自由に働く社員を評価するために、給与テーブルを捨てました──為末大×青野慶久「本質的に人は何のために生きるのか」
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注目のコメント
"大企業ですから、社内で最適化されちゃうんです。「パナソニックの管理職ができる人間」にはなるけど、外には出られなくなっちゃう"
”いろんな理念がある中で、「自分に合う理念はどれだろう」と選びにいく”
ハッとさせられる対談です。これから反芻して読むことになりそう。重要そうなところに青でマーカーされているんだけど、ことごとく自分の感覚とずれていると「なんだかなあ」と思わせられる。
給与を交渉するというのは海外の会社っぽい感じでよい。
> 「その人が転職しようとしたときにいくらくらいもらえそうか」
という指標はいいなあ、と思う。人材エージェントやっていて、おおよそ、これくらいの経験、スキルだと、コンサルだとこれくらいの役割・ポジションで、これくらいの年俸というのは判断できたので(コンサル業界特化だが)、ありだと思った。ここが刺さった。
>スポーツの世界に「早すぎる最適化」という言葉があります。わかりやすく言うと、野球がすごくうまい子って、少年野球チームでは4番でエースですよね。(中略)
それが高校くらいになると、他にもすごい人が集まってきて、トップクラスじゃなくなる。「今日から(打順は)1番で」とか。ここで、その子がスラッガーに最適化されていると、新しい役割に適応するのに時間がかかり、パフォーマンスが下がってしまう。
>固定化した会社にも言えることですよね。僕はもともとパナソニックに勤めていたのですが、大企業ですから、社内で最適化されちゃうんです。「パナソニックの管理職ができる人間」にはなるけど、外には出られなくなっちゃう。