学生も教授も必死に学んでいるという環境において勉強したかった


 日本の高校を卒業後、日本の大学ではなく、学部から米国の大学に進学する道を選んだり、日本の大学に入学しても米国の大学に移ったりすることを選ぶ若者が最近、増えている。英語力の向上だけでなく、長期的なキャリアを睨んでの決断だ。日経ビジネスの10月14日の特集「世界のトップ大学〜 東大は生き残れるか」に登場いただいた米国トップクラスの大学に進学する道を選んだ4人の学生に、その思いを聞いた。共通して聞いたのは、①なぜ米国の大学を選んだのか ②「日本の大学では得られなかった(だろう)」と実感していることは何か ③日本の大学教育についてどう思うか ④大学院を目指しているか、目指す場合、どんな判断基準で選んでいるか、の4つだ。

 第3回に登場いただくのは、日本の中高一貫校を卒業し、東京大学に合格したものの、併願していた米プリンストン大学にも合格したことからプリンストン大学に進学、現在、同大学4年生の栗脇志郎(くりわき・しろう)さんだ。


栗脇 志郎(くりわき・しろう)氏
1991年東京都生まれ。父親の仕事の関係で4〜8歳まで米国東海岸に在住後、8〜12歳まで仏パリに在住した。パリではアメリカンスクールに通う。中学1年の春に帰国し、渋谷教育学園渋谷中学・高等学校の中学校に入学、2010年3月同校高校を卒業し、同年3月東京大学理科2類に合格する。だが、併願していた米プリンストン大学からもその直後に合格通知を受け取る。かねて米国の大学への進学を第一志望にしていたことから東大には入学せず、同年9月にプリンストン大学に入学し、現在、同大学4年生。(撮影:菅野勝男)

なぜ米国の大学に進学しようと思ったのか、そこからお聞かせください。

栗脇:米国の大学に進学したいと考えた理由は5つあります。高校3年生の時に日米の大学を併願すると決めた時から箇条書きにして繰り返していたので、覚えてしまったのですが、1)英語力の向上、2)友達、経験、文化面での国際化 3)米国の大学のほうが専攻の決定が比較的フレキシブル 4)勉強をするところ、という雰囲気が比較的強い 5)自分は高校時代、勉強以外の課外活動もがんばってきたつもりなので、どうせなら受験の際にそうした側面も評価してくれる大学に進学したいと思った。この5つです。

 米エール大学に進学した松本蘭さんと同様、同じ渋谷教育学園渋谷中学・高等学校で、僕も6年間、帰国生を対象にした英語の授業に出席していました。その中で、英語力をもっと向上させたいという気持ちは強かった。

しかし、中学に入るまで米国に4年強、その後5年間いたフランスでもアメリカンスクールに通っていたと聞きました。それでもまだ英語を向上させる必要性を感じた…。

栗脇:はい。帰国生向けのクラスでトップだったわけでもないし、僕の性格もあるかもしれませんが、発言も少なく、言葉もパッとは出てこない…文章ももっと書けるようになりたかった。

米国の大学のサイトには「覚悟して来なさい…」みたいな雰囲気がある

 それと、米国の大学は、受験する時に専攻を決めなくてもいい点も魅力的でした。1〜2年生の間は好きな科目を取ったうえで自分が本当に勉強したい分野を決めればいい。これは入試の段階で学部を決めなければならない日本の大学と比べ、大きな魅力でした。しかし、僕にとって何より大きかったのは、米国の大学には学生も教授も必死に勉強している雰囲気があるという点で、そういう環境の中に自分も身をおいて学問に打ち込みたいという思いでした。

 米国の大学を受験するに当たり、いろいろな大学のウェブサイトを見て受験の期日といった入試要項を調べたのですが、「ここに来る場合は楽しいけれど、勉強がいわば第一。覚悟して来なさい…」みたいなことが書いてある。日本の大学のホームページも見ましたが、事務的で、高校生に向けて書いていない感じで、「グッとくるもの」があまりありませんでした。

こうした理由から、東京大学理科2類に合格したけれども、プリンストン大学を選んだと言うことですか。

栗脇:はい。ただ、米国の大学は始まるのが9月。せっかく東大に合格したのだから1学期間だけでも通ってみたかったのですが、プリンストン大学に問い合わせたところ、一度ほかの大学に入学した者の入学は認めない方針だと聞き、結局、プリンストン大学を選びました。

厳しいルールがあるんですね——。そのプリンストン大学で3年間を終えて、プリンストン大学に進んだからこそ得られたと思うことや経験はありますか。

栗脇:う〜ん…。突き詰めて言うと、アメリカ人の友達を得たという以外は、日本なら絶対に得られなかったと言い切れる経験などないように思います。ただ、自分の中で描いていた日本の大学生活と、今の米国での大学生活を比べると、何より寮生活を経験できたことは大きいと感じています。

寮生活が大学生活のすべての基本、、、

 学部生は4年生を終えて卒業するまでは、たとえ自分のお父さんが教授でキャンパス内の徒歩5分のところに住んでいても、全員、寮に住むことになっています。授業が終わっても歩いて部屋に戻るわけで、勉強だけでなく、それが大学生活すべの基礎になっています。

 米カリフォルニア大学バークレー校などの大規模な大学だと、1学年の学生数は最低でも4000人。リベラルアーツの大学も寮生活を最大の特徴にしていますが、規模は小さい。プリンストン大学の最大の特徴は、リベラルアーツ的な要素と研究大学の両方を兼ね備えている点で、1学年の学生数も1300人と極端に多いわけではありません。おかげで3年間もいるとキャンパスに知り合いも増えて、自分自身が大学の一部だという感覚が出てきて、それが自然と勉強に打ち込めるというか、勉強に集中できる環境づくりにつながっているように思います。

 「毎週、毎日、何時間勉強していますか」とよく日本で聞かれるのですが、勉強と生活が分離していない…、そこが大きな特徴で、僕は気に入っています。

授業の面ではどうでしょうか。

栗脇:プリンストン大学の場合、1〜2年生の頃は講義型の授業が多く、教授も生徒全員に時間を割いている時間はないし、授業内容も教授に質問するより、教科書を読んで覚えることが多い。しかし、3年生になると少人数制の授業が増えてくる。するとディスカッションも増えますし、どの授業も2カ月に1回くらいはペーパーを書くので、メールを含めて教授とのやり取りや接触も自ずと増え、教授との関係が密になっていく。もちろん、教授によって個人差はありますが…。

 メールで質問する時は、だらだら長く書いても答えてもらえないことがあるので、簡潔であることが鉄則です。質問が漠然としている場合は、アポを取って会いに行きます。行く時はやはり緊張するし、言葉が流暢に出てこないこともありますが、会いにいけば必ず、それだけの価値はあったといつも思うので、自分は先生との関係構築には時間をかけている方だと思います。

 特に3年の時に取った医療保険政策の授業は、まさにオバマケア(医療保険制度改革法)をテーマとした授業だったのですが、密度が濃く、今も強く印象に残っています。学生数は11人。僕はほぼ3日に1回はメールのやり取りをしていました。ペーパーは普通、提出しても先生が成績を付けるために読んで、そのまま返ってこないのですが、この先生は下書きの段階から、「ここはもっとこう書いた方がいい」と、文法や言葉遣いまで指導して下さり、自分としても満足のいくペーパーを書くことができました。

「ライティングがうまい」とほめられたのが嬉しかった

ペーパーはどれ程の長さ、書くのでしょう。

栗脇:グラフや表を含めて20ページ以下に収めるというのがルールです。単語数にして5000くらいでしょうか。昨年は、「ライティング(書く文章)がうまい」とほめられたことが1〜2回あって、嬉しかった。

米国の大学で英語力をさらに伸ばしたいという目標を着実に達成しつつあるわけですね。アメリカ人に書いた文章をほめられるというのはすごいと思います。おめでとうございます。話を変えますが、日本の大学教育についてどう考えますか。

栗脇:中高時代の友人たちとは今も話しますが、「大学生活はおもしろいけれど、授業はつまらない」と言っていた人が多い気がします。でも最近は「このゼミに入れてよかった」とか、医学部に進んだ友人だと、「1〜2年生は暗記が多かったけど来年からは実習が増えるので楽しみだ」と言った発言を耳にします。勉強が好きな友人はあまり文句は言っていない気がするので、やはりその人の姿勢も大きく影響するのではないでしょうか。

 日本の大学も中高時代の友人から、「ゼミのメンバーで教授と居酒屋に行った」という話は聞くので、先生との関係構築は結構、日本の大学もあるのだと思います。ただ、恐らく参加するゼミは1つだと思います。それより思うのは、東大だけでなく、早稲田や上智、慶応、京大の授業に潜り込んだことがあるのですが、日本の大学の講義は時間割が硬直的な感じがしました。講義の多くは、1回120分の毎週1コマで、1学期12コマやって終わり。これでは教授が工夫する余地がない。

 プリンストン大学では、1つの授業は週3時間教えるという規則があります。よって、週3回1時間ずつ、あるいは90分を2回にして、2回目の90分は少人数に分かれてのディスカッションをする、もしくは3時間まとめて深くやるといった具合に様々な工夫があり、その分授業が変化に富んだものになりやすいのかもしれません。

確かに…。では、最後に大学院への進学を考えているか、もし考えている場合にはどんな基準で大学院を選ぼうと考えているか教えて下さい。

栗脇:僕は今は博士(PhD)を取ろうと考えていますので、大学院に進学する予定です。ただ、大学のアドバイザーや教授には、「今、行くところをあまり考えるな。とりあえずトップ10、トップ20に全部願書を出して、受かってから考えなさい」と言われています。

トップ10か20に全部願書を出す?

栗脇:僕が学んでいる社会科学の分野なら、10校に出願するのは普通です。要は日本の大学院のように入試、試験がないからです。志望する大学院に出すのは、GRE*の点数、学部で教わった先生の推薦状を3通、自分がどんなテーマを研究していて、どの先生に師事したいか、なぜそこの大学院のPhDプログラムに入りたいのかをまとめた志望動機、それと、これも重要なんですが、学部の卒業論文やうまくかけたエッセイを各大学のアドミッションオフィスに提出するわけです。