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最近考えていることを、佐々木さんにうまく聞き出してもらいました。僕はいろんなことを自分の感情を起点にして考えます。
楽天の強さはコミュニティの強さ。有名人は物を介在しないコミュニティでもうまくマネタイズできる。堀江貴文イノベーション大学校は上手くいっている。だがそうでない人もモノを媒介にすればコミュニティを上手く運営できる。そんなコミュニティの集合体が楽天。スマホファーストで楽天のコアコンピタンスを力技でコピーすれば勝てると思う
佐渡島さんにはかれこれ2年ぐらいお世話になっているのですが、数ヶ月前にこんなアドバイスをもらいました。

現在やってる連載の読者数をいかに伸ばすかについてミーティングしていた時の事。僕は広くリーチする事ばかりを考えていたのですが、「1万人の薄いフォロワーを持つより、100人の濃い内輪コミュニティーを持つ方が強い」と。まさにこの記事に書いてある通り。

「ファンクラブ」と名付けるのは恥ずかしかったので、「読者グループ」という名でFacebookに非公開のグループを作りました。メンバーはまだ200名ほどなのですが、1万人のフォロワーがいるTwitterよりも、はるかに多くの感想が返ってきます。しかもそれぞれの感想が濃いい。「内輪感」があるからこそ読者も感じた事をさらけ出せる。僕も「内輪感」をより出すために、読者サイトの中だけで公開前の原稿をチラ見せしたり、原稿のカットした部分を乗せたり、図解の手書きの下絵を乗せたりしています。

数じゃなく、数x濃度なんだ、という極めて基本的な事に、やってみて気づきました。

ちなみにその読者サイトの会員は、本当の読者の方だけに限定したいので、ここにリンクを貼る事はしません。僕の書いた記事のどこかに乗っています。

【追記】ちなみに、楽天が海外で苦戦している理由は逆に「コミュニティー」に頼っているからなのかな、という気もした。

欧米の文化は、東アジアの文化ほど、内輪とそれ以外をわけない。例えば、職場の飲み会に普通に恋人や家族を連れてくる。あるいは知らない友達を連れてくる。パーティーもお互い知らない人同士を呼ぶ。で、その場で盛り上がって、飲んで、解散する。決まったメンツ、というのがない。こっちでは今でもコミュニティーの核は教会だけど、誰でも好きな時に入っていっていい。コミュニティーはもちろんあるけど、内と外を分ける境界線が曖昧。対して、日本人や中国人は、境界線がきっちり決まったコミュニティーを作る傾向がある。
佐渡島さんによる「コミュニティファースト」のコンテンツ論。佐渡島さんは誰よりも考え抜き、誰よりも実践しているだけに、言葉に説得力があります。インターネットがいい意味でクローズ化していくのは、もはや必然の流れですね。これまでが人間の生理に合っていなかったのだと思います。
コミュニティが構築される流れが変わってきている。
オフライン→オンラインではなく、オンライン→オフライン。

Newspicksも、オンライン上で毎日コメントを見て親近感をもつ→オフ会やイベントで実際に会う→周辺の人を巻き込みコミュニティが構築されるという流れで発展している。

コミュニティファーストのUI・UXという視点は興味深い。コミュニティデザインという言葉に代表されるように、人と人をつなぐためのデザインが求められてきている。
まったくもって同感。個人的な感覚でいえば、単純機能的な情報(最近僕がネットで得た情報の例でいえば、パスポートの更新窓口の受付時間)以外は、ネットの情報はホントに役に立たないのでずっと前から依存しないようにしている。そのことについて信頼できる人に聞くのがいちばん。しかも、一人の人間が生きていくのにそんなに多くの生活情報は要らない。
コルクのような工夫をすればオンラインがオフラインに近づいていく。ネットとリアルは代替関係にはない。ネットで代替できるリアルは限定的。ネットが進展すればするほどリアルの価値が上がる。
コミュニティの話。人事や組織運営に関わる方は必読かと。本内容と合わせて、下記、さとなおさんの記事はぜひ読んで欲しいし、オススメです。

http://workmill.jp/webzine/fourth01.html

昨年秋から年明けまでの4ヶ月近く、さとなおさんのラボに通わせてもらって、ラボを終えるとラボ生は4th(フォース)と呼ばれるコミュニティに所属するのですが、

このコミュニティの凄さは「ラボ」というさとなおさんあってのコミュニティをその出自として、たくさんの次なるコミュニティが立ち上がっているのに、さとなおさんから手離れしてコミュニティが自走していること。

そして、そこには年齢も立場も違う人があるテーマや目的に応じて、同じ時間を様々な形式で共有して繋がっていき、公私ともに交わっていくこと。

ぼく自身、人事を7年くらいやって、様々な組織・コミュニティを見てきたし、曲がりなりにも人事ごった煮会というコミュニティを立ち上げて、今まさにコミュニティが自走する状態を目指していて、その難しさも楽しさも感じているところです。

組織やコミュニティの自走の話は、まだまだ自分の中で言語化出来てないところが多々あり、もっと学んだり、ディスカッションしていきたいと思っています。
東北復興に関わる立場としても、オンライン×コミュニティに強く関心があります。
311直後はオンライン上はまさに東北一色になりました。が、一年も経つと盛り上がりは減り、今年の3月11日も話題になりませんでした。「東北でよかった」発言で久々に盛り上がりましたが、一過性です。
東北に観光したり移住する人をつくるには、一瞬の話題を起点として、その後も関わってもらうための、オンラインコミュニティが必要になります。
栄養指導では人によって反対のアドバイスをすることがあります。毎日牛丼屋の若手社員には『もっと野菜を摂った方がいい』と言いますし、頑なに肉類を食べることが身体に悪いと信じている老人には、『血管を作るには動物性たんぱく質が必要。脳卒中予防には肉類を食べた方がいい』など。

これは特に矛盾しているわけではありません。

かつて柄谷行人が『他者』という文脈を共有しない人について語ったり、宮台真司がお互い交じわらない人間関係、『島宇宙化』を憂いたように、居心地の良いコミュニティの外でやれる能力というのが、知識人達のテーマだったような人だった気がします。

そして現在、高宮さんや佐渡島さんが改めてコミュニティの有用性を語っているのが面白い。これはある種の揺り戻し現象でしょう。会社という「大きな心の拠り所」の機能も相対的には低下していますし、『自作の心の拠り所』を作るスキルが今後は必要になっていくのかもしれません。
「最近はアーティストの中でも、『ファン以外には自分の本気のパフォーマンスは見せたくない』ということで、テレビ出演よりライブを優先する人が出てきていますが、これは今までにない概念です。」(記事引用)

20代の時からずっと聞き続けているアーティストに山下達郎がいるが、彼はラジオパーソナリティはしても、テレビにはいっさい出演しない。完璧主義的なアルバムの創りこみと、ライブでのパフェ―マンスの高さが魅力だ。自分のファンに徹底したサービスをする姿は、アーティスト(芸術家)というよりアルチザン(職人)と呼ぶほうがしっくりくる(実際、『ARTISAN』というアルバムも出している)。

ライブでファンを大切にするミュージシャンは多いが、アルバムで気に入り、ライブで心酔したのは、Pat Metheny、TOTO、INCOGNITOなど。特にPat Methenyは、完璧なアルバムを創り上げると、それから1年ぐらいかけて世界ツアーをし続ける。そして、1つ1つのステージで3時間ぶっとおしのライブ・パフォーマンスを披露する。ファンを大切にするそのライブ姿勢は、毎回新鮮な至福体験となる。

では、そうした感性を共有した人々とコミュニティを創りたいか? 僕はPat Methenyのディープなコミュニティよりも、さまざまなアーティストが話題になり、アートや文化と社会がどう交差するのか、活発な対話が起きるような場に身を置いてみたい。あるいはそんなコミュニケーションが自然発生するサードプレイスを創ってみたい。
この連載について
ウェブ、ソーシャルの波に続く、新たな波が押し寄せている。AIなどのテクノロジーは世界と日本をどう変えるのか。社会、思想を中心に描いたSeason1に続き、Season2では、企業と個人を中心にして、ポストウェブ、ポストソーシャルの世界を有識者とともに考えていく。