中国「自媒体」、ライターの新一攫千金術(前編)

2017/2/14
ネットライフの最先端を行く中国で、いま「物書き」たちに新しいビジネスチャンスが広がっている。それが、最大のSNSサービス「微信(ウイチャット)」の「公式アカウント(公衆号)」などを利用した情報発信だ。一人ひとりがメディア化し、読者に対する影響力をマネタイズする仕組みで「自媒体(セルフメディア)」とも呼ばれている。
いままで中国社会のなかでどちらかといえばビジネス的には勝ち組に入れなかったライターやジャーナリストなどの「物書き」のなかには、この自媒体に参入する人たちが相次いでおり、収入を数倍、数十倍に増やす人も少なくない。
ネット上で私生活を動画などで伝えて多くのフォロワーを獲得する若い女性たち「網紅(ネット著名人)」ほどの派手さはないが、メディア不況が広がる中国のなかで、実力を持て余す書き手たちにはサバイバルと一攫千金を兼ねたチャンスが到来している。
筆者は、中国南部の広東省広州市で、この「自媒体」をスタートさせ、成功させている作家の女性に面会し、そのビジネスモデルを詳しく聞くことができた。

世界で最も進んだ中国のネットライフ

まず、最初に中国のネットライフについて説明しておきたい。
中国ではいまやネット人口が米国全人口の2倍にもなる7億人に達しており、スマートフォンの普及率もきわめて高い。そこに、「支付宝(アリペイ)」や「微信支付(ウイチャットペイ)」という携帯端末での決済サービスが、ネット利用者の5割以上という高率まで一気に広がったことから、スマホ一体型のネットライフがあっという間に確立してしまった。
情報の入手から買い物、連絡、仕事まですべてスマホで行ってしまうという点では、少なくともアジア、あるいは世界のなかでも、中国の都市住民は他国の追随を許さないほど先に進んでしまった感がある。
その中国ならではともいえる、文章を書くことによるビジネスモデルが、この「自媒体」である。取材したのは公式アカウント「藍小姐与黄小姐(藍さんと黄さん)」を運営する2人組のなかの「黄小姐」こと黄佟佟さんだ。広州の喫茶店で、3時間にわたってその人生からノウハウまでを聞き尽くした。
公式アカウント「藍小姐与黄小姐(藍さんと黄さん)」を運営する2人(右側の黄佟佟さん提供)
公式アカウントのビジネスモデルは、ブログ形式の文章を発信し、それをウイチャットのユーザーに購読させること。人気を獲得してから、広告会社からの依頼で商品を推薦する記事を書き、その広告収入が収入の元になる。
黄佟佟さんらが運営する「藍小姐与黄小姐」は2014年、黄佟佟さんが元部下で12歳年下の「藍さん」こと藍品賊さんに声をかけて一緒に始めた。
黄佟佟さんは、すでに作家、ライターとして本を何冊も出しており、一定の知名度があった。1970年代生まれの「70後」の黄さんと80年代以降に生まれた「80後」の藍品賊さんがタッグを組んで、芸能、アート、ライフスタイル、消費などの文章を書く。
現在、フォロワー数はおよそ20万人あまり。黄佟佟さんはかつて出版社や新聞社で働いていたころからは「想像もつかないぐらいの収入」を得ているという。

「記者時代には想像もつかない収入」

「この自媒体に出会って、人生が変わった。本当にラッキーよ」
そう語る黄佟佟さんが「自媒体」を手がけるきっかけは、日本への旅だった。
ある大手ニュースサイトで、人気のコラムニストを何人か日本に連れていくプレスツアーが行われた。そこに2人の若い女性が参加していた。通常、こうしたツアーには、そこそこ経験を積んだ中堅以上の書き手が参加するものなので、黄佟佟さんは不思議に思い、主催者に聞いてみると、2人は自媒体を持って人気を集めている書き手なので、ツアーに呼ばれた、ということだった。
「自分にとっては、キャリアを否定されたような気持ちになると同時に、この子たちがそこまで注目される世界はなんなのか、興味がわいたのね。そのあと、これもたまたまだけど、知り合いの広告会社の友人から『今年の広告費は微博(ウェイボー)や博客(ブログ)には一切出さない。微信(ウイチャット)の公式アカウントに全部入れる』という話をきいて、これは何かが起きていると思ったのね」
黄佟佟さんは、それまでも、変化の非常に激しい中国のメディア界で生き抜いてきたという自負があった。その直感が自分に対して、「戦場を変えるタイミングが来ている」(黄佟佟さん)と告げていたのだ。

「戦場を変えるタイミング」が来た

当時、黄佟佟さんは雑誌の編集の仕事をしていたが、経営状態はあまりよくなく、転身を考えていたことも幸いした。ちょうど、昔の部下で、働いていた広告会社が倒産したばかりだった「藍さん」に声をかけたという。
アカウントのタイトルを「藍さんと黄さん」に決めたのは、色同士の組み合わせが可愛い響きを持っていて、女子っぽくてぴったりと思ったからだ。また、個性も、外交的でファッション好きの藍さんと、作家タイプで控えめな黄さんはそれぞれタイプが違っていて文章に広がりが出る。年齢も違っていることもプラスだ。そんな2人の組み合わせだからこそ、より幅広い層のファンを獲得できると考えた。
黄佟佟さんは、これまで多くの著名俳優などのスターのインタビューをこなしてきた。人物を取り上げるライターとしては業界での知名度は高かった。その黄佟佟さんが自媒体を始めたということで、すぐに読者は集まり始めた。
文章は、これまで黄さんが書いている芸能関係やシングルマザーとしての体験、一方の藍さんが得意とするファッションやライフスタイルに関するものを中心にした。それぞれの得意分野を生かす、という狙いだった。もちろん、書くだけではだめだ。ある程度のプライバシーの露出は避けられない。
例えば、今年の1月に、2人は「今年の目標リスト」を紹介した。
黄佟佟さんは「パリに行く」「10キロ痩せる」「恋愛する」「本を出す」などの10個の目標を挙げた。
藍品賊さんも、負けじと「20キロ痩せる」「お茶の飲み方を覚える」「この世界を大好きになる」などを挙げている。
どうということはない内容だが、こうした個人の内面やプライベートを語ることも、この自媒体では必須科目なのだという。

人格や内面を語らないと信頼されない

「網紅現象でよくわかるように、人格、特徴がはっきりしないと、読者は来てくれない。私の個性や藍さんの個性が大事だし、ネット時代に書き手は個性を出さないと生き残れない。好き嫌いもはっきりさせないとだめ。私は何が好きで、何が好きじゃないか、はっきり言わないと、読者は信頼してくれないの」
網紅のなかには、映画スター並みの影響力と収入を持っている人も現れ、2016年は網紅がバブルと言えるほど一つの大きな社会現象になった年であった。
黄佟佟さんらは網紅とは違うが、個人がウェブでの影響力をビジネス化するトレンドに乗っていることは共通している。
2人が公式アカウントを立ち上げると、あっという間に、広告会社から連絡が入った。
「広告を出したい。記事を書いてくれませんか」
うわさには聞いていたが、2人にはやはり意外だった。それほどまで、広告会社は、影響力のある書き手を、鵜の目鷹の目で探していることを初めて知った。
*明日の後編につづく