客の増加、膨れ上がるセラーの不満

だが客が増えるにつれ、事態はEtsyの手に余るようになってきた。
人気商品を作ったセラーが従業員を雇って事業を拡大することは、Etsyのポリシーで禁じられていた。それはサイトの精神に反するものとみなされた。
著作権問題も発生した。あるクラフト作家が別のセラーの売れ筋商品を見て、自分の作品にひねりを加えた場合、それは知的財産の侵害になるのか。はっきりしない問題だが、Etsyは強制的に解決せざるをえなかった。
2012年には、当時の従業員の約7%にあたる16名の従業員が1万4000語におよぶEtsyのセラーポリシーの実施にあたった。
2011年に創業者ロブ・カリンに代わってCEOに就任したチャド・ディッカーソンは、ポリシーを900語に縮め、2013年からは工場製品の販売を一部許可するという純粋主義的なアプローチの緩和を試みた。
今年初め、Etsyは量産品の紙や糊、風船といったクラフト素材を扱う「Etsy Studio」を立ち上げた。ハンドメイド製品のポリシーは「明確化」され、「Etsyにおけるハンドメイドは幅広い」とされた。
ディッカーソンはCEOとしての最後の日々に、Etsyはマーケティングに力を入れて「日常的な買い物をする場」になると主張しはじめた。

運用ルールを緩和した結果

こうした変更のおかげで収益は増えた。Etsyの昨年の収益は3億3600万ドル、商品販売高では28億ドルを超えた。
だが、市場の拡大によって本当に特徴のある商品が目立たなくなったという不満をもつセラーとの緊張は高まった。
彼らはEtsyがルールの運用を緩くしすぎたと感じた。人気のあるデザインは日常的にコピーされている。ほとんど同じドリームキャッチャーのイヤリング、フラワークラウン、「ママベア」Tシャツが数百、数千も並ぶ。
その多くはピオリアのプリントメーカではなく、 ダッカの衣服労働者が製造したものだ。Etsyはこの問題を認識していないわけではない。昨年だけで知的所有権違反で4500軒ものショップを閉鎖した。
長年のセラーであるメレディス・ジョーダンに言わせれば、量産品の出品でサイトは「安っぽく」なった。「質の高い職人の作品の横にそんなものが並んでいるのを見るのは悲しい」
彼女が見るところ、Etsyは世界のマーケットというコンセプトから離れ、世界の「マイケルズ」に向かっている。マイケルズは中国製のクラフト素材を売る大型チェーン。Etsyのセラー的視点では、マイケルズ化は最悪を意味する。
だがウォールストリートでは、マイケルズの価値はEtsyの2倍。マイケルズは、Etsyの事業にとって「戦略的な代替案」としてなるかもしれない企業のひとつでもある。

理想主義を追求するコミュニティ

ブルックリンにあるEtsyの本社は、現在クシュナーの一族が所有するオフィスビルにあり、9つのフロアを占有している。
移転したのは2016年の初め。改装に約4000万ドルを費やした。雨水で育つ緑の壁、ソーラーパネルを貼った屋根、従業員の自己実現のための施設として、ヨガや瞑想、版画、料理に特化した数々のスペースがある。
もちろん木材は再生され、無害な塗料が使われ、地元の産業やフェアトレードによる材料調達など、できることはすべてやっている。まさにコミュニティの感覚にあふれている。
そして従業員にはたっぷり特典が与えられる。エッツイーの育児休暇はフェィスブックやグーグルよりも気前がいい。父母ともに各6カ月、無料の工作教室や最高の食事プランもつく。毎週2回、社会的意識が高く、高級なレストランの食事が提供される。
残飯はゴミにせず、地元で完全堆肥化をめざしている。最近まで、廃棄量が多いときは、カーゴバイク貨物用自転車に乗せて数キロ先のブルックリンの農場に運んでいた。
ディッカーソンや昔からEtsyに投資してきた人々は、こうした姿勢を同社の魅力に欠かせないものとみていた。堆肥化の儀式は、IPOの提出書類に詳細に記述されている。
「Etsyはメタファーだ。それは私たちのビジネスの多くの側面や周囲を取り巻く世界との関係について、私がどのように考えているかを表している」とディッカーソンは書いている。「再生、気づき、相互依存、コミュニティベース、そして楽しみ」

成長を妨げる「ひどい検索機能」

こうした言葉には、数億ドルの収益を上げるグローバル企業より、生協のような組織にふさわしい響きがある。
だが、この理想主義はEtsyの最も重要な属性のひとつだと、ベンチャーキャピタリストのチャーリー・オドネルは言う。このおかげで、Etsyはグーグルやフェイスブックに伍して、才能のあるエンジニアを獲得し、他とは一線を画すバイヤーとセラーの一群をひきつけた。
「これは多くの投資家が見逃し、理解していない資産だ」と彼は言う。「それは実際に成長につながる」
多くのEtsyの従業員は骨の髄までこれを信じているが、従業員厚遇やレトリックは、商品を売るという現実のビジネスからの逸脱だと考える人々もいる。それは特にセラーに多い。
ブラックアンドホワイト・キャピタルはプレスリリースで、「クラフトとしてのコード」というエンジニアリング文化へのこだわりから、グーグルやアマゾンが提供するクラウドベースのサービスやソフトウェアではなく独自のサーバーで運用するEtsyの姿勢を指摘した。
そして、その「ひどい検索機能」がサイトの成長を妨げ、「劇的な収益低下」につながったと述べている。
クラフト作家の心に火をつけるような指摘ではなさそうだが、一部のセラーは歓迎した。「私は批判が大好き」と、あるセラーはEtsyのフォーラムに書きこんだ。「投資家は、スタッフのヨガルームを評価しないということ?」と、別のセラーは皮肉った。

大型小売店が買収に乗り出す可能性

「Etsyの価値をまったく気にしないセラーは多い」と、Etsyのセラーへのアドバイスを専門とする会計士出身の起業家ジェーソン・マリナクは言う(彼はEtsyの潜在力を最大限に引き出すためのハウツーガイドを「ハンドメイド商品」として販売している。Etsyのハンドメイドの定義は幅広い)。
彼の見解では、Etsyは従業員にとって「非常に心地よい私的福祉国家」(『ニューヨーク・マガジン』誌)を作るよりも、セラーの収入増加を助けることにはっきりと焦点を当てるべきだった。
Etsyのセラーは以前から、サイトの検索エンジンの表示が、長年活動して定評のあるセラーよりも新たなセラーに有利になっていることに不満をもっている。
さらに、追加料金で検索の表示順を優先するといったアドオンサービスの提供が発表されたことから、Etsyは優秀なセラーから利益を搾り取ろうとしているという声もある。
セラーのローズマリー・ジョーンズは、新CEOジョシュ・シルバーマンとのオンラインQ&Aでこう尋ねた。「Etsyは、セラーに対するサービス優先ではなく、販売ベースのビジネスモデルに戻るのか」
そうなれば、「検索する人のニーズに合うアイテムを人為的に制御するのではなく、最も関連性の高いアイテムが優先的に表示されるようになる」と疑問を投げかけた。
シルバーマンは検索を「投資とフォーカスの重要な領域」と呼んだが、自分の計画についてはあまり語らなかった。「今は耳を傾け、学ぶ段階だ」
Etsyの広報担当者はシルバーマンへのインタビューを拒否。ブラックアンドホワイト・キャピタルもコメントを拒んだ。
だが、同ファンドにくわしいある関係者は、Etsyが営業経費をさらに削減せず、商品販売の伸びが減速し続けるならば、ブラックアンドホワイトは引き続き改革を要求すると予測する。
この関係者は、Etsyの身売りは選択肢のひとつにすぎないとするが、大型小売店が買収に興味を示す可能性は高いと言う。最近、大手ペット専門店PetSmartが、創業6年目のオンラインペットフードストア「Chewy.com」を30億ドルで買収している。

株主の主導権争い、社会志向企業というビジョン

事態はさらに複雑化している。ブラックアンドホワイトがもの言う株主として活動を公開してまもない5月15日、TPGキャピタルが参戦した。
同社はEtsyの株式の4%を買収し、ドラゴニア投資グループと手を組んだことを発表した。提出した書類のなかで、両社は株式の8%を支配していることを明らかにし、Etsyに「戦略的代替案に関する議論に参加する」と連絡したことを明らかにした。
TPGはテクノロジー企業や小売企業の買収で知られており、これでEtsyが非公開会社になる可能性が高まった。そうなれば成長を求める圧力はある程度和らぐだろうが、株式を公開して成功する社会志向の企業というビジョンをあきらめることになる。
Etsyが独立を保ち、株式を公開し続けたいなら、成長の速度を上げるしかない。だが、どうやって? 売上の低下はディッカーソンの誤った経営のせいかもしれないが、Etsyのセラーが生産する編み物やシルクスクリーンがそれほど大量に求められていないせいかもしれない。
「チャドから受け継いだものを考えると、今こんな議論をしているってことが、そもそもおかしい」と昔からのスタッフは言う。
創業から数年、Etsyはほとんど商売にならず、極端な理想主義から将来も成功の可能性はなさそうにみえた。
この点からすると、ハンドメイド、反資本主義、堆肥化推進を金科玉条とする企業が大きく育って、もの言う投資家が争いを繰り広げるような存在になったことは、悲劇的であると同時にすごいことだ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Max Chafkin記者、 Jing Cao記者、翻訳:栗原紀子、写真:© 2017 Etsy, Inc.)
©2017 Bloomberg Businessweek
This article was produced in conjuction with IBM.