【為末大×バーミキュラ】こだわり抜く人だけが、世界で勝負できる

2017/7/11
2010年に発売されて以来、今なお数カ月待ちという、伝説的な人気を誇るホーロー鍋「バーミキュラ」。昨年発売した究極の炊飯器「バーミキュラ ライスポット」も発売と同時に注目を集め、発売から6カ月間で3万台を出荷している。
今回は、下請けの町工場から世界一の鍋をつくることを目指し、開発を主導した土方智晴副社長と、トラック競技の国際大会で日本人として初のメダリストになった為末大氏が「世界一への挑戦」をテーマに対談。アスリートとものづくりの現場の意外な共通点とは。

オリンピック選手と「食」

為末:対談前に数週間、「バーミキュラ ライスポット」を使わせていただいたんですが、炊いたごはんがおいしかったのはもちろん、翌日も軟らかいままだったので驚きました。
製造工程も見させていただいて、すごく面白かったです。工場見学が大好きなんですよ。まずは、ありがとうございました。
土方:それはよかったです。いつでも見に来てください。
為末:最初に「バーミキュラ ライスポット」を見たとき、「スタイリッシュなデザインだな」というのと同時に「土鍋2.0」みたいな印象を受けたんですが、あんなふうに丁寧につくられているんですね。
土方:ありがとうございます。
でも、「バーミキュラ ライスポット」の加熱方法を考えると、「かまど2.0」と言ったほうが正しいかもしれません。かまどでごはんを炊くときの条件を、電気を使って再現しているんですよ。
為末:なるほど、だからおいしいんですね。
土方:ところで、アスリートの方は、いろいろと食事に制限があると思います。為末さんも、現役時代はかなり食にこだわっていたんじゃないですか。
為末:そうですね。「味覚」に対するこだわりではなく、強い体を作るために「栄養素」に注目する方向ですが。となると、外食ではコントロールが難しいので、自炊する陸上選手は多いです。
選手にとって、食べるものを自分で選ぶ力はとても重要で、実は、オリンピックでもその能力が試されます。国ごとに選手村に入れる人数は決められていて、選手とコーチだけで枠が埋まってしまうので、栄養士に選んでもらうことができないんです。
土方:ということは、本番前は自分で食事を選ぶんですね。
為末:一番大事なタイミングで食べるものは、ほかの誰でもない選手自身の選択です。
そして、日頃からたくさんの有益なアドバイスを受けますが、言われたことを全部やろうとすると、絶対に24時間じゃ足りません。たとえば、長い時間をかければ栄養学的に最高の食事がつくれますが、ストレングストレーナーは「時間のある限り、最高のスクワットをしろ」と言ってくる(笑)。
だから、いかに労力をかけずに、必要なものを食べるかが大きな課題なんです。その点、「バーミキュラ ライスポット」は非常にいいですね。豚の角煮を作ってみたんですが、簡単で驚きました。
土方: 僕にとって最高の調理器具は「絶対失敗せずに、自分の想像を超えた味が出せる」というもの。「食材を入れて、ボタンを押すだけで最高においしくなる」というのが、ライスポットの目指す姿ですから。

世界一を目指すからこそ、こだわりが生まれた

為末:スポーツでは「練習の9割の効果が開始後60分で獲得される」という調査があります。最後の1割をさらに時間をかけて獲得するのが非効率だと考えるか、それとも、その詰めの部分が勝負を決めると考えるか。
先ほど工場で、100分の1ミリ単位での調整を見せていただいて、グラウンドで、一人黙々と練習していた選手時代を思い出しました。
愛知ドビーの工場を見学し、100分の1ミリ単位での調整に「おぉ」と感嘆の声を上げる為末氏。
土方:最後の1割を埋めようと思うかどうかは、目標次第ですよね。世界一の鍋をつくりたいと思えばこそ、こだわる必要がある。
でも、どうして世界一の鍋という目標を立てたのかと聞かれると、きちんとした答えはないんです(笑)。
為末:最初は僕も、漠然と「オリンピックに出てみたいな」と思っていただけですよ。
22歳でオリンピックに初出場するまでは、トップ選手と自分を比べて、すごく大きな差を感じていた。でも、海外の選手と戦う機会が増えてくると、少しずつ相手が具体的に見えてきて、どんな選手も完璧じゃないことがわかった。
彼らと比べて自分の強みはどこか、弱点はどこか、具体的にどこを詰めていけば勝てる可能性があるのか。
たとえば、ハードルを正確に跳ぶためには、いつも同じ位置に足を置くことが重要で、数センチずれるだけで大きな影響が出ます。僕の現役時代、合理的なトレーニングを重ねたアメリカの陸上選手はすごく強かったけど、「正確に跳ぶ」ということに対してはそこまで頓着していなかった。
僕はそこに勝機を感じて、泥臭くその誤差をなくすことにこだわったんです。
土方:そこまでの正確さが要求されるんですね。
為末:バーミキュラのように100分の1ミリとまではいきませんが。相手が音を上げるところまでこだわり抜くのが僕のやり方です(笑)。
土方:「ここを詰めていけば勝てる」という感触は、僕にも覚えがあります。
密閉性の高い鍋をつくるためには面倒な作業が必要です。ですが、「ほかの会社にできなくても、僕らにはできる」という感触が得られたからこそ、最後まで努力できました。
陸上競技とものづくりで、こんなに似通ったところがあるとは。

こだわり抜くために必要なのは「思い込み」

為末:鍋をつくろうと決めたとき、まわりの反対はなかったんですか。
土方:唯一の反対者が社長、つまりは兄でした。「鍋なんてやり尽くされている。新しいものなんかできない」と。
社長は僕の5年前に入社していて、良くも悪くも鋳造業界に染まっていたんですよね。一方、この世界に入ったばかりの僕は、何もわかっていなかったかもしれないけど、「自分たちが最高だと思えるものをつくらないと面白くない」と純粋に思ったんです。
為末:鋳造業界に染まっていないからこそ、既成概念抜きで挑戦できたんですね。
僕は、高校時代に100メートル走からハードルに転向しました。漠然と「こっちのほうが世界に近そうだ」という下心もありましたが(笑)。
でも、20代になると、種目転向する選手はほとんどいません。長く続けていればいるほど、「自分はこうだ」とかたくなに思い込んでしまうんです。そうなる前に転向できたから、世界に行けたと思っています。
土方:なるほど。でも、バーミキュラもライスポットも完成するまではすごく大変だったので、社長の意見も正しかったんですよ(苦笑)。「もう一生完成しない」と思ったことも何度もあります。
為末:それはどんなときですか?
土方:バーミキュラはホーローの焼き付けという最終工程が終わって、はじめて品質の評価が可能になります。そのため、どこの工程が悪くて、最終的な欠陥につながったのかわからないことが多いんです。
為末:なるほど。試合で負けたけど、敗因が思い当たらないのと同じだ。
土方:100個つくって、全部不良品ということもありました。昨日まで半分はまともなものができていたのに、急に全部ダメということもあるんです。しかも、それが何週間も何カ月も続く。
為末:それは苦しいですね。
土方:ライスポットのときは、いろいろな人から「鋳物屋に家電はつくれない」と言われました。
でも、そういった状況を打破できたのは、「この問題さえ突破できたら世界一のものができる」と信じていたからです。「根拠なく信じ込んだ」と言ったほうが正しいかもしれません。
為末:思い込むことって、大事ですよ。陸上は20〜30年も1つの記録が破られないこともあるほどで、タイムを伸ばす方法が掘り尽くされている競技なんです。一人の選手生命においても同じで、ある程度続けていると「これをやればよくなる」という手段が見えなくなる。
土方:そこで、思い込むわけですか。
為末:はい。AとB、2つの方法があったとして、どちらがいいのかはっきりしない。でも「Aだろう」と信じて、ひたすら練習を繰り返す。すると、徐々にタイムに変化が出てきて、「ああ、これでよかったんだ」とわかる。
もちろん、逆のパターンもありますよ(苦笑)。
土方:僕たちも仮説と検証を何十回も何百回も繰り返します。僕たちの場合、結果は2、3日で出ますが、アスリートだと、何週間、何カ月という長い期間がかかりますよね。
為末:そうですね。だから、努力を続けられる選手には共通した特徴があります。粘り強さ、思い込みの強さ、そして楽観性です。
土方:それはすごく共感できます。
為末:やっぱり、僕たちは似た者同士なのかもしれませんね。

ストレスなく生きられる「舌」を育てたい

土方:為末さんは、息子さんに食育ならぬ「舌育」をなさっているそうですね。
為末:息子には、好きなものを食べていれば健康を維持できるような舌を持たせたいんです。
というのも、友人のアメリカ人選手は、競技のためにいつも大好きなケチャップを我慢していました。一方、僕は脂っこいものや味が濃いものを舌が受け付けないから、食べられなくてもストレスがない。これって、生きる上ですごく大きな差ですよね。そして、その差は子どもの頃の食事の影響が大きいと思うんです。
土方:たしかにそうですね。
為末:「ダイエット中の人間は意思決定の質が下がる」という有名な実験もあります。アスリートを目指すのでなくても、健康な体を、健全な精神状態で維持できるよう、親として子どもの舌を正しい方向に育てていきたいと思っています。
土方:バーミキュラは素材の味を引き出すので、過剰な味付けは必要ありません。そういった意味で、食育、舌育にも有効な調理器具なんです。野菜もおいしくなるので、「子どもの好き嫌いが直った」という声をいただくことも多いんですよ。
為末:それは素晴らしい。バーミキュラとライスポットで、世界中の食卓にいい影響を与えてください。
(編集:大高志帆 構成:唐仁原俊博 撮影:加藤ゆき デザイン:久喜洋介)