【プロピッカー・中野克平】“傍流”がつくる新しいメディア

2016/12/31
11月からプロピッカーとしてコメントしている、MITテクノロジーレビュー編集長の中野克平と申します。
MITテクノロジーレビューは、1899年に創設された世界で最も歴史が長いマサチューセッツ工科大学のテクノロジーメディアである「MIT Technology Review」の日本版として、2016年の10月にスタートしました。
英語記事の翻訳だけでなく、オリジナル記事も制作しており、NewsPicksと同じ有料購読制のモデルとなっています。また、今後はテクノロジーをテーマとしたカンファレンスやイベントも積極的に行っていきます。
皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。改めて、これまでの取り組みと今後どんなコメントをしていきたいのかについてお伝えできればと思います。

出版社で働くきっかけ

私のこれまでを振り返ってみると、学生時代から本が好きで、出版社でのアルバイト経験もありましたが、将来的に出版社で働きたいと思っていたかと言えば、そんなこともありませんでした。そもそも、就職活動の時期を迎えても「何で働かなくちゃいけないのかな、働く意味ってなんだろうな」と考えて困っているような学生でした。
そんなとき、友人が朝日新聞を受けると聞いて、「それじゃあ自分も願書を取り寄せてみるか」と試しに出版部門で受けてみたところ、私だけ内定をもらうことになりました。出版にしたのは、東京から転勤したくはなかったから。ほかの企業を受ける気持ちもなかったので、ここで就活を終えることにしました。
朝日新聞社に入社したのは1995年。『AERA』などを担当するのかなと思っていたのですが、『ASAHIパソコン』というパソコン誌の編集記者を命じられました。
私は、小学生の時にマイコンが家にあるような家庭で育ったので、パソコンが好きで非常に詳しかったのですが、だからこそ仕事にしたいとは思っていませんでした。雑誌ではマニアックなことを書くわけではないですし、趣味は趣味でありたい。
かなり抵抗したのですが、ほかに詳しい人もいなかったため結局引き受け、4年ほど担当することになりました。
その中で、会社を辞めるきっかけとなったのは、当時インテルの会長だったアンディ・グローブを取材したこと。インテルの会長にインタビューをしてしまったので、「それより上がいないな」と感じてしまったんです。
そこで、ちょうど大みそかに退職することをメールで上司に伝えました。当時、メールで退職すると連絡する人間はほとんどなかったので、社内の偉い人がとても怒っていたそうです。ちなみに、もう会社に飽きてしまっていたので、「退職願」ではなく「退職通告」と心の中では呼んでいました。願っているわけではなかったですからね(笑)。
その後、2000年からアスキーに勤めることになりますが、それは昔から同社のパソコン系の雑誌をよく読んでおり、自宅から自転車で曲らずに行けるような場所にあったためです。
仕事は多岐にわたっていて、ひろゆきと一緒に本を作ったり、Winnyに関する本を作ったりして、当時のネットにおける「2つの大きな闇」を明らかにする仕事ができたと思っています。
中野克平(なかの・かっぺい)
1970年神奈川県鎌倉市生まれ。立教大学法学部卒業。朝日新聞社を経て、アスキー(現KADOKAWA)に入社。雑誌、書籍の編集、Webサイトの運営に携わり、「アスキークラウド」創刊などに関わる。2016年7月にはデザイナー、エンジニアのためのメディア「WPJ」を立ち上げ、10月には『MITテクノロジーレビュー』編集長に。

「傍流」だからできた取り組み

もともと、雑誌よりも書籍をつくりたかったので、充実はしていたのですが、当時から「このままだと『紙』は難しくなるのではないか」と感じ始め、ネット部門の立ち上げに携わるようになりました。
当時、東京の大型書店ではそれほど問題にはなっていませんでしたが、地方の小さな書店に足を運んでみると、棚に本が並んでいないことがありました。それは、本が売れないために、仕入れていなかったんです。
そのため、本の並びもバラバラ。経営が行き詰った書店では、料理の本の隣にユダヤ陰謀論の本があるような、歪な状態になっていました。さらに、地方では書店チェーンの撤退も起き始めていました。
そこで、私と部下の2名でオンラインメディアをスタート。ネット上で連載をして、それを書籍化するなど、当時としては先駆的な取り組みを進め、媒体としては、「アスキークラウド」や「ASCII.jp Web Professional」などの編集長を務めました。
こうした仕事ができたのは、私が角川ホールディングス(現KADOKAWA)のアスキーという「傍流」にいたからです。だから、ちょっと変なことをしても、大事にならないポジションなんですね。これがラノベ編集部だったら大変なことになるわけです(笑)。
私は傍流が好きで、自然とそんな道を歩んでいるところがあります。よく「起業しないのか」と聞かれることもありますが、銀行に頭を下げて借金を抱えるのではなく、サラリーマンのポジションを上手く使って上司に頭を下げた方が良い。メディアを立ち上げると数年は必ず赤字ですが、それを個人の借金として抱えたくはないです。これが大企業に属することのメリットだと思います。
『プロジェクトX』を見ていても、本流の人たちは出てきませんよね。みんな思いを持った人が始めたことで成功したケースばかりです。日本の大企業をバカにする人もいますが、そこは利点なので、もっと皆さん活用すればいいのにと思うことがあります。

MITテクノロジーレビューとは

そして2016年、MITテクノロジーレビューを立ち上げることになります。同誌はアスキークラウドにも掲載しており、私自身も内容が充実していたのでよく読んでいました。
ただ、英語で文章を読むことは大変でした。そのとき、「ならば、自分で日本版をやってしまえばいいのではないか」と思いついたことが、実はこの取り組みをスタートする一つのきっかけになりました。
また、これまで海外のテクノロジー系のメディアの日本版はいくつも立ち上がっていましたが、その多くは西海岸側のメディアです。
それらは、「iPhoneとAndroidどっちがいいのか」といった製品レビューなどの話題が多いことから、モノを売ることにもつながるため広告モデルとも非常に相性も良かったんです。ただ、いまさら広告モデルだけのメディアを日本で新しく展開することに意味はないなと感じていました。
MITテクノロジーレビューは基本的に製品レビューではなく、私たちの世界に対してテクノロジーがどういう影響を与えているのかについての理解や知見を提供するメディアです。
世界中の研究者やリーダー、イノベーター、経営者などが読者層とつながっており、物事における海外からの視点が良くわかります。
例えば、日本では「シンギュラリティ」という言葉が独り歩きしている傾向がありますが、アメリカとは全然理解の仕方や文脈が違います。実際、同誌でも「数十年後にそんな未来はこない」と指摘しています。つまり、日本だけの情報では、そうした観点が欠如していることがあるわけです。
また、日本でも大学や企業が優れた研究はしていますが、どうしても日本国内でとどまっているケースも多い。そうした取り組みを取材し、コンテンツとして掲載することで、世界に対して日本発のテクノロジーや研究を伝えることができます。
MITテクノロジーレビューなら記事が国際配信される可能性がありますから、世界中の研究者や経営者らに対するアピールにつなげられるのです。実際、いま国内の研究所や研究者のコミュニティにコンタクトしているのですが、「国内だけにとどまっていてはダメだ」という問題意識は共通しています。
ただ、どうやって世界に出て行くのか、その方法が分からない。そこで、私たちはMITテクノロジーレビューという世界に通じるブランドを上手く活用して日本の価値を伝えたいと考えています。

“最適なメディア”をつくる

こうした取り組みが必要なのは、日本において世界に通じるメディアブランドがないことが原因でもあります。「朝日新聞です」「読売新聞です」と言っても通じないですが、「MITです」と言えば、世界が理解してくれる。
日本経済新聞も、フィナンシャルタイムズを買収したことで注目を集めましたが、あくまでオーナーであり、ブランドとしては認知されていません。その意味で、NewsPicksも少なくともアジアの人はみんなが知っているようなメディアになってほしいと思っています。
今後も、MITテクノロジーだけでなく、書籍やネットといった枠にもこだわらず、最適な形で情報をパッケージングして読者に届け、ビジネスとしても回る仕組みに挑戦し続けたいと思っています。
私がここ数年で感じている興味深い現象としては、読者が書店に足を運ばないだけでなく、Amazonでも本を買わなくなってきている傾向です。それは、本という一つのまとまった価値ではなく、自分の知りたい情報だけが欲しいという流れが生まれている。つまり、300ページの情報に2000円は払いたくない、「この一章だけが欲しい」というように、情報の摂取の仕方が変わってきているのです。
すると、これまでの本というパッケージのあり方だけに固執すると難しい。そこで2016年7月に立ち上げたデザイナー、エンジニア、マーケターなど、Web/デジタル業界で働く人向けのオンラインメディア「WPJ」でも、ネット上で学び、スキルアップできる有料課金制のモデルに挑戦しています。
プロピッカーのコメントとしましては、引き続きインターネットやテクノロジーが中心になると思います。また、テクノロジーの状況については日本と海外では情報のギャップが大きく、反応も異なること多い。
例えば、日本ではiPhone7やMacBookProが発売されたときに好意的な声が目立ちましたが、他国では厳しく評価する声が上がりました。そうした観点からも、コメントもできればいいなと考えています。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。