「努力すれば誰もが一流になれる」は幻想だ
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研究者の世界にいると、どうしても才能の存在を仮定しないと、説明できないことがあります(努力はみな一様にしているので大前提です)。ここでいう才能とは、自分の得意なことの質と量です。世界のトップレベルで勝負しようと思うと、それらが他の研究者に対してどれほど競争力を持っているかを過不足なく客観的に知る必要があります。そのための第一歩として、この記事でいうところの牧野さんのように、自分の才能に気づかせてくれる存在が必要です。また同時に、自分の苦手なことも客観的に理解して、それを克服する努力が求められます。これらの両輪がないとワールドクラスでは戦えない、戦う舞台にさえたたせてもらえないことも多いです。大事なことは、主観(思い込み)ではなく客観視できているかどうかですが、これが中々難しい。いまだに試行錯誤しながら確認作業を続けています。
相対的にみると努力の成果に差は出る。
しかし、個人に着目してみると、環境次第でその個人の努力の成果も変わってくる。
優れた指導者は関わった選手について、その選手の才能を言い訳にはしないのでは。
優れた指導者が率いるチームは、レギュラーだけではなく、控え選手の成長度合いもかなりのものです。
誰もが一流にはなれないのかもしれませんが、じゃあ指導者はその選手が到達できる一番先まで導けているのか?、を自問自答すべきかと。
それと為末大さんの言葉ですが
「義務は無邪気に勝てず、努力は夢中に勝てない」「これが私だから」という理由で努力すれば自己実現サイクルがまわり、「あなたが望むから」という理由で努力すれば対人調和サイクルがまわるのでそれらにより充実感や自己肯定感が得られ仕事が楽しくなります。前者のやり方は客を選びますが理解者には絶賛されますし、後者のやり方は多少もやもやするかもしれませんが客を選ばないのが強みです。どちらのタイプもお勧めのやり方を事前に提案し十分説明をすることにより心をひとつにしておけば自己実現と対人調和の両サイクルがまわる可能性が高まり更に楽しい仕事になると思います。