昨今大きな問題となっている、日本企業の成長スピードの鈍化。欧米多国籍企業から大きく遅れをとっている大きな理由として、「日本型人材マネジメントに対する固執」を唱えるのは、人事制度構築から年金資産運用、M&Aアドバイザリーサービスに至るまで、日本において35年以上にわたり幅広く高品質なコンサルティングサービスを提供し続けている、マーサージャパンの執行役員で組織・人事変革コンサルティング部門代表、白井正人氏。日本企業が海外と足並みを揃えて成長してゆくための打開策を訊いた。
昨今における日本企業の内情を見ると、まず「日本型人材マネジメント」という古風なやり方を変えて行かなければならないと、切に感じます。全ての日本企業が対象という訳ではありませんが、海外売り上げ比率が3〜4割を超える企業は、特にマネジメントスタイルを変えていかなければいけません。
たとえば、日系企業で年収1000万円の人材に、多くの場合、外資系企業では1200万円程支給しています。トップレベルの企業における上級管理職の場合は日系で約1500万円、外資だと約2000万円というように、外資系との年収差は明白です。問題は、その差が出ている理由です。
日本企業は、かねてより、終身雇用で年功序列的であり 「人が入れ替わらないクローズド・コミュニティ」を前提としたマネジメントを行っていました。昇給は微々たるもので、報酬も相対的には高くないですが、その代わり長く勤められるという安心かつ安全なあたりが、表面的にはメリットに見えるでしょう。さらに待遇面での安定に加え、上下関係を程よく保っているという特徴もあり、従業員の居心地も悪くない。つまり、快適な環境でした。
——では、具体的な「日本型人材マネジメント」の問題点とは何でしょうか?
一つは要員計画を持たないという点でしょう。言ってしまえば、収益や事業の状況を加味して組織の編成を練らなければならないところを無視しているということ。景気が悪いと新卒採用数を昨年対比減らそう、収益状況がよければ昨年よりも新卒採用を○○○人増やそうという、言わばどんぶり勘定で雇用を進めているのが現状です。
逆に言うと、ビジネスに必要な要員を質的にも量的にも明確化してこなかった。その結果、ビジネスが急激に変化した時に組織を変革することが難しい。これは長期コミュニティの安定的な維持を組織運営の前提としている弊害です。
さらに、日本型人材マネジメントが持つ最大のデメリットというのは、日本人経営者や管理職にグローバル人材マネジメントを理解する機会を奪っていることです。現在日本企業の成長の主戦場は海外になっています。
たとえば、海外では優秀な人材を企業間で取り合うのはよくあることあり、優秀で価値のある仕事ができる人は、特に高い報酬を得るものです。
しかし、日本型人材マネジメントにおいては、社内のコミュニティの秩序を保つため、そこまで差をつけるのは有り得ないという考えから、収入格差を大きくすることに躊躇があります。だから、外部から優秀な人材を採用しようとしても難しく、採用できたとしても長く居着かないのです。
さらに、日本企業では御法度ですが、辞めてしまいそうな人材の給与を上げる、特別な賞与を払う、といった対処をするのはグローバルベースで考えたら当たり前のことです。しかし、日本型人材マネジメントの感覚だと、それは公平性が無いからダメだ、と却下されるのが関の山という大きな差異があります。日本企業は人材を確保し、活用していく機能が弱いのです。
——なぜ海外型のマネジメントにシフトできないのでしょうか?
グローバル人材マネジメントが受け入れられない大きな理由として、そもそも 「会社の存在意義に関する考え方の相違」が挙げられます。日本の企業では「お客様は神様である」という考え方が根付いていますよね。
会社はお客様のためにあって、お客様にとってコストパフォーマンスが良いサービス、製品を提供できることが一番で利益は二の次だと。しかし、世界的に見ると、「会社は誰のためにあるか?」という問いに対して、多くは「株主のため」と答えるでしょう。つまり、利益が出ないとダメなのです。
日本企業の考え方だと、お客様満足を実現しながら利益を出す為に、ローコストオペレーションを行い、人件費を抑制すべき、という考え方になり易い。なので、収益見込みが悪い時は、賞与月数を減らして収支を合わそうとする。
しかし、グローバル人材マネジメントにおいては、「人の確保はフェアバリューじゃないと出来ない」 ので、価値ある人材を取るためには報酬が適正に高くなるのは仕方ない、と考える。結果、良い人材を確保して、良いビジネスモデルを作って、適性利益を得て行こうというのが、基本方針になり易い。
お客様の価格感に合わせて人件費を調整するのでなく、人件費をマーケットバリューがある原価として考えてビジネスを作っていくようにならないと、今の状況からは脱却できない。
マーケットバリューをベースとしたマネジメントを導入すると、今までやってきた社内の相対的な序列によるマネジメントが通用しなくなる。価値を創出する重要なポストに、旧来の社内秩序や社内のハレーションは無視して、ベストタレントを社内外から探し配置し、マーケットバリューとパフォーマンスに応じて、ビジネスリーダーの責任で処遇する。
より高いパフォーマンスを引き出すために、精度の高い戦略のカスケードや継続的なフィードバックをしていく。グローバルでは、このようなマネジメントがスタンダードですが、日本企業の経営者また管理職は、ハレーションを起こすことにリスクを感じ、変革に大きな痛みを感じる。そして、足元での緊急性が見えないので変革に躊躇してしまうのです。
——なるほど、つまり、欧米のビジネスモデルやマネジメント方法を踏襲してゆくことが、この先日本企業にとって必要なことと
まあ踏襲というと言い過ぎる気がしますが、それに近しいスタイルでやっていくことなのだとは思います。世界的に見ると、会社のガバナンスも人材マネジメントもそうですが、割と似てきていると思うんですよね。
たとえば投資家の目線に合わせてガバナンスシステムが一致していたりだとか、マーケットバリューを基本に人材を確保したりですとか、近しいものになってきていると思います。
——マーサージャパンの案件で、そういった日本的な人材マネジメントである故に問題を抱えている企業は多いですか?
とても多いですね。
たとえばグローバルマネジメントとして統一化を図っていきたいというお話があった場合は、グローバルの人事戦略を考えるところから入っていきます。その際、大事なのは、「コミュニティベースの人材マネジメントからマーケトバリューベースの人材マネジメントに変化を起こすことのコンセンサス」です。総論は賛成頂けるのですが、各論を実現するハードルが高いので、コンセンサスが重要なのです。
仕組みの話をすると、最大公約数的には、役割ベースのグレードを導入して、グローバル組織全体に横串を通した上で、人材の有効活用や配置を図ることが多いです。
給与や賞与などの報酬面は、世界的に見ると昇給予算とか賞与予算を決め、ビジネスリーダーかファンクションリーダー、つまり事業部長などが、彼らの裁量で賞与や昇給の額を決めて行くのがオーソドックスな方法になっています。
これは何が背景になっているかというと、結局、マーケットバリューやリテンションが大事だということで、組織や個人の状況がよくわかっているマネージャーに報酬決定を任せることによって、優秀な人材の流出を防ぐということです。世界ではオーソドックスな手法ですが、日本では中々受け入れられていないのが実状です。
——結果として、日本法人がマネジメント面で相対する海外と足並みを揃えるのはかなり難しいということですね。
そうですね。中々合わない場合は、まず日本に取り入れてから海外でやってみたり、同時に取り入れてみたりと、順序を変えるなどの工夫をしているところもありますが、結局日本に取り入れるのが一番苦労するのは変わりません。とはいえ、実体として全体の多くを占めることが多い日本の本社が変わっていないと、グローバルビジネスをやっていくのはどうしても難しいと思います。
変化を起こさなくても日本本社は短期的には問題ないかもしれませんが、海外の支社や海外法人を日本のやり方を真似てマネジメントしている場合は、直接的に困るでしょう。なにより、仕組みを海外と日本で合わせないと、いつまでたってもローカル人材が本社で活躍する道が開かれません。
結局、マネジメントシステムが断絶しているために、キャリアの断絶が置き、優秀な非日本人をアトラクト(獲得)できません。それは、海外のビジネスをして行く上で、大きなディスアドバンテージですよね。
——しかし、それは放っておいてはいけない問題ですよね
そうですね。海外での日本企業の成長は必ずしも欧米企業に勝てていません。逆に欧米企業の方が人気があってローカルの優秀な人材も取れているので、マネジメントシステム全体を変えて行かないと、企業の発展はありえないといっても過言ではありません。
しかしそれをやると日本企業が痛む。ならば痛みを伴わない方法はないのか? という発想から、日本のみやり方を変えず、海外支社のみマネジメントを変えてみてはどうか? というところに着地するケースが多いのですが、それだと逆に海外側が痛みを伴ってしまうという堂々巡りです。
——その考え方を根底から変えるサポートをするのが、コンサルタントの役目になるわけですよね
おっしゃる通りです。戦略や施策、さらには仕組みを立て、あるいは場合によってはワークショップのような形で直接働きかけてゆく。そういった流れを踏んで、目指すべきところにドライブしてゆくのをお手伝いしています。
——最後に、マーサージャパンで働くことの面白さや御社のよいところを教えて下さい
コンサルティングの業界は広いのですが、我々の場合は特に人事領域や組織変革というところを得意としていて、若いうちからトップマネジメントの重要な意思決定に関われるというのは非常に面白味を感じて頂けるのではないかと思います。さらに、変なしがらみがないので、非常に働きやすい環境だとは思います。それが面白いかどうかは受け手側の問題かもしれませんけどね。
またマーサーは、人事・組織変革のNO1ファーム*として広く認知されているため、仕事の機会をたくさん頂戴できる点が非常に有利だと思っています。それも社会的に影響力が高いクライアント企業も多いため、とても刺激的というか、面白味を感じて頂きやすい環境ではないかと思います。
また、マーサーは全世界約21,000名のスタッフが40カ国以上約180都市の拠点をベースに、140カ国以上で、28,000超のクライアント企業のパートナーとして多様な課題に取り組み、最適なソリューションを総合的に提供しています。グローバル・ネットワークを活かし、海外の同僚とタイムリーにスケールの大きい仕事ができるということは、マーサーならではの魅力だと思います。
* Vault社による、Best Consulting Firms for Human Resources Consultingランキング
マーサージャパン株式会社
執行役員 パートナー 組織・人事変革コンサルティング部門代表白井正人
早稲田大学理工学部卒、ロッテルダム・スクール・オブ・マネジメント(MBA)修了。デロイトトーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、プライスウォーターハウスクーパース等を経て現職。
組織・人事領域を中心に、マネジメントコンサルティグサービスを25年以上提供し続けている。また、メディアへの露出として、NHKでの解説、全国紙5紙への寄稿、コメント等多数残している。コンサルティング業務のみならず、500人以上のエグゼクティブアセスメントに加えて、経営レベルの選抜人材開発プログラムの経験も保有している。