カウンターナラティブにかける期待

ドイツ・ベルリンの反ヘイトスピーチ活動家、ヨハネス・バルダウフ(36)は昨年の夏、思いがけない相手から協力依頼を受けた。フェイスブックだ。
過激なメッセージの拡散を阻止するうえで、問題の一部になっているのがソーシャルネットワークの大物フェイスブックだと、バルダウフはそれまで認識していた。
そのフェイスブックから、いわば映画『イングロリアス・バスターズ』のナチ・ハンターの(より優しくて穏健な)オンライン版として活動してくれと頼まれるとは……。
バルダウフら活動家に託された使命は、ソーシャルメディアで展開するキャンペーンを考案すること。ヨーロッパで難民・移民人口が増えるなか、増殖するフェイクニュースや極右のプロパガンダに対するドイツ人の「抵抗力」を養うことが目的だった。
非政府組織アマデウ・アントニオ財団に属するバルダウフとそのチームは「カウンターナラティブ」と呼ばれる専門的なネット技法に精通している。簡単に説明すれば、過激主義者と同じオンラインツールを活用して、彼らの悪意に満ちた主張を切り崩そうとする手法だ。
1日かけてブレインストーミングを行った末に、チームはあるインターネット・ミームを思いついた。満員電車などの日常生活のありふれたストレスを少数派のせいにする動きを、さりげなく皮肉ってみてはどうか。
髪型が決まらない、スマートフォンにひびが入った──チームはそんなよくあるイライラを表現した画像を公開。それぞれの画像に「人種差別主義者になる理由ではない」というフレーズを添えた。
しばらくすると、ばかげているのに偏見を助長しかねない小さな出来事をテーマに、人々がオリジナル画像を投稿してくるようになった。フェイスブックやインスタグラムやツイッターでは、キャンペーンのハッシュタグが人気になり始めた。
「なかなか楽しい」体験だったと、バルダウフは言う。そしてこのキャンペーンは、ソーシャルメディアが拡散していると非難されがちなヘイトスピーチに対して、フェイスブックがいかに闘うかを示す証拠でもあった。

欧州当局によるフェイスブック包囲網

カウンターナラティブは知名度こそ低いものの、フェイスブックの過激主義対策にとって重要な要素だ。
オンラインで広がる過激主義への対策は、ドナルド・トランプがアメリカ大統領になり、西欧各国やアジアで反移民的な右派政党が台頭するなか、緊急課題として浮上している。
フェイスブック利用者が2900万人に上るドイツでは今年3月、ヘイトスピーチに分類される違法なコンテンツを24時間以内に削除するよう、SNS各社に求める法案が議会に提出された。迅速な対応を怠った場合、企業には罰金5000万ユーロ、企業幹部にも最高500万ユーロの罰金が科されるという。
フェイスブックとヨーロッパの規制当局の関係は冷え込む一方だ。5月中旬にはEU(欧州連合)の行政執行機関である欧州委員会が、2014年のメッセージアプリ「ワッツアップ」買収をめぐって誤解を招く情報を提供したとして、フェイスブックに罰金1億1000万ユーロを科すと発表した。
悪意あるメッセージを即座に削除するため、SNS各社は多額を投じ、世界各地で大勢のスタッフを雇っている。にもかかわらず、スピーディに対応できない場合がしばしばだ。
過激な主張をする人物や集団のアカウントを停止しても、新たなアカウントはすぐに作成できる。問題のあるコンテンツが見逃されてしまうことも珍しくない。
「僕たちは毎月、1億以上ものコンテンツをチェックしている」。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は2月16日、自身のページでそう語っている。「99%のケースで正しい判断をしても、ミスの数は時間とともに膨大なものになってしまう」

反ヘイト団体への支援プログラム

特に見落とされがちなのが、ライブ動画だ。4月にはタイに住む男がわが子を殺害しているという動画をリアルタイムで配信し、アメリカ人の男が殺人を犯す場面を撮影した動画をアップロードしたが、いずれも数時間後まで閲覧可能な状態になっていた。
こうした事例を受けて、フェイスブックはコンテンツを管理するスタッフを3000人増員すると発表した。だが、それでも十分ではないかもしれない。
だからこそ、フェイスブックはバルダウフのような活動家に期待している。彼らなら、画期的なテクニックを駆使して、過激主義やヘイトスピーチに根本から対処する助けになってくれるのではないか──。
同社のシェリル・サンドバーグ最高執行責任者(COO)は昨年「オンライン・シビル・カレッジ・イニシアティブ(Online Civil Courage Initiative、OCCI)」に着手すると、ベルリンで発表した。
フェイスブックが当初資金100万ユーロを提供して始めたこの活動は、カウンターナラティブや反ヘイトキャンペーンの立ち上げに力を貸すことを目的に、過激主義と闘う組織に少額の支援金や広告クーポンを分配している。
100万ユーロという金額は、フェイスブックにとっては微々たるものかもしれない。とはいえ、限られた資金でのやりくりを迫られることが多い活動団体にしてみれば結構な額だ。
昨年、フェイスブックの支援を受けて展開されたあるキャンペーンは、予算わずか3750ドルだったものの、67万人以上に拡散した(OCCIの開始以来、同社は資金を増額したというが、具体的な数字については回答を拒否)。
「恐ろしいコンテンツが山ほど存在する」。ドイツの学生向けSNS、シトゥディVZでヘイトスピーチ監視を担当した経験も持つバルダウフはそう語る。「ソーシャルメディアは教育ツールとしても活用できる」

ザッカーバーグの新たなビジョン

カウンターナラティブへの投資は、ザッカーバーグが2月に自らのフェイスブックページで発表した新方針と軌を一にしている。
オンラインだけでなく現実世界でのコミュニティのあり方を変えたいと、ザッカーバーグは記した。より安全で、より包括的で思いやりがあるコミュニティ、より多くの情報に基づき、市民生活により関与するコミュニティを作っていきたい、と。
これまでフェイスブックは、そうした方向性と距離を置こうとしてきた。ザッカーバーグが掲げた新たなビジョンは、どんな形をとるのか。カウンターナラティブ活動は、答えを知るための最初のチャンスの1つになる。
フェイスブックは10年ほど前から、カウンターナラティブを促進しようと散発的な取り組みをしていたが、2015年2月になってより組織的な活動を始めた。ホワイトハウスで、暴力的過激主義対策サミットが開かれた直後のことだ。
サミットでは、バラク・オバマ米大統領(当時)がシリコンバレーの代表者らに、テロとの戦いへの貢献を拡大するよう要請。フェイスブックは、オンラインのヘイトスピーチに対抗するデジタルツールを開発しようと、学生対象のコンペティションやハッカソンを開催するようになった。
ただし、当初の活動には限定的な効果しかなかった。学生の手で、あるいはハッカソンで考案されたプロジェクトは、学期やイベントが終了すると同時に忘れ去られがちだからだ。

ドイツで起きた数々の暴力事件

2015年の夏になって、フェイスブックはドイツで起きた騒動の渦中に巻き込まれた。
当時、内戦下のシリアやアフガニスタンから逃れた人々が難民として流入するなか、ドイツではオンラインでのヘイトスピーチが急増し、そうした発言を直接のきっかけとする暴力事件も発生していた。
その年の8月、ザクセン州ハイデナウにある難民受け入れ施設の前で行われたデモは、ネオナチや極右のフーリガン、反イスラム団体ペギーダ(PEGIDA、「西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者」の頭文字)のメンバーが、フェイスブックを通じて呼びかけたものだった。デモ隊は暴徒化し、警察官30人以上が負傷した。
ハイデナウの事件を受けて、ドイツのハイコ・マース法務・消費者保護相は、ヘイトスピーチを助長しているとしてフェイスブックに罰金を科す可能性を示した。
アンゲラ・メルケル首相も国連の昼食会で同席したザッカーバーグに、ヘイトスピーチへの対応を問いただした。その際、ザッカーバーグは「改善する必要がある」と(マイクがオンになっていることに気づかないまま)メルケルに返答している。
それから数カ月後、ザッカーバーグはベルリンで市民と対話する場を設けて「要望ははっきりと認識している」「フェイスブックとそのコミュニティはヘイトスピーチを受け入れない」と語った。
当時のフェイスブック経営陣に近い筋によれば、同社は将来を見据えて行動する企業と見なされることを望んでおり、それがOCCIの始動につながった。
OCCIの目標は、ヘイトスピーチと闘ううえでどんな方法が最も効果的かを見極めること。さらにその知識を基に、よりよいカウンターナラティブ活動をより多く展開する手助けをすることだ。
その活動の範囲は世界各地に及ぶ。それでも、発表の場にあえてベルリンを選んだのにはそれなりの理由があったのだ。

マーケティング思考のテロ対策を

カウンターナラティブの効力を見極めるに当たっては「敵」の正体を把握することが役に立つ。フェイスブックは、過激主義者がオンラインで展開するプロパガンダや勧誘活動を分析すべく、キングス・カレッジ・ロンドンの過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)にコンタクトを取った。
ICSRのペーター・ノイマン所長によれば、最大の難関はシェア数や「いいね!」数が示すコンテンツの人気度と、現実の行動における変化に関係があるかどうかを判断することだ。
ヘイトスピーチは大半の場合、それを目にする人に何の影響も与えない。だが、例えばテロ組織ISISのコンテンツを視聴して、あこがれを抱くケースも少数ながら存在すると想定できる。それよりさらに数は少ないものの「シリアに行こう」「テロを実行しよう」と考える者もいるかもしれない。
その仕組みはソーシャルメディア上のバイラルマーケティングと同じであり、テロ対策は広告業界から学ぶことができると、ノイマンは指摘する。
「コカ・コーラを売るときと同様の思考をすればいい。すでに方法は存在するのに、テロ問題は別とばかりに、一から考案しようとしている」
いずれにしても、ソーシャルメディアにできることには限界があるだろう。いい例が、フェイスブックがカウンターナラティブに乗り出す以前に、世界的に広まったオンラインキャンペーン「# BringBackOurGirls(私たちの娘を取り戻せ)」だ。
2014年4月、ナイジェリアのイスラム過激派ボコ・ハラムが、同国北東部チボクにある学校から女子生徒276人を拉致する事件が起きた。少女たちの解放を求める運動が始まり、事件から3週間で「#BringBackOurGirls」というハッシュタグは100万回以上使用された。
当時の米大統領夫人ミシェル・オバマや女優サルマ・ハエックら、有名人も参加して拡散したキャンペーンは、ナイジェリアの首都アブジャ、ロンドン、ロサンジェルスなどで行われたデモの原動力にもなった。

ユーザーに直接働きかける効果

オンラインマーケティングの有効性を測るいくつかの基準に照らせば、キャンペーンは驚異的な成功を収めたといえる。
しかしその後の展開、すなわちナイジェリア政府などの交渉を通じて、これまでに約100人の少女が解放されたことと因果関係があるかは判然としない。確かなのは、「#BringBackOurGirls」がボコ・ハラムの勢いをそいでいる、あるいは弱体化させている事実はないということだ。
カウンターナラティブに携わるバルダウフが、当事者でありながらインターネット・ミームに懐疑的なのはそのせいだ。
より効果的なのは、はるかに直接的かつ困難なやり方だと、バルダウフは言う。フェイスブックをはじめとするソーシャルメディアを使って、極右グループに取り込まれそうな若者を特定し、働きかけることだ。
バルダウフと同僚はオンラインでキャンペーンを展開すると同時に、ソーシャルメディアをチェックして、極右に引かれる傾向を示すユーザーがいるかどうかを調べている。そうしたユーザーを見つけた場合は、過激主義組織に勧誘されるのを阻止するため、即座に接触を図る。
多くのケースで求められているのは、イデオロギーを論じ合うことではなく、精神面での支えを提供したり孤独感を解消したりすることだ。
「魅力的な仕事ではない」と、バルダウフは話す。「1日中コンピューターの前に座って、人探しをする地味な作業だ」
※ 続きは明日掲載予定です。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Jeremy Kahn記者、Stefan Nicola記者、Elliott Snyder記者、Birgit Jennen記者、Rainer Buergin記者、Sarah Frier記者、翻訳:服部真琴、写真:ozgurkeser/iStock)
©2017 Bloomberg Businessweek
This article was produced in conjuction with IBM.