複数のメディアが「フィジェット・スピナー」の発明者はキャサリン・ヘッティンガーだとする記事を公開した。だが、それは真実ではない。

ある無名の発明家のアイデア

現在流行しているおもちゃ「フィジェット・スピナー」は、指先に乗るプロペラのような形をしており、ベアリングで支持されたブレードが回転する仕組みになっている。人によって感じ方は違うが、これが回るのを見ていると、何となく魅了されたり、あるいは逆にイラついたりもするようだ。
スピナーで遊ぼうとは思わない人々にも、このおもちゃはひとつのストーリーを提供してくれる。つまり、街の無名の発明家がすごいアイデアを思いついたにもかかわらず、それがやっと売れたときには、すっかり蚊帳の外だったという、ありがちな話だ。
こうした物語には、不思議な説得力がある。今回のように、まったく真実ではなくてもだ。
ここ1週間ほど、ガーディアンやニューヨーク・タイムズを含む多くの報道機関が、フロリダ州オーランドに住むキャサリン・ヘッティンガーという女性こそ、フィジェット・スピナーの発明者であると報じてきた。
ヘッティンガーは、この人気のおもちゃを作る企業のいずれにも関与しておらず、ガーディアンの記者に対して、自分は経済的に困っていると打ち明けた。
報道機関の取り上げ方は、ニューヨーク・ポストの見出しを担当した記者がうまくまとめた解釈を軸に、ほぼ同じ論調に収束した。その見出しは「フィジェット・スピナーを発明した女性、何ひとつ与えられず」というものだった。

1993年に出願された特許の中身

62歳になるヘッティンガーは、化学エンジニアとしての教育を受けた人だが、自分は昔からずっとアマチュア発明家だったと語っている。
彼女が最初に取った2つの特許は、テーブルマットに関するもので、いま食べている食べ物の重量を知らせてダイエットの管理に役立つという発明だった。そして、1993年に3番目の特許として出願したのが、一片のプラスティックから成形され、指先で回転する円形のデバイスだった。
その特許出願書においてヘッティンガーは、デバイスの形状を、アメリカ合衆国議会の議事堂に似ていると表現した。あるいは風変わりなフリスビーか、UFOのおもちゃと言ってもいいかもしれない。ともあれ、彼女はこれを「高速回転(スピン)するおもちゃ」と呼んでいた。
ヘッティンガーが出願した特許は、1997年に認められた。そしてヘッティンガーによれば、倒産した看板製造業者から買い取った機械を使って、自宅の洗濯室でこのデバイスを作り始め、アートフェアなどで売っていたという。
また、各地のおもちゃ見本市にも足を運んだし、アメリカの大手玩具メーカー、ハズブロにもこのスピナーを売り込んだ。同社は市場テストを行ったものの、最終的には契約に至らなかったと、ヘッティンガーは言う。この件に関して、ハズブロはインタビューの要請に応じなかった。

ウィキペディアの「誰か」の記述

権利者が特許を維持するには、定期的に料金を支払う必要があり、ヘッティンガーは2005年、高速回転するおもちゃの特許を失効させた。
それから10年以上を経た2016年、指の上で高速で回るおもちゃがヒット商品になった。高速で回転することを別とすれば、この現行世代のスピナーには、ヘッティンガーのおもちゃとの共通点はほとんどなく、回転機構もまったく違うものを用いている。
にもかかわらず、この4月に誰かがウィキペディア(英語版)に、フィジェット・スピナーのページを作ったとき、そこにはヘッティンガーを発明者とする記述があった。
ウィキペディアにそのようなページがあることを初めて聞いたとき、ヘッティンガーは、自分の友人の誰かがそのページを作ったに違いないと考えた。だが、あちこち聞いて回っても、自分が作ったと認める者はいなかった。
やがて、報道機関の記者たちが電話をかけてくるようになり、彼女は自分がどのようにしてスピナーを発明したかについてのストーリーを、よろこんで語って聞かせた。
ウィキペディアのページ以外には、自分が作ったプラスティック製ディスクと、現在大人気のフィジェット・スピナーの間に直接的な関連があることを示す証拠は何もないと、ヘッティンガーは認めている。
また、フィジェット・スピナーに自分の特許が適用されるかどうかについても、特に意見を述べるつもりはないという。「それは弁理士に電話してもらわないと。わたしにはまるで見当もつかないので」

特許保護の背後にある考え方

ブルームバーグは、高速回転するおもちゃに関するヘッティンガーのアイデアについて、特許専門家2名に意見を求めた。専門家たちは、目下流行中のおもちゃとの関連性を認めるのは難しいと判断した。
知的所有権を専門とする法律事務所マーチャント&グールドのパートナー、ジェフリー・ブレイクは「書類を見た限りでは、この特許が現在市販されている製品をカバーするとは思えない」と述べた。
ヘッティンガーは、この結論に異議を唱えなかった。「わたしが発明者だと言われている、というだけのことです」と、ヘッティンガーは語っている。「それも『ウィキペディアによれば』とか、そういうレベルで」
「spinning toy(高速回転するおもちゃ)」を検索語にして特許検索を行うと、ヨーヨーから「液体を散布する部分を持ち、プロペラで浮き上がる飛行おもちゃ」まで、多様な発明品を対象とした数千件がヒットする。なかには、1世紀以上前にさかのぼる日付のものもある。
これらの中に、現在のフィジェット・スピナーに適用されうる特許はあるのか、またあるとすればどれなのかは確認できなかった。そして、このおもちゃの本当の発明者の名前も、いまだにわからない。
ただ、仮にヘッティンガーの特許が現在のスピナーをカバーしていて、彼女がそれを2005年に失効させなかったとしても、2016年からブームになり始めたスピナーの売り上げの一部を請求する権利は得られなかっただろう。
ヘッティンガーの特許は、付与から17年後の2014年に期限切れを迎えていると、ブレイクは言う。これは、特許保護の背後にある考え方によるものだ。
発明者は、商品化の独占的権利を得て発明品を世間に公表するが、恒久的な独占を防ぐため、その権利は一定期間後に消失することになっている。「特許システムは狙いどおりに機能したわけだ」と、ブレイクは述べた。

個人発明家や小規模企業と特許

個人発明家や小規模企業は、有効な特許があっても安心はできない。おもちゃのような、比較的簡単に商品をコピーして販売できる製品を作っている場合は特にそうだ。まったく正当な主張をしている人々にとっても、訴訟手続きは厄介なものになる。
「手続きにかかる費用と時間を考えると、個人の発明家や小さな企業にとっては容易なことではない」と指摘するのは、知的所有権関連の企業コンサルタント、シェルパ・テクノロジー・グループのシニアディレクター、マーク・ゴバーだ。
ゴバーによると多くの発明家たちが、そうした問題を自分では扱いきれなくなり、結局大きな企業の言いなりになってしまうという。
やはり落ち着きのない人々向けとして、突然ヒットした別のおもちゃ「フィジェット・キューブ」の場合、発明者のグループは、自分たちでこのおもちゃを生産しようと、キックスターターで640万ドルの資金を調達したが、最近になって、自分たちで作るのではなく、ズルー(Zuru)と呼ばれる会社にその権利を与えることを決めた。
「このライセンス契約によって、偽造品や模造品と法律的に戦う能力が向上し、わたしたちの受ける恩恵が増したのは間違いない」と、発明者のひとりであるマーク・マクラクランは言う。
ヘッティンガーも先日、キックスターター・キャンペーンを立ち上げた。自分のスピナーを製造するメーカーへの支払いの一助にしようとしてのことだ。
プロジェクトの説明文は「ウィキペディアは、キャサリン・ヘッティンガーを最初の発明者と認めている。これを『クラシック』と呼ぶ理由は、そこにある」という文章で始まっている(NP注:ヘッティンガーの製品名は「クラシック・フィジェット・スピナー」)。
また、ヘッティンガーはiPhone向けアプリの開発にも取り組んでいるが、その内容は明かさなかった。アップストアの中で際立ってみせることがどれほど難しいか、よく知っているからだ。
彼女は、こうして新たに得た有名人の地位が、少しは役に立つかもしれないと考えている。「この一件のおかげで、騒ぎがある程度収まったあと、これまでよりずっと多くのコネクションが作れるのは間違いないでしょう」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Joshua Brustein記者、翻訳:水書健司/ガリレオ、写真:alexsalcedo/iStock)
©2017 Bloomberg News
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