【塩野誠】 20代、30代のための100歳講座

2016/12/15
2007年に日本に生まれた子どもの50%は107歳まで生きる――。「超長寿社会をどう生きるべきか」を考察した『ライフ・シフト』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著)が話題だ。超長寿社会が現実的となった今、若い世代は「よりよい100年ライフ」にどう備えるべきか。経営共創基盤取締役の塩野誠氏に、キャリア、対人関係、マネーの観点から語ってもらった。
100年と聞いて「そんなに長生きするなら、人生もっとのんびりでいいんだな」と思ったら逆です。超長寿という長い航海に乗り出すには、人生70年時代に向けた備えでは足りません。
20代、30代で、特に独身のビジネスパーソンは、時間もお金も自分のためにフルに使える今の状態が永遠に続くと思っていませんか?
結婚や家族形成など、人生前半のライフプランの時期は変わりません。若い世代は、今自由である時間とお金を、いかに活用するかが問われるのです。
若いビジネスパーソンが身につけておくべきことは、仕事に対して本気を出して取り組み、自分の限界を知っておくことです。
受験戦争を勝ち抜き、一流大学卒業、一流企業入社と進んできた人は自分にかなり自信があるでしょう。しかし試験で「いい点数を取る」とは、学習量と反復を基本としたシンプルなゲームにすぎません。
仕事では、学生時代の成功体験が全く役立たず「頑張っても全くダメ」な事態に遭遇します。とことん頑張った後で、「そういうこともあるさ、次に行こう」と見切りをつける。早い段階でそうした見極めを学ばないと、年齢が高くなればなるほど、挫折感から立ち上がれなくなってしまいます。
また、力の出し方と仕事の仕上がりの両面で自分の針が振り切れそうな「限界」を知っておくことで、休養の時間を増やして倒れないようにする、自分にとってどのレベルが完成なのかを知る、といったプロフェッショナルであることに必須の能力も備わります。
だからこそ、仕事には全力で取り組むべきです。
上司との出会いも大切です。全体感を教えられず、細切れのパーツだけ渡されている人は、やがて病んでいきます。優秀な上司とは、仕事の全貌を伝えて「あなたは全体のうちのここをやっている」と明確に示す人です。
もし上司に恵まれなかったら、全体感から仕事のインパクトが感じられるように自分で工夫していきます。
とくに20代は思考の密度を上げる時期です。吸収し、自分の中で考察し、自分のものとして蓄える。その訓練を積まないと、顔が「バカっぽく」なります。性別を問わず、年齢を重ねるほど、思考の薄さは顕著に顔に出ます。みなさんにも思い当たる人はいないでしょうか?
全体感から仕事のインパクトを感じるために、できるだけ早く、「過疎地の駅の駅長」をめざしましょう。過疎地の駅の駅長は、自分ひとりで多くの業務をこなし、乗客の生命を預かり、判断も下さなければならない存在です。
組織のどのパーツにいても、自分の仕事の責任を果たすことです。20代はそうやって、信用を蓄えます。
30代半ばまでは、20代に積み上げた信用と、スキルや知識などのいわゆるハードスキルをできるだけ積み上げます。
マネジメントを任されることが多くなる30代後半からは、ノウハウだけでなく「誰を知っているか」が重要になります。信頼のおけるキーパーソンが周囲にいて、いざというときには情報やスキルを借りる、いわば「借り物競争」の時代です。
他者の力を借りないと組織運営はできません。何でも自分でやろうとする、「スーパーちびっこ」になってしまう人は、この時点で組織の上には立てない人になってしまいます。
自分に足りない能力があるなら、学びましょう。学生時代の「いい点数を取る」学習から、新しいことをインストールし、自分をアップグレードする学習に切り替えるのです。
インターネットを通したサービスなど、学習コストは低下しています。やりくりできる時間があるなら、取り組むべきです。
特に語学は「花粉症」みたいなもの。コツコツと努力をして、コップの水をあふれるまで注げば、そこから後退することがなくなります。「発症」するところまで到達できないと、元のレベルに戻ってしまいます。逆行するエスカレーターを上り切るような努力は必要ですが、上り切れば楽になるということです。
100年ライフでは、人生のどの段階でも、新しい知識を「学習し続ける」ことが必要になります。新しい知識を吸収する能力は、加齢とともに衰えていくことをふまえた上で、学び続けるのです。逆に言えば、40代になろうと50代になろうと、学習するのに遅すぎることはないとも言えます。
社会保障制度の基準となる「モデル家族」という家族形態があります。しかし「夫は一生サラリーマン、妻は一生専業主婦、離婚もしない」という「モデル」は、現在の実態を必ずしも表してはいません。LGBTの家族もいます。
人間関係や家族関係で思うことは、「こうあらねばならない」という思い込みに苦しんでいる人の多さです。100年ライフなら、どこかのタイミングで夫婦を解散するのも、人生の後半は気の合う人たちと共同生活するといった、多様な選択もありなのですから。
大切なのは、血縁者であってもなくても、本当に困ったときに「関係ない」と言わない、言われないですむような関係を今から築いておくことです。ただ、見返りを期待するのではなく、「困ったときはお互い様」くらいに構えておくのがいいでしょう。
価格の変動幅がある、いわゆるリスク資産への投資は、若いうちに始めるのがお勧めです。若ければ金融資産は少なく、これから所得も増えていくため、時間を味方につけることができるといえるからです。
自分ではなかなか貯められないという場合でも、勤務先に、給与から自動的に拠出され、公的年金に上乗せされる将来の年金を運用する、企業型の「確定拠出年金制度」がある人も多いと思います。
確定拠出年金は拠出時、運用時、受給時それぞれに大きな税メリットがある制度です。2017年1月からは「個人型」の制度も改正され、実質的に現役世代のすべてが利用できるようになります。転職しても続けられる、ポータビリティもあります。
この制度では加入者自身が掛け金等の運用をするので、安全重視のため、あるいは「よく分からない」という理由で元本確保型の商品を選んでいる人もいるかもしれません。しかし、時間という味方が付いている20代、30代はまだまだリスクがとれる時期といえます。
マネーに対するリテラシーも、一生ものの知識になります。特に人生の後半では自分や周囲の人を助けることにもなりますので、早めに知識を身につけ、始めることをお勧めします。
100年ライフを考えたとき、よく言われる「お金に働いてもらう」ことが大切になってきます。そしてキャリアと同様、失敗もしながらスキルアップすることが大切なのです。
長いからこそ、人生に必要になってくるのは好奇心と思考密度、言い換えれば「学習」です。
年齢とともに記憶する力は落ちても、いつまでも好奇心を持ち続け、面白がることができること、これが学習を続ける秘訣になります。
若手の時期、子育て期、そしてシニアになってからと、社会から求められる役割は違ってきます。でも、魅力的で必要とされる人としての核の部分は、何歳でも変わらないものかもしれません。
若い頃に自分に合ったキャリアの重ね方を知り、家族や大切な人との関係を築き、お金にはしっかりと「働いてもらう」。
今からのそうした準備が、「あ~面白かった!」と笑顔で振り返ることができるような、100年ライフにつながるのではないでしょうか。
(構成:阿部祐子 撮影:的野弘路  デザイン:砂田優花)
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