大谷翔平を高卒でメジャーに連れていきたかった理由

2017/5/24
3月に『中南米野球はなぜ強いのか』を上梓したNewsPicks編集部の中島大輔と、アリゾナ・ダイヤモンドバックス顧問の小島圭市が八重洲ブックセンターで4月13日、トークショーを行った。メインテーマは、どうすれば日本球界は世界のトップレベルに追いつけるのか。その模様を3日間連続でお届けする。

競争のアメリカ、仲のいい日本

中島 本日は『中南米野球はなぜ強いのか』の出版記念トークイベントにお越しくださり、どうもありがとうございます。本日お招きしているゲスト、アリゾナ・ダイヤモンドバックス顧問の小島圭市さんを簡単に紹介させていただきます。
現役時代は読売ジャイアンツやテキサス・レンジャーズのマイナーでプレーして、中日、台湾の球団に移籍。その後ロサンゼルス・ドジャースのスカウトとして、菊池雄星(西武)や大谷翔平(日本ハム)との交渉で入団間際まで行きました。
今日はその辺の話や、世界の野球の話をしていきたいと思います。皆さん興味がひかれるのは大谷投手についてだと思うので、早速その話に入らせてください。
小島 あれ、中南米の話じゃないんですか?(笑)
中島 実は、後々中南米の話に関わってくることでもあります。高卒で大谷投手クラスがアメリカの球団と契約したとして、たとえば日本だと春季キャンプですぐに1軍に行くのも珍しくないですが、アメリカでそういうことはありえますか?
小島 あるかないかといったら、ないです。メジャーリーグはマイナーリーグの一番下まで8レベルあって、高卒の人は8軍から始まります。でも、日本は1軍と2軍の2チームしかない。そのレベルの差も限られますし、いろいろ加味したら、高卒の選手が1軍に行ってしまう状況が発生するというところだと思います。
アメリカの場合、大谷君レベルでも間違いなくルーキーリーグに行きます。6月にドラフトがあって、契約して、7月の終わりくらいにマイナーリーグに合流します。そこで飛び抜けているとしたら、ルーキーリーグで1試合やって、次の日に1Aに行く場合もあります。でも、ほとんどの場合は(昇格を)急がせないですね。
花巻東高校時代、18U世界選手権に日本代表として出場した大谷翔平(右)。隣の北條史也は2012年ドラフト2位で阪神へ
中島 それはプロとして長くプレーさせ、かつ大きく育てるためですか。
小島 もちろんそうですけど、ケガをさせないことが前提です。よく日本でも、「選手は財産だ」っていいますよね。いろんなスカウトの人が中学・高校・大学に何回も見にいって、一人の選手の獲得までに、契約金も含めて数億円かかるわけですよ。なので、「選手は財産」という見方は正しい。それを大事に育てるという目的もあるんですけど、前提はケガをさせないことです。
結局、高卒でどんなに良くても、まだ高校生レベルなんですよ。ルーキーリーグには世界中から16歳、17歳、たまに18歳もいますけど、そのくらいの子たちと一緒にやりながら、ふるいにかけていく。本当に競争社会です。そこに「お前はドラフト1位だよ、すごいよ」「スポンサーも付いていてすごいね」といわれる選手がポーンって放りこまれたら、他の選手は「絶対コイツに負けない」となりますよね。
そうしたアメリカの状況に対して、日本って仲いいんですよ、みんな。これは悪いわけではなくて、文化的背景だったり、組織のシステムの違いだったりする。「そこを変えない限り(メジャーに勝てない)……」という話になってしまうんですけどね。

階段を半歩ずつ上らせていく

中島 なんでこういう話を聞いたかというと、ドミニカ共和国にあるメジャーリーグのアカデミーには16、17歳の選手、つまり日本でいう高校生年代がいて、彼らがプロとして大成するために野球を通じて教育を施していきます。
マイナーリーグが選手をどのように大きく育てているのか、日本ではなかなか知られていないように感じているんですね。それに、もしその指導法を大谷翔平に実践したら、どれだけすごい選手になっていたんだろうかと思います。
小島 過去にはすごい選手がいっぱいいて、早く上げて失敗したケースと、早く上げて成功したケースがあるんですよ。この見極めが非常に難しい。しかも、それってアメリカ人のケースですよね。
大谷君が日本とは違う国に行って、慣れるのに数年かかります。今季は5年目なので十分メジャーにはいますし、先発ローテーションにも入っていると思います。当然、二刀流はやっていません。アメリカの場合、非常に細かい段階を踏みます。たとえば階段だと「一段一段」というかもしれませんけど、その半分ずつぐらいのイメージで上げていきます。
ドミニカ共和国にあるサンディエゴ・パドレスのアカデミーには、同国だけでなく、ベネズエラ、メキシコ、コロンビアなど中南米の各国から10代の選手たちがやってくる
中島 「細かい」というのは技術とか体力とか精神力ですか。
小島 両方ですね。たとえば私は中日に入団して名古屋に行きましたが、地元の道がわかったり、お店がここにあると知ったりするには、ある程度時間が必要です。アメリカの球団は、そういうことも含めてやっていくんですね。
中南米の選手に関しては、マイナーリーグに行けば、アメリカ人と同数かそれ以上の選手がいます。なので、あまり寂しい思いはしないんですよ。何かわからないことがあったら、全部スペイン語で教えてくれるし。そうしたところで、アジア人を受け入れることに二の足を踏んでいるチームもないことはないです。
そういうことを含めたら、仮に大谷君がアメリカで育成されたとすれば、たぶん3年目ぐらいにメジャーに上がって、4年目ぐらいにローテーションに入ります。その時点で21歳なので、それから20年プレーできるわけですから、(キャリアとして)十分ですよね。向こうではそういう段階を、かけるべくしてかけますね。
中島 二刀流は夢のある話ですけど、メジャーでサイ・ヤング賞というのも夢があります。
小島 そうですね、まだ日本人は獲ったことがないですからね。

生きるために野球をやる中南米

中島 マイナーリーグの育て方が面白いなと感じたのは、選手の教育を含めて行っていることです。というのはドミニカ共和国って、国として本当におカネがないんですね。要は儲かる産業がほとんどない。主要産業はサトウキビの栽培で、大航海時代からの影響です。当時はサトウキビをつくればおカネになりましたが、いまもめぼしい産業が観光業を除けばサトウキビくらいしか発達していなくて、ゆえに貧しい。
貧しいために学校に行けない子がかなりいるんです。学校に行けないから集団行動ができずに、ルールを守らない。現地に行って衝撃的だったのは、交通事故があまりにも多いことです。車が時速60キロくらいでぶっ飛ばしている道路で、信号がないところを平気でわたってひかれる現場を結構見かけました。
調べてみたら、あるデータではドミニカの死亡率は世界で2番目に高いらしいです。僕がインディアンズのアカデミーに行った際、練習前のミーティングで「ある選手の親戚が交通事故で亡くなった」という話をしていたんですけど、よく聞いてみたら、僕らが見かけた事故でした。
インディアンズアカデミーの選手たちは悲報を聞いてうつむいた
中島 集団行動のできない選手たちが野球選手として上達するためには、集団行動をできるようにならないといけない。だから毎朝、走塁などのドリル練習をさせて、規律を植え付けていくのが印象的でした。
小島 ぼくがマイナーリーグに行った1996年前後に、ドミニカでアカデミーができ始めました。アカデミーでプレーしているドミニカの選手たちは、洋式便所の使い方を知らなかったんですよ。すごくきれいな水が流れてくるので、そこで手を洗ったり、飲んだりしちゃったんです。そういう話を聞いたことがあります。
中島 ドミニカにしたら、その辺の水よりきれいですよね。
小島 上下水道が整っているのが、ドミニカではいくつかの都市しかないですからね。だから汚い話ですが、垂れ流しで、病気も多い。
ドミニカ共和国の国旗を掲げた一軒家
中島 メジャーリーグのドミニカ人や中南米の選手ってすごくパワフルな姿が思い浮かぶと思うんですけど、16歳ぐらいの選手ってみんなガリガリなんですよ。というのは、貧しくて食事が満足にとれない。
そういう国で16歳でメジャー球団と契約できると、家族の生活が一変するんです。自分の手で家族全員の生活を変えられるので、彼らはハングリーになります。
サンペドロ・デ・マコリスの貧しい家が集まる一角で、かつてロッテやメジャーリーグで活躍したフリオ・フランコはプール付きの豪邸に大勢の家族とともに住んでいた
小島 いま中島さんがおっしゃったとおりで、中南米選手は生きるために野球をやるので、それが10歳であろうと、20歳だろうと、年齢は関係ないんですよね。たとえば同じ150キロを投げるとして、20歳の選手より10歳の選手のほうが、魅力があるじゃないですか。「あと10年経ったら、どうなっちゃうの?」って。
メジャーリーグはいまでこそ青田買いさせないようにルール作りをちゃんとしていますが、昔は年齢詐称がありました。そこでグルになっている悪いスカウトがいるんですよ。自分もカネが欲しいものですから、ウソのリポートを書くわけですね。
首都サントドミンゴにあるエスタディオ・キスケージャの裏の空き地では、非公式の代理人が少年たちに打撃練習させていた
小島 そういうこともあって、いわゆる「早熟、早熟、早熟」なんです。ただ、そういう選手が長く活躍したことって、ほとんどない。聞いた話ですけど、ドミニカでは「女の子が生まれたらすごく邪険に扱われる」って。
中島 いつぞやの中国みたいな話ですね(苦笑)。
小島 そうなんですよ。で、遊びがないから道端で野球をやる。そのなかには100メートルを裸足で、12〜13秒で走る子もいるんですよ。裸足ですよ? そういうのがごろごろいるんです。
僕がスカウトになった2000年ごろ、日本には150キロのボールを投げる子はあまりいませんでした。そういう子が日本で出てきたら、「150キロを投げる高校生がいた!」ってものすごいニュースになりますよね。当時一緒に活動していたドジャースのスカウトにそんな話をしたら、「ドミニカに行ってこい」って。「ドミニカに行って木を蹴っ飛ばしたら、150キロを投げるやつがバババババと落ちてくる」というんです(笑)。
ドミニカは貧しいながらも、極端にいったらそれくらい生死を懸けてやっているんですよ。だから、投げ方なんかどうでもいい。とにかく相手バッターを抑える、アウトにする、バッターなら打つ。それだけできれば、投げ方や打ち方なんか関係ないので。ある意味、メンタル面がそれくらい研ぎ澄まされているなかでやっているから、とんでもない選手が出てくるんですよ、たまに。数字的にいま、メジャーリーグにいる選手の十数パーセントがドミニカ人になっていると思うんですよね。
中島 去年の開幕時点では82人で、国籍別では2番目に多かったですね。
小島 今年はアメリカ国籍以外で、過去最高みたいですね。日本は8番目か9番目でしたよね?
中島 そうですね。ちょっと悲しいですね。そのドミニカに次いで多いのがベネズエラです。ベネズエラで面白かったのは、メジャーと契約できる16歳以下の子を育てるアカデミーが10年前くらいからでき始めたそうです。
小島 メジャー各球団のアカデミーがドミニカにできてから、ベネズエラとかにアカデミー設立の流れが移っていくんですよね。
中島 はい。国内のアカデミーはメジャー球団に選手を送り込めば契約金の10〜30%くらいが入ってきて、そのおカネで全部運営を回している。選手はおカネを一切払う必要がなくて、ご飯や住居など全部ついてきます。要は、プロのアカデミーと同じことを14、15歳くらいからやっているわけです。
小島 養成ですよね。
ベネズエラ全国から将来有望な10代の少年を集めたAQスポーツエージェンシーには、毎日のようにメジャーリーグのスカウトが視察に訪れる
中島 国内のアカデミーでは野球の練習だけでなく、英語も教えています。一方、日本人の場合は“英語の壁”がありますよね。
小島 ぼくはよく、比較対象でテニスの錦織(圭)選手のことをいいます。彼は島根でトップ選手ではなかったけれども、うまいほうの選手だと見初められて、IMGに行きます。IMGはまさにそういうところですよね?
中島 はい。アカデミーがフロリダにありますね(NewsPicksに参考記事)。
小島 英語の勉強もするし。日本にそういう機関がないというのは、弱点でもあるんですけど。いまは翻訳機とか出てきて、「もう英語を勉強する必要性はなくなるだろう」とかいわれていますけど、そんなのはたぶん何十年も先の話で、語学学習は必要だと思うんですよ。
よく、「メジャーリーグの日本人選手はなんで英語をしゃべらないんだ?」って聞かれるんですけど、「しゃべれないから、しゃべらない」っていうことなんですね。まあ、しゃべれる選手はしゃべれるんですけど、表でしゃべらない。それでイチロー選手なんかも、「間違ったら嫌だ」と記者会見では通訳を入れているらしいんですよね。結構しゃべれるらしいんですけど。でもご存じのとおり、中南米の選手が記者会見をメジャーリーグのなかでやると、まともにしゃべっている選手はいないんですよ。
中島 発音などはうまくないですよね。でも、伝わればいい。
小島 結構活躍している選手は、インタビューでもちゃんとしゃべっているという印象があります。
中島 ぼくは25〜30歳までスコットランドに住んでいましたが、テレビやラジオのインタビューに出てくれといわれたことがあります。正直大した英語力ではないので恥ずかしいですけど、“しゃべって笑いをとれば、こっちのものだ”というくらいの軽い気持ちで楽しむようにしていました。
小島 そうそう、自分の言葉でしゃべれば、なんでもいいんですよ。
*明日に続きます
(バナー写真:Chung Sung-Jun/Getty Images、文中写真:龍フェルケル)