【特別寄稿】35年のエキスパートが語る、結果を出す変革のイロハ

2016/12/15
人材の確保や生産性向上は、あらゆる企業にとって喫緊の課題だ。それらに取り組むには「柔軟に働ける環境を整備することが不可欠だ」と、ダンクソフトの星野晃一郎・代表取締役は強調する。同社は約35年にわたって、中堅・中小企業の「働き方改革」をサポート。多くの顧客企業が働き方改革によって大きく飛躍するのを見守ってきた。そのなかから、テレワークの先駆者として知られる「コスモピア」の事例を通して、具体的な改革のプロセスを紹介する。

下がり続ける日本の労働生産性

日本の労働生産性は長きにわたって下がり続けている。今後は、少子高齢化で就労人口はますます減り、採用環境も厳しさを増すだろう。「人手不足倒産」も間近に迫る状況だ。
貴重な人材を確保し、生産性を高めることが全ての企業にとって喫緊の課題。そのために必要な取り組みの一つとして「柔軟に働ける環境づくり」が必要だと、私は考えている。
私はダンクソフトという企業を1983年に設立して以来、約35年にわたって、主に中堅・中小企業に向けて経営コンサルティングサービスを提供している。
そのなかで、顧客企業の「働き方改革」をサポートしているが、成功のカギは、ITツールを「適切なタイミングで確実に運用する」ことだと痛感している。
本記事では、弊社のお客様であるコスモピアの事例をもとに、その理由をお伝えしていきたい。

「テレワーク先駆者」に総務省が認定

コスモピアは1983年設立で従業員数約100人の中堅企業。出版物やWebコンテンツを約1200人の外部クリエーターネットワークを組織して手がけている。
社長の田子みどりさんが学生時代に立ち上げており、学生ベンチャーの草分け的な存在だった。
田子さんは働き方改革に30年前から取り組んでいる。その功績は第三者からも注目を集め、2016年11月に総務省の「テレワーク先駆者百選」を受賞した。
そのコスモピアがどのように働き方改革を実現してきたのか、歴史を振り返りながらひも解いていく。
コスモピアは、SE(システムエンジニア)やプログラマー、執筆や編集など、専門的な知識や経験を持ちながら、結婚や出産で仕事が続けられない女性たちを「テクニカルスタッフ」として組織化。
マニュアルの作成や専門的な知識を有する書籍などの制作に従事させるため、テレワーク制度を始めた。30年ほど前のことだ。
2000年代に入ると、幹部候補として期待していた女性社員が相次いで出産。育児や家庭の事情で国内外に転居する人も出てきて、優秀な人材が継続的に働ける環境づくりは至上命令だった。
そこでテレワークの対象を広げた。

東日本大震災で業務継続に危機感

優秀な女性が結婚や出産を機に職場を離れることがないようにするため――。
それがコスモピアの働き方改革のきっかけだったが、2011年3月11日に発生した東日本大震災を機に、事業継続という観点が加わり、働き方改革に拍車がかかる。
大震災の際、コスモピアではマネジャー職や基幹業務に従事する社員が交通網の混乱により出社できず混乱が続いていた。田子さんも出社できずに自宅から、取引先とのやりとりや意思決定、部下への指示をこなした。
「刻々と変わる状況下で業務を継続するためには、テレワークでスムーズに業務にあたれる環境の必要性を痛感した」と田子さんは話していた。
津波や地震によるデータや書類の喪失にも恐怖を感じたという。物理的なリスクをほとんど考えたことがなかったという田子さんは、リスク分散の必要性を感じ、1年以内に今よりも小さなオフィスに移転することを決意。
それと同時に、「全社的なテレワークを導入する」という目標を掲げた。

第1段階:ペーパーレス化

田子さんから相談を受けたダンクソフトはまず、ツールの導入前にペーパーレス化を徹底する業務改善を提案した。
企業によってさまざまな業務プロセスが存在すると思うが、どの業務においても紙文書が多い企業は業務が煩雑というのが私の持論。業務改善ができていない状態でクラウド化を図っても、煩雑さが増えるだけで終わってしまう危険があるからだ。
さらに、書類が整理されていても、整理の仕方が体系的でなかったり、重複して保管されていたりすることがある。情報共有が重要だと言いながらも、実態は情報の整理と共有を軽視する会社が大半だ。
コスモピアの社員は100人程度だが、テクニカルスタッフという共同で仕事を進める約1200人の専門家とともにネットワーク化している。この大所帯で30年近くビジネスしていれば、書類は当然、膨大にあった。
不要な紙はもちろん、紙に付随するファイリング、引き出しやキャビネットなども廃棄するアドバイスを実行。
同時に、コスモピア社内のファイルサーバーに保管されている文書データを整理し、クラウド上のサーバーに体系的に移管することで、クラウドシステム導入の前準備を整えた。
ペーパーレス化に取り組む前のコスモピアのオフィス。書類がファイルやボックスにきちんと片付けられてはいるが、必ずしも体系的に整理されているわけではなかった。

第2段階:クラウドシステム導入

大量の書類を処分して身軽になったコスモピアは、東京の青山1丁目にあった本社を半蔵門に移転した。
コスモピアは、このタイミングで、マイクロソフトが提供するクラウドサービス「Office 365」の導入を本格化させる。その目標は「情報の共有」と「コミュニケーションの加速」。
情報の共有では、まずメールとスケジュールを共有。また、「SharePoint Online」を使ってチームサイトを構築、掲示板、届け出や稟議(りんぎ)のワークフローの共有、ライブラリによる文書管理を実行した。「SharePoint Online」を使ってチームサイトを構築、
コミュニケーションでは「Skype for Business」を活用。主に用いているのはチャット機能で、社外で仕事をしている社員との連絡に利用したり、社内でも周囲に聞かれたくない性質の連絡や相談の際に利用したりする。
複数のツールを使うことは情報の分散を招く危険性があるが、「報連相」の経路が増えたことでコミュニケーションの密度が高まったという。
2015年4月以降では、テレワークを実施した社員は25人(社員数100人中)。1人当たり月平均4〜8日利用しているという。
テレワークのかたちもさまざまだ。コスモピアと弊社は共同で、山口県萩市や徳島県阿南市でサテライトオフィスの実証実験を行っている。
そうしたサテライトオフィスでの勤務(自宅以外のオフィススペースにおける勤務)や、モバイルワーク(顧客先や移動中などにおける勤務)と、同社のテレワークは多岐にわたっている。

効果を感じた4つのポイント

気になるのは効果だろう。コスモピアでは多くの導入効果があったが、ここでは代表的な4点を見ていこう。
(1)ICTリテラシーの向上
2011年以降、全社員のテレワークの実施を目指して、「Office 365」などクラウドを導入してきたわけだが、導入にあたっては研修や勉強会が必要になる。ICTリテラシー向上のための教育を積極的に行った結果、それまでICTが苦手だった社員のスキルが向上し、相対的に業務が効率化した。
(2)コストの削減
コスモピアでは、新オフィス移転と同時にフリーアドレス制も導入している。それらによって、オフィススペースを25%削減。カラー複合機も半減できたことで、結果としてオフィス賃料を50%削減することに成功した。水道光熱費、消耗品費、旅費交通費なども減少。販売管理費は3割減らすことができたという。
(3)優秀な人材の確保
出産・育児や介護、転居などを理由とする離職防止につながった。また、IT企業で専門的な業務に従事しながら育児のために退職していた人材を採用することができた。
(4)定年後の雇用
さらに創出された効果としては、定年後の雇用延長がフレキシブルになったことだ。定年退職により引退した社員が、マニュアル制作などの専門的な業務に本人の希望するペースで従事している。副次的効果ではあるが、働き方改革はあらゆる社員にとって重要だという証左ではないだろうか。
ペーパーレス化の徹底と業務改善の後、コスモピアは本社を移転。マイクロソフトが提供するクラウドサービス「Office 365」の導入を本格化し、「情報の共有」と「コミュニケーションの加速」を実現した。

働き方改革は中小企業こそ実践すべき

労働生産性の低下や生産人口の減少について触れたが、中堅・中小企業は大企業よりも少ないリソースで工夫をしながら、人材の確保と生産性向上に取り組んでいかなくてはならない。
その意味では、テクノロジーの力を大企業以上に活用しなければならないと言える。
そのためにクラウドを有効活用して、どこでも働ける環境を整えることは必要不可欠だ。
テレワークやサテライトオフィスの普及で地方にも雇用が生まれれば、都会への一極集中もなくなり、通勤時間も減る。生涯学習や地域での活動時間も増えて、一人ひとりにより豊かな日本の未来が明るく見えてくる。
働き方改革は大企業のほうが進めやすいと思われがちだが、そうではない。むしろ組織がコンパクトで柔軟に新しいことを始めやすい中堅・中小企業のほうが有利なのかもしれない。
<著者プロフィール>
星野晃一郎(ほしの・こういちろう)
ダンクソフト 代表取締役
1984年7月、有限会社デュアルシステム入社(現ダンクソフト)。1986年9月、同年7月の創業者早逝に伴い、株式会社デュアルシステム代表取締役就任。1995年12月、株式会社デュアルシステムを株式会社ダンクソフトに名称変更。新しい取り組みに積極的で、自社においても「スマートな働き方」を実践。リモート環境を整備して、東京本社以外に徳島、高知、北海道、栃木、クアラルンプールにオフィスを開設。異なる地にいてもスタッフがスムーズに連携できる体制を築いている。Office 365のユーザーであり、販売代理店でもある。
(編集:濱智子、写真提供:ダンクソフト)