なぜトヨタの新世界戦略車は、それでも「セダン」なのか

2017/7/31
7月10日、東京・お台場で、トヨタのセダン、新型「カムリ」がお披露目された。「セダンの復権」を旗印に掲げ、大幅なモデルチェンジを断行した新型カムリ。世界的にSUVブームが続くなか、なぜトヨタは新たな世界戦略車にセダンを選んだのか。現在の自動車市場におけるセダンの価値とは。その背景を探った。

セダンの“標準”はどう変わったか

「セダンは正直、成長市場とはいえない。しかし、新型カムリで“セダンの復権”を目指す。このクルマでもう一度、セダンを輝かせたい」
新型カムリ発表会の壇上に立ったトヨタの吉田守孝専務役員は、力を込めて言い切った。
1980年に国内専用モデルとして「セリカ カムリ」がデビュー、その2年後に現在の車名「カムリ」となり、トヨタの主力セダンとして長い歴史を刻んできた。
しかし、現行モデルの国内ユーザー層は高齢化が進み、国内の販売台数も年約1万9000台だった2012年をピークに、現在では4分の1程度まで減少している。それがなぜ主力車種なのか?
実は、カムリは日本よりも海外市場での存在感が圧倒的に強い。まさに“世界戦略車”の役割を担ってきたクルマだ。
これまでに100以上の国・地域で販売され、累計販売台数は1800万台(※1)を超える。特に米国では2002年以降、15年連続で乗用車部門の販売台数ナンバーワン(※2)に輝いており、「ホワイトブレッド」の異名まで持つ。
(※1 2016年12月時点。※2 2002年1月〜2016年12月。共にトヨタ自動車調べ)
「セダンの復権」について語るトヨタの吉田守孝専務役員
つまり“食パン”のようになくてはならない存在、普遍的なクルマとして受け入れられてきたわけだが、昨今の自動車市場におけるセダンの不振は、その地位すら揺るがせ始めている。
主戦場である北米市場では、原油価格の下落などで燃費の重要性が薄れた影響を受け、大型SUVやピックアップトラックの販売が好調に推移。2012年には50%を超えていた乗用車の割合は2017年の上半期で38%と低下している。
また、世界全体でもSUVの人気が市場を席巻しており、同じく新車販売におけるセダンのシェアは減少傾向にある。
ほかのセダンのような急激な販売減には至っていないが、カムリも過去の栄光にすがっていられる状況ではない。
そのため新型カムリは、車名以外をすべてリニューアルし、100%新部品でゼロから作り直すという“前例のない変革”を断行した。
アンバサダーとして登壇したテリー伊藤氏は、「クルマとセットになったいい思い出をたくさん作ってほしい」とコメント
その改革を可能にしたのが、トヨタのクルマ作りの構造改革とも称される「TNGA(Toyota New Global Architecture)」であり、新型カムリは全トヨタ車中ではじめてとなる“ALL NEW TNGA”で、プラットフォームからパワートレーンに至るまで一体的に新開発されたモデルでもある。
なかでも、その恩恵を最大限に受けているのが、スタイリングの大幅な刷新だ。
開発初期のデザイナーのスケッチをできるだけ忠実に再現し、「理屈抜きにカッコいいカタチ」(勝又正人チーフエンジニア)を追求。車高が低くスポーティー、いわゆるセダンにありがちな“箱っぽさ”はみじんも感じられない。
また、走行性能に関しても「ハンドルを握る楽しみを味わってほしい」(吉田専務)と自信を見せる。ステアリングやエンジンの素直な反応は、試乗してみた実感として、スポーツカーのそれに近い仕上がりだ。
従来、良い意味で“没個性”が売りだったカムリ。世界戦略の中核を担う車種で、なぜここまで大胆な改革を行ったのか。セダン不振のなかで、どんな戦略を描いているのか。
その背景を、カムリの開発を統括するチーフエンジニアの勝又正人氏に聞いた──。

セダンはもはや「古い車」か

──昨今の自動車市場において、セダンの“立ち位置”はどのように変化してきたのでしょうか。
勝又:そもそもセダンとは自動車のボディタイプの一種で、エンジンルームと居住スペース、トランクスペースが別になっている3BOXを指すことが多いです。
トランクスペースの下にリヤタイヤが位置するため、走行中の騒音や振動が室内に響きづらく、また重心の低いボディタイプなので、コーナーでのロールが少ない。非常に快適な室内空間を実現できることが特徴です。
そのため、これまであらゆる自動車メーカーが最上位のプレミアムカー、ラグジュアリーカーにセダンを採用してきました。
しかし、自動車の車種が細分化されてバリエーションが増えたことや、自動車に対するニーズの変化により、セダンという概念自体が一般のユーザーによく理解されなくなってしまった。
若い層には、「おやじ世代が乗っていた、古いコンサバな車」や「タクシーに使われる車」といった認識で語られますが、それがセダンの現在地ということかもしれません。
──確かに“普通のクルマ”といえばセダンを思い浮かべますが、利点を知らない人は多そうです。
われわれが今までセダンを売るときには、機能面の性能アップを訴求していたんです。「室内が以前よりも何デシベル静かになった」とか「燃費が何%向上」とか。
カムリはデビューから30年以上も、脈々と機能的な価値をカイゼンし、強化してきました。ただ、もうそれだけではクルマの魅力をお客様に伝えられなくなっている。それが、私たちの危機感の根本でした。
だからこそ、新型カムリは、感性に訴えかけるクルマ、つまり、機能的価値だけでなく、意味的価値のあるクルマにしたかったのです。

“普通のセダン”からの脱却

──発表会ではスペックや数字的な性能についての言及がほとんどなく、デザインや乗り味など主観的な魅力を強調していることに驚きました。
新型カムリは魂のこもったクルマ。走りはワクワクで、スタイリングはカッコイイですね(笑)。機能的価値だけでセダンが選ばれる時代ではなくなっていると考えてのプレゼンです。
最近、ネット上のレビューサイトで国産車の人気ランキングを見ましたが、トップ10にセダンは1台も入っていませんでした。
しかし、輸入車の売れ筋を見ると、トップ10にセダンが何車種もランクインしているんです。
つまり、セダンという形式が悪いのではなく、お客様の心の琴線に触れる“意味的価値”を付与できているかどうか、それが問われているのだと感じます。
──セダンに求められる価値が変わっているということでしょうか。
そのあたりが、欧州高級車メーカーはうまかったんですね。一方で、苦境に立たされているのは“普通のセダン”。台数的に圧倒的に多いのは後者で、これまでのカムリもこちら側だったと思います。
カムリは北米で「ホワイトブレッド」といわれています。「生活になくてはならないもの」としての評価で、「カムリを買っておけば安心、失敗はない」という安心感が販売台数につながっていた。それは大変ありがたいことです。
ただ、ホワイトブレッドには、「必要だけど面白みがない」という意味もあります。これからのセダンは、機能だけでなく、意味的価値を付与していかなくてはいけません。
G“レザーパッケージ”。ボディカラーのエモーショナルレッド<3T7>はメーカーオプション。オプション装着車
デザインや走りにグッとくる“何か”がある。そういった新しい価値を提供することで、新型カムリを選んでくださるお客様もいらっしゃるでしょうし、それがセダンの復権につながるのだと思います。

カムリがセダンを“再定義”する

──“普通のセダン”の代名詞であるカムリが変わることで、これからのセダンの常識自体が変わることにつながるかもしれません。
もちろん、そのような思いもあります。これからもカムリを選び続けていただくためには、次世代のデファクトスタンダードに進化しなければなりません。2番手3番手になってしまっては、フォロワーになってしまう。
1番バッターが「これからのセダンはこっちじゃないの?」というふうに指針を示して、自分から動かないとマズイですよね。
──一方で、新型カムリには、新開発の「ダイナミックフォースエンジン」や電動パワーステアリング、ボンネットフードと全高を低く抑えた低重心化など、さまざまな最新技術が採用されています。
意味的価値は、しっかりとした機能的価値があるからこそ実現できます。カムリは100カ国以上で販売されていることもあり、すでに各地域で求められる基本的な機能は満たしてきていると考えています。
ただ、それは大前提として、世界市場でどんな機能やスタイリングが求められているか、という点では、時代の変化も感じますね。
特に若い世代は、インターネットで世界中の情報がすぐに手に入るし、欲しいモノもすぐに買えてしまう。彼らが「いいな」と思うものの価値観は、かつてと比べれば驚くほど、世界中で似通ってきています。
そういった意味では、カムリのデザインや走りは、全世界で受け入れられると信じています。
──新型カムリが売れたら、クルマと人との関わり方にもなにか変化が起きるでしょうか?
ひとつは、高速道路の景色が変わりますね。今はミニバンやSUVが多いから、前が見えづらい。セダンだとそういうことにはなりません。地味な変化ですけども(笑)。
もうひとつは、セダンという存在の「再発見」が起きるはずです。単に人とモノを運ぶだけの道具ではない、クルマの本質の再発見というべきでしょうか。
ご存じの通り、世の中では若者の車離れが叫ばれています。社会の環境が変わり、価値観が変わりつつあるなかで、若者たちに「なんかカッコイイよね」と直感的に興味を持ってもらう。難しい課題ですが、現状に一石を投じるクルマを作ることができたと思っています。
「ホワイトブレッド」が変われば、基準が変わります。カムリはそういう意味で、セダンの概念を変える存在になりたいですね。
(取材・文:笹林司、撮影:岡村大輔、編集:呉 琢磨)
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【新型カムリ開発ストーリー】
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