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伊佐山さんファンだけど、アップにするとちょっと老けてる、がっくし
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最近はますます自分の常識が、世間の非常識を感じることが多くなりました。ベンチャーへの投資も、大局観を見誤ると失敗します。自分の人脈を絶えず見直し、広げてゆくことで、世間の動向を正しく知ろうとする意識と努力がますます大切だと感じています。
多様性と、既成概念に捉われない柔軟さが社会を変えて行くと僕は思っています。僕が今東京都で取り組んでいる、「東京をアジアナンバー1の国際金融センターとして復活させよう」というプロジェクトも、既得権益側にしてみればシマを荒らされるという感覚になってしまいがちですが、それでは社会全体のためにはならない。フィンテックなんて、既成概念を覆すところに意味があるのですから。仲間内で群れていると、外の世界が見えなくなるというのは、ITベンチャーでも銀行業でも同じこと。外の世界に目を向けて、他の業種を含め、社会全体のイノベーション中で自分たちも活躍できるように考えるべきです。
他のピッカーの方も指摘されているポイントですが、「インテリやエスタブリッシュの常識が、明らかに実態からずれ始めている」という論点は非常に重要だと思います。

政策を作る政治家や役人、商品/サービスを作る企業、教育を提供する役所や教える側の認識が、近年ずいぶん実態からズレて来ていると感じます。

その根底にあるのは、伊佐山氏もアメリカの現象としてあげている「富裕層と低所得者層は、‥‥国境が断絶していると言ってもいい。」という格差の問題です。
経済力や消費の格差だけでなく、価値観や倫理観や快/不快の官能の格差にも繋がっており、同じ人間/国民/消費者としての「共感が不成立」になっていることは、ビジネス的な困難にとどまらず、社会の分断と不穏な世相に繋がります。

そうならないためにも、ITを活用した新しい製品/サービスが分断を促進するのではなく、協調と共感を育むものであるべきであり、またその点がこれからのビジネスの成功の鍵になると考えます。
「セグメンテーションから、ユニバーサライゼーション」は戦略上の新しい潮流になると考えます。
私もかなり多様性をもった付き合いをしようと心がけています。
多くの人が言う多様性は横の多様性なんですよね。例えば、ビジネスの世界にいる人が、政治、行政、アート、アカデミックなどの世界にいる人と関わる多様性。ダボス会議とかに来る人々を指して「多様な人々だ」というようなもの。もちろんこれも一つの多様性です。

でも、特に政治などにおいて、周りの常識=世間の非常識という状態を壊すために大切にするべきは縦(語弊はありますが)の多様性で、それは社会階層とかをまたぐことを意味していて、例えば都内私立→一流大学→一流企業に行ったような人が、地方の元ヤンの人たちと定期的に交流することです。それが出来ている人はほとんどいないと思っていますが、僕は可能な限りそうありたいと思っています。

横の多様性が創造性の源だとしたら、縦の多様性は民意感覚の源だと思っています。そして、後者の多様性が担保されない限り、この社会もっともっと切り裂かれていくんだと思います。
トランプ現象に象徴されるように、インテリやエスタブリッシュの常識が現実からずれ始めている昨今。「同業者だけで群れる人は危うい」と伊佐山氏は説きます。たしかに、示される事例はなかなか説得力があり…。メディアの世界にいると、比較的多様な人々と話をしやすいですが、それでも足りないのではないかと自省させられます。
なんども、そうだなぁ、とうなずいてしまう記事。

記事より:”たとえばFacebookでは、アルゴリズムがどんどん、自分の興味に近い情報をレコメンドしてくれます。もしくは、自分と似た立場の人間が、考えをポストしています。いずれも自分に興味のある情報なので、個人の幸せ度合いは上がりますが、情報量は狭く深くなっているのです。”

昨今の大きな問題。
結局、聞きたい情報、探したい情報にしか触れなくなって、似た者・物の考え方がどんどん凝縮されていく、という。本当に、結果、どんどん知見は狭くなっているのだと思います。

ITの人はその世界の人で群れる、確かに。それでもシリコンバレーでは多様性を組織、考え方に入れるということが常に考えられていると思います。

ちょっと話はずれますが、先日スタンフォード大学のあるプロジェクトに応募したとき、グループにはコンピュータサイエンティスト、エンジニアなどばかりが集まっていました。なぜ私に面接したのかと聞いたら、性別含めて全く異なるバックグラウンドの人を取り込みたいから、と。同様の人が集まることで、問題の本質や広がる可能性に気がつかなくなることがあるのだと。この記事にあるような最近の体験でした。
伊佐山さん節第2回、赤線引きたいところたくさん出てきますね。本文読みましょう。
「今の状況が未来永劫続くことはありえず、変化できない人が損をする。テクノロジーの進歩により変化のスピード自体も年々速くなっているので、「変われない」といって逡巡している人が、完全に取り残される時代になったと考えています。」

「インテリやエスタブリッシュの常識が、明らかに実態からずれ始めているとも言えるでしょう。」

「だから、交友関係と情報ソースを多様化する努力を続けないといけない。自分の一次情報を大事にしなければいけない。」
少し見出しに引っ張られている印象。それよりは個人的には下記部分のほうが重要だと感じだ。ハードに関しての知見は、もちろん様々なものがあるし、自社でやらなくてもEMSにやらせるためのAppleの知見などはすさまじいものがある。そうはいっても、製造業全体の知見で日本はまだ強いものを持っていると思うし、そこを維持するためには物量や産業チェーンは重要だからこそ、ハードでもまだまだ頑張ってほしいと、個人的にはとても思う。
見出しに関連するところでは、個々人では別にいいのでは、と思う。自分がしたくないのにわざわざ異業種の人に話しかけても、逆に相手からして何のメリットがあるのか?それよりはまず自分がやっていることをしっかり説明できるレベルにすることが、当たり前だが重要だと思う。そうすれば、相互にメリットがあるようなものであれば話が自然と回ってくるものとも思う。あとは、会社であれば、異業種の人と話すのが好きな人もいるわけで。「好きこそものの上手なれ」で、好きでもないことを全員がやらなくちゃと思うことのほうが違和感を感じる。そこにも多様性があるべき。
むしろ、個々人としてはあとは同業者だけでなく、吉田さんが指摘されている「同質者」の方が重要だと思う。特に、Facebookなどのアルゴリズムや習慣的な情報摂取で情報は偏りがち。偏ったからって修正をできるわけではないが、偏っている可能性があるという認識はしたほうがいいと思っている。そのうえで、異なる人と付き合いたいというのであれば、目的に応じてやればいいのではと思う。
『よく、「ソフトウェアがすべてを飲み込む」と錯覚している人をシリコンバレーで見ます。しかしIoTの世界でソフトウェアが世界を変える前提は、ハードウェアがきちんと動くことです。』
心に響くインタビューです。特にこの部分がよかった
「普通なら出会わない情報や人に出会い、新たな化学反応を生むほうが、合理性の追求よりもよほど楽しいと私は思います。それが人間の強さではないでしょうか?」
この連載について
独自の視点と卓越した才能を持ち、さまざまな分野の最前線で活躍するトップランナーたち。これらのイノベーターたちは今、何に注目し、何に挑んでいるのか。毎週2人のイノベーターたちに、さまざまなテーマで大いに語ってもらう対談企画。