独大手ボッシュのスピンアウトがロボット「Kuri」を開発できた理由

2017/2/23

すでにロボット会社数社が社内で誕生

今年1月にラスベガスで開催されたCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)では数々のロボットが発表されたが、なかでも注目を集めていたのが「Kuri(クーリ)」という新しいホームロボットだ。
クーリは、身長50センチくらい。小さな女の子を思わせるような外観で、家の中を自走でクルクルと回る。目の前にいる人の存在を認識し言葉を理解して、相手のほうを見上げたり、単純な返事をしたりする愛らしいロボットだ。
クーリが生まれた背景には、ユニークなポイントがある。このロボットが実は大企業の中から出現したものであるという点だ。
クーリはロボットや会社の名前からは明らかではないが、ボッシュというドイツの大手メーカーのスピンアウトである。ボッシュは自動車用部品や家電メーカーとして世界的に知られる会社だ。
同社は、数年前から社内起業を促進するために「ボッシュ・スタートアップ・プラットフォーム」と呼ばれる組織としくみを作っている。面白いアイデアを持つ社員を選抜して、見込みがあるとわかれば、その別組織に異動。そこでスタートアップのような育成を行うというものだ。
すでにこのスタートアップ・プラットフォームからは数社のロボット会社が生まれており、クーリもそのひとつである。他のロボット会社は農業に関連したもので、すでに製品化されている。ボッシュのような企業は、新しいロボットのための技術開発との相性が非常にいいという証しだろう。

社内起業向けの別組織を設ける利点

さて、このボッシュ・スタートアップ・プラットフォームには、日本企業にも参考になる点がいくつかあるだろう。
社内起業に関心を持つ日本企業も多いが、成功させるのはなかなかに難しい。ただ、シリコンバレー風の起業をそのまままねると少々無理があっても、ボッシュ流のスタートアップならば日本にとっても親和性の高いものではないかと思うのだ。
まず、起業のために会社を辞める必要がない。アイデアを見込まれた社員はスタートアップ・プラットフォームへ異動するが、給料はそこから以前と変わらず与えられる。また、事業のために投資を募る必要もなく、本社が全面的に開発をサポートする体制だ。
そのうえで異なるのは、スタートアップの手法を心得た幹部が開発を加速度的に推進することである。
大企業ならば、開発もじっくりのんびりとやれる環境に慣れてしまう。だが、このスタートアップ・プラットフォームでは、市場化を急ぐ切羽詰まった開発が求められる。何度もプロトタイプを作り、潜在顧客のフィードバックを得て、さらにそれを作り直すというサイクルを高速に繰り返すのだ。
この組織が本社からは離れた場所にあり、スタートアップ企業のようなオープンなオフィスデザインが施されている点も、大企業のリズムとは隔離した環境づくりに役立っているはずだ。
それでいて組織としては社長直轄で、迅速な動きが求められる際にはすぐに決断可能。この点も、スピード重視のスタートアップ開発の重要性をうまく把握したものだ。

資金調達の心配なく開発に集中できる

現在、クーリにはすでに数十人の社員がいる。製品の出荷は今年末の予定だが、人材確保のために新たな資金を調達する心配もなく開発に集中できるのは、このスタートアップ・プラットフォームの恩恵だろう。
もちろん、クーリが製品として成功するかどうかはこれからの展開を観察しなければ判断はできない。
だが、クーリが生まれた組織のあり方を見ると、シリコンバレー風スタートアップと従来型企業の「折衷型」というかたちが探られたことがよくわかる。
シリコンバレーのスタートアップは非常に興味深い存在だが、これを他の場所でそのまままねるのは不可能だ。ここには何十年にもわたって積み上げられてきたエコシステムがある。それをコピー&ペーストしようとするのは、現実的ではない。
しかし、そこから参考になる要素や方法論を抽出したうえで、地元の企業環境や社員の心情といったものに沿うかたちで注入することはできる。そのためには、賢明な観察と戦略が必要であることは言うまでもない。
ボッシュに似たような技術を持つ企業が多く存在する日本でも、こうしたうまい方法でいいロボットがたくさん出てきて欲しいと思うのだ。
*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子)