向きもあるだろう。ファッションにもアクセサリーにも関心がなければ、いや、あったとしても、別に自分の服が変形しなくても結構だと感じてもおかしくはない。
ただ、こうした開発の未来を想像することは大切だ。
このロボットがもっと小さくなったらどうなるのか。もっと複雑な動きができるようになったら、どうか。もっとたくさんのロボットが身体の上を走行可能になったら、何ができるか。そういった、技術の進化の先にある可能性を構想してみるのだ。

コミュニケーションデバイスへ

キノは長さ数センチのロボットで、布を挟んで上下左右、いろいろな方向へ走行が可能だ。研究者たちは「キネティック衣服」や「インタラクション」、あるいは「パーセプション(認識)」といった点から論文を書いている。自己表現や操作、何を感知してどう動くことが可能かといったことだ。
そうした広がりが、この衣服ロボット技術に見込まれるわけだ。コミュニケーションデバイスの一部として、誰か大切な人から電話がかかってくると肌をタッチして教えてくれるといったことも利用例として構想されている。
私自身は、包帯を巻くといった単純な作業でも、こんなロボットがいれば助かると思った。腕をケガすると、もう片方の手で包帯を巻くのは結構面倒なものだ。
そんな時に「ロボット包帯」などという製品があって、スマホのアプリ上で始点と終点を設定してタップするだけで、クルクルと包帯を巻いてくれたらうれしいだろうと想像した。
衣服の着脱に時間がかかる高齢者や、うまく腕が動かない身体障害者も、衣服ロボットがあれば楽になる。また、半袖と長袖が自在に変わったり、寒い時にマフラーが自動的に出てきたりと、衣服が動けばできることはたくさんある。
動く衣服など冗談のようだが、いつの日か動かない衣服を着ていた時代を思い出すのが難しくなっているかもしれない。
*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子、写真:CC BY-NC-SA 4.0/www.media.mit.edu/projects/kino-kinetic-wearable/overview/)