【求人掲載】楠木教授が聞く「賢者の盲点」を衝く戦略ストーリー

2017/3/24
企業および個人向けの決済プロセスの煩雑さに着眼したネットプロテクションズ。決済サービスにおいて「後払い」という新しいモデルを持ち込み、累計利用者数1億人、年間流通額1400億円の怪物サービスを生んだ。一見すると、参入障壁は低いように見る。しかし、そこには持続的な競争優位をもたらす「賢者の盲点」があった。同社代表取締役社長CEOの柴田紳氏が一橋大学の楠木建教授に語る競争戦略とは何か。

「丸ごと非連続」だとイノベーションは受け入れられない

楠木:決済の「後払い」サービスとは、随分と地味な分野にフォーカスしましたね。参入障壁も低そうで、それ自体ではいかにも儲かりそうにない。にもかかわらず、業績は急成長中だと聞いています。そこには面白い戦略ストーリーがあるに違いない。僕の大好きなタイプの商売です。 
柴田:決済は、業種や規模を問わずすべての企業に共通して存在する業務ですよね。でも、みなさんは共通して、自社のコア業務ではないからムダがあったり、スタッフの不満がたまっていたりすることに気づいていても後回しにする。だとしたら、決済の課題を丸投げできる事業者があれば、重宝してくれるのではないかと考えたのです。
楠木:「後払い」というモデルを着想した経緯は?
柴田:単純な決済代行サービスでは、体力のある大手が先行していますから勝てるわけがない。独自性を模索していた中で「後払い」というモデルに目をつけたのです。
後払い自体は決して新しいものではありません。ネットが普及していなかった時代のカタログ通販では主流で、商品が届くとダンボールの中に振込用紙が同封されていて、銀行やコンビニ、郵便局で支払う方法が決済のメインでした。
でも、ECで後払いはなかった。私たちがサービスを始めた2001年はネットバブル崩壊後で、タイミングとしては最悪。ですが、ECの成長は確実だと判断していましたから、慣れ親しんだ支払いモデルをECに持ち込めば、受け入れられるという自信はありました。
今はだいぶユーザーの裾野は広がってきましたが、当初は当社のサービスを利用するユーザーは、性別でみると女性が70%、年齢は30〜40代が大半。カタログ通販層に酷似していて、狙い通りでした。
とはいうものの、サービス開始から7年はずっと赤字……。黒字転換したのは2008年のことで、よく我慢したな、と(笑)。
楠木:イノベーションにおける連続性と非連続性の案配が優れていると思います。イノベーションというのは定義からして非連続なものですが、丸ごと全部が非連続だとユーザーが受け入れない。人間のニーズというのは本質的に連続的なものです。これまでのユーザーの自然な感覚をきっちり押さえないと、イノベーションは受け入れられない。
その意味で、「カタログ通販の支払い方法がECでも利用できます」というメッセージは、イノベーションでありながら、これまでのユーザーが認識していた価値との親和性が高い。そこに御社のイノベーションの妙味があると思います。
楠木建(Ken Kusunoki)
一橋大学 教授
専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書に『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』(2010年、東洋経済新報社)や『好きなようにしてください』(2016年、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と才能』(2016年、東洋経済新報社)など。

「賢者の盲点」が見事に奏功

楠木:決済というのはお金が動くので、ユーザーにとっては非常にシリアスなサービスです。いくら便利だからといっても、アナログでやってきたものをデジタルに切り替えるというのは心理的な障壁が高く、容易ではないのが普通です。そのハードルをどのように乗り越えたのですか。
柴田:とにかく使ってもらわないと意味がないので、とことん「使いやすく」にこだわりました。そこで考えたのが「会員登録不要」。つまり個人情報の入力なしで最大5万円まで買い物できるようにしたのです。
誰でもわかると思いますが、かなりのリスクです。もし代金をユーザーが支払ってくれなかった場合、当社が商品代金を肩代わりしなければなりませんから。
楠木:それだけ見ると、いきなり与信枠を与えてしまうということで、これまでの業界の通念からしてあり得ないことですね。
柴田:はい、でもそこは楠木さんの著書『ストーリーとしての競争戦略』に書かれている「賢者の盲点」です。一見非合理に見えても、全体をみると合理的な戦略を賢者の盲点を衝くと表現していますよね。
楠木:その辺が優れた戦略のおいしいところ。僕の大好きな話です。
柴田:(笑)。当社が狙ったのも「賢者の盲点」。素性もわからない人に審査なしで5万円分の買い物をさせるなんて当然こわい。企業側としたら、疑わしい人を排除して、しっかりお金を払ってもらえそうな人だけを対象にしたほうが安心だし、短期的には利益が出やすいでしょう。だから、会員登録制にしたくなる。
ただ、それではスケールしません。使い勝手が悪ければ、今の時代、すぐにネットでたたかれてユーザーは広がらない。一度我慢して使ってくれても満足度は低いから2度目はない。
そこで当社は、当時の株主から怒られながらも、ひたすら新規顧客とリピーターを増やすために「疑わしきは罰せず」で敷居を低くしてきたのです。
払わなかった人は「未払いリスト」に登録されて次回は使えませんから、代金をもらいそびれても1回だけで済む。これを「やられた」と思わずに、未払いリストを作る良いきっかけと考えたわけです。目先は会員登録制のほうが、メリットがあるかもしれませんが、長い目、全体でみると会員登録不要にしたほうが勝ち目はあると思ったのです。
楠木:要するに、実際にお客さんにアクションを取らせて、そこから事後的にブラックリスト(未払いリスト)を作っていくような「クレンジングビジネス」だ、と。
柴田:そうですね。当社のサービスは現在月間で250万人が使っていますが、7割以上が過去に1回以上使ってくれたリピーターです。リピーターが増えることで未払い率もどんどん減っていきますから、戦略としては奏功しました。
楠木:言われてみればその通りですね。絞ることをせずに最初は間口を広くして、利用してもらうことによって事前の登録よりも精度の高い顧客データベースを作っていく。実に面白い。

競争を回避する究極の戦い方

楠木:ユーザー側の利点を聞いてきましたが、利用する企業側はどのような価値を感じて増えてきたのですか。
柴田:「面倒な処理を代行してくれるから」です。eコマースは軽視できない成長率ですから、ネット経由の販売量がどんどん増えていく。そうすると、後払いの処理の面倒さも増してきますので、専門業者がいるなら任せちゃおう、と。
楠木:ネットプロテクションズが伸びるのを見た他社が当然、参入してきたでしょう?
柴田:後払いという決済が浸透したことで、5〜6年前から競合が増え始めました。ただ、結果的に撤退する企業が多かったですし、私が知らないだけで参入を諦めた企業もあると思います。
一見すると、誰でもできそうなビジネスかもしれませんが、入り込む障壁は意外に高いんです。
私たちの無謀な会員登録不要というチャレンジを決断できる企業はそうないでしょうから、ユーザビリティは私たちが常に上回る。
仮に大きな赤字覚悟で会員登録不要の後払い決済で参入したとしても、私たちが地道に作成し続けてきた審査のロジックをつくるまでに私たちと同じ時間がかかるでしょう。そうなれば、先行メリットのある当社のほうが力は上です。
そしてもう一つ。オペレーション力です。月間250万件もの後払い処理を効率的にミスなくローコストで行うにはそれなりのノウハウが必要です。
私たちはこのオペレーションを、(全社員の中でこのオペレーションを担当する)10人弱の正社員と派遣社員、そして外部のコールセンタースタッフで回しており、そう簡単に構築できる体制ではないと思います。加えて、それを支えるシステムは、10年以上の経験の中でブラッシュアップしてきたもの。なかなか簡単にできるものではありません。
柴田紳(Shin Shibata)
ネットプロテクションズ 代表取締役社長(CEO)
1975年生まれ、一橋大学社会学部卒業。1998年、日商岩井(現・双日)に入社し、2001年にITX入社。同年、ネットプロテクションズに出向し、2004年に代表取締役社長CEOに就任。
楠木:自分たちが何もしなくても相手のほうから正面からの同質化を忌避してくれる。結果的にネットプロテクションズは独自性を維持し、持続的な競争優位をつくりこむことができる。優れた戦略ストーリーの見本のような事例ですね。
柴田:ライバルが自社サービスをアピールすることで、後払い決済というジャンルの認知度が上がり、先行してユーザーを伸ばしていた当社に目を向けてくれるという好循環が逆に生まれました。結果的にライバルの出現は、当社にとってプラスに働きました。
楠木:ようするに「コロンブスの卵」だけでは、持続的な競争優位はおぼつかないということです。アイデアが優れているだけでは、みんな同じことをする。結果的に他社との違いがなくなり、つぶしあいになってしまう。これでは儲からない。
ところが、ネットプロテクションズの戦略ストーリーのロジックを聞くと、まねがしやすいようで、実際にやろうとするとなかなかできない。しかも、こちらの側ではやればやるほど強くなる好循環のメカニズムが組み込まれている。面白い戦略ですね。

満を持したB to B参入

楠木:B to Cだけでなく2年半前くらいからB to Bも本格的に始めましたね。典型的な例を教えてください。
柴田:お酒や食材、おしぼりなど飲食店向けに販売を行っている卸業者の決済周りを一括で請け負っています。
飲食店はまさに零細事業者なので小口請求で数も多い。未払いや遅延も少なくない。こうした企業は、今までは営業担当者が集金に行っていたようで、かなりの労力を割いていたと聞きます。
それを私たちが与信から請求書発行、代金回収まですべて代行しています。B to Bでは、このように大量・小口の決済処理が発生する企業には当社のメリットを感じてもらいやすいんです。
楠木:B to Bで企業相手であっても、支払う側は個人に近い。ネットプロテクションズの強みが生きている、と。
柴田:飲食店や美容室、工務店といった小規模な企業や自営業者への回収は手間もかかったり支払いが滞ったりして、結果として掛けで売ることができず、現金前払いでしか販売できない場合もあります。お互いが信用できなくなって、取引成立が難しい。そんな中に当社のサービスが入ることでスムーズな取引が実現するわけです。
楠木:B to Bの場合でも、会員登録は不要ですか。
柴田:必要ありません。使いにくくなりますから。

Willを尊重する組織。スキルや経験は二の次

楠木:先ほどオペレーション力を強みの一つに挙げていました。スタッフには専門的なスキルが必要な気がしますが、人材はどのようにして集めていますか。
柴田:現在、83人中60人弱が新卒社員で、中途社員でも金融業界の出身者はいないんです。極端に言えば、入ったときはみんな決済の素人(笑)。でも、そのほうが私はやりやすい。
世の中にない「アタリマエ」をつくる、イノベーションを起こすことを目指しているので、過去の経験よりも、自らゼロベースで考え行動できることが重要になってくる。
だから、必要なのは経験やスキルではなく「Will」や本質を考えられる力です。「これをしたい」「あれを変えたい」という強い気持ちと常識にとらわれずに考えられること。
なので、人材採用は新卒・中途を問わず、価値観やマインドを重視。育成戦略においては、自分の意思を壁なく発言でき実行に移せる環境づくりに力を入れています。
おかげさまで成長ベンチャーで自由度の高い働き方を望む人からは一目おかれる存在になって、優秀な人材が毎年入ってきてくれています。
この1年を見ても、中途では20代中心にシステム・セールス・マーケティングなど色々な経験を持つ人材がジョインしてくれており、今後は法務やデザインなど、事業成長に伴って必要性の増してきたスキルを持った人財もチームに加え、さらに多様性を高めていく予定です。
唯一無二の信頼のプラットフォームを活用し、社会のあるべき姿に向けて変革を起こしていく。その過程に自身のWillを乗せられる新たな仲間を、私たちは常に求めています。
楠木:組織づくりもユニークですね。非常に興味深い話でした。「eコマースの決済サービス」と聞いて、よくあるウェブサービスのベンチャーのようなペラペラの戦略を勝手に想像していたのですが、良い意味で期待を大きく裏切ってくださいました(笑)。
(文:阿部祐子、写真:森カズシゲ、編集:木村剛士)