テクノロジー企業に投資するベンチャーキャピタルから約3億ドルの資金を集めた保険会社、クローバー・ヘルス。データを活用し、顧客の健康を維持しようと試みるシリコンバレーのスタートアップだ。後編も引き続き、医療という壮大な社会問題をテクノロジーで解決することを目指す同社の取り組みを追う。

シリコンバレー発、データで医療改革を目指す保険会社(前編)

膨大なデータから次のリスクを予測

クローバーは保険会社として、顧客から請求された保険金を支払うが、この手続きによって顧客一人一人の健康状態の変化を知ることができる。
政府の医療保険制度であるメディケアの加入者は、米国民の中でも病院に行く回数が多く医療費が高いため、クローバーは膨大なデータを蓄積することになる。
クローバーのシステムは「診察の予約を守らなかった」「処方薬を受け取らなかった」「救急救命室(ER)で治療を受けた」など、例外を見つけるよう訓練されている。
クローバーのシステムは2016年、高所から落ちて入院したある80代男性の回復を見守っていた。男性は脚に潰瘍があり、2型糖尿病を患っているため、つえを使用していた。システムはリスク予測を行い、再び落下する可能性が高いと判断した。
そこで、本社からニュージャージー州の顧客ケアチームに連絡し、男性の自宅にナース・プラクティショナー(上級看護職)が送り込まれた。
ナース・プラクティショナーは1つの問題点に気づいた。男性は夜、ベッドに入るとき、幼児用につくられたピンクのプラスチックの踏み台を使用していたのだ。ナース・プラクティショナーはその日のうちに、ベッドの横に手すりを取りつける手配を行った。

多額の出資は医療革命への期待か、過大評価か

何十ものスタートアップが、こうしたデータの力を信じ、医療に革命をもたらそうとしている。調査会社CBインサイツによれば、クローバーのようなテクノロジーを重視する医療保険会社全体には、2015年だけで12億ドルの出資が行われているという。
こうした医療保険会社にはクローバー以外にも、ゼネフィッツ、オスカー・ヘルス・インシュアランス、コレクティブ・ヘルスなどのスタートアップが名を連ねる。
ただし、Eスクエアド・キャピタル・マネージメントで医療関連ポートフォリオの管理を行うレス・フントレイダーは、新世代の医療保険会社の多くは「尊大な」雰囲気を漂わせていると指摘する。
フントレイダーによれば、これらの企業は過大評価されており、自慢のテクノロジーも既存の保険会社のものとそれほど変わらないという。「すでにデータはあらゆることに活用されている。今のところ、新参者たちが面白いことをしているようには見えない。きっと壮大な金の無駄遣いで終わってしまうだろう」
ドナルド・トランプ次期米大統領はオバマケアと呼ばれる医療保険制度改革の一部を廃止しようとしており、新旧の保険会社がパニックに陥っている。
しかし、医療政策の専門家は、メディケア・アドバンテージに変更が加えられる可能性は低く、クローバーの事業はほとんど影響を受けないと予想する。
消費者団体「メディケア・ライツ・センター」で連邦政府の政策を監視するステイシー・サンダースは「小さな変化はあるかもしれないが、弱体化することはないだろう」と話す。
政府の医療保険制度に関わるコンサルティングを行うゴーマン・ヘルス・グループの創業者ジョン・ゴーマンも、メディケア・アドバンテージは「民主党共和党問わず、幅広く支持されている」と同意する。

慎重に物事を進めるべきという教訓

クローバーは政府から毎月、メディケア・アドバンテージの手数料を受け取っている。
メディケア・ライツ・センターによれば、金額は顧客の住所によって異なるものの、慢性疾患あるいは健康的な習慣がある場合の増減を除き、顧客1人当たり平均850ドルだという。
クローバーはこの手数料から保険金の支払いと医師、病院、検査機関、薬局などへの支払いを行い、残りを利益として懐に収める。プランは、無料から月額225ドルまで用意している。こうした支払いから同社が得る金額はたいした収入にはならないと、クローバーは述べている。
医療業界は非常に規制が厳しく、決してスタートアップに熱狂をもたらすような場所ではない。クローバーも2016年に入り、10万6000ドルの罰金という制裁を受けている。
メディケアの監督執行部門から送付された文書によれば、契約外の医療機関を利用しても「無条件で保険金を受け取ることができるという誤解や混乱」を招く宣伝文句が見つかり、再三の通告にもかかわらず、是正しなかったことが理由だという。
クローバーは結局、罰金を支払い、問題の表現を訂正した。この一件は、慎重に物事を進めなければならないという教訓になった。

「医療保険はスタートアップに不利」

メディケア・アドバンテージのプランを提供する保険会社は、政府から受け取った手数料の85%を支払いに充当しなければならないと法律で定められている。その残りが保険会社の利益だ。
金融業界から医療業界に転身したガリパリCEOは、クローバーのテクノロジーは不要な入院を減らすことができると主張する。1度の入院で平均1万ドルかかるため、これが実現すれば、莫大な節約になる。
クローバーは市場の拡大を計画しており、現在はテキサス州への進出を真剣に検討している。ただし、急いでいるわけではない。
「計画を台無しにする最短の方法は、準備ができる前に実行することだ」と、ビベク・ガリパリCEOは話す。
クローバーは多額の資金を調達しているが、評価額10億ドルのユニコーン企業にはまだ届かない。非公開会社向けの株式市場エクイデートのデータによれば、5月に出資を受けた時点の評価額は約8億5000万ドルだという。
規模が小さいということは、コストが高いということだ。保険会社の場合、従業員が増えれば、医療機関との交渉力が高まり、病気の顧客に掛かるコストを吸収しやすくなると、コンサルタントのゴーマンは説明する。
「医療保険の世界では、スタートアップは本当に不利な状況に置かれている」

ニュージャージー州を看護師が往く

(前編で紹介した)バロン夫妻は玄米の良さを理解できないようだが、ナース・プラクティショナーのマクファーソンさんが働く会社には満足しているようだ。
マクファーソンさんは、バロン夫妻の血圧と血中酸素濃度を測定しながら、2人の出会いや孫たちの話に耳を傾ける。マクファーソンさんはこの日、バロン夫妻が暮らす集合住宅を含め、ニュージャージー州のあちこちに散らばる約60の家を訪れる予定だ。
マクファーソンさんはバロン夫妻に、ジムの会員になるよう説得した。すると、マルガリータさんは笑い、興味なさそうに手を振る。マクファーソンさんは律儀にクローバーのデータを更新する。2人と話した内容を入力しているのだ。
マクファーソンさんは偶然、アプリケーションの新機能を見付けた。1カ月前、サンフランシスコの本社で集中的に開発されたものだ。薬の名前を補完してくれるオートコンプリート機能と、日付順に並んでいる検査結果を種類別にソートできる新しいボタン。
入力が終わると、マクファーソンさんは顧客ケアチームにいくつかのメッセージを残す。まずは「血圧計が使いにくい」とアルフォンソさんが言っていたため、新しい血圧計を注文してほしいと依頼。
それから、マルガリータさんに関するリクエストもある。健康的な料理に関するアドバイスをスペイン語で送っておいてほしいという内容だ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Lizette Chapman記者、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:PhotoBylove/iStock)
©2016 Bloomberg News
This article was produced in conjuction with IBM.