1765年に創業した漢方本舗「美濃屋薬房」からはじまったその会社は、今、エスエス製薬としてOTC(一般用)医薬品業界で確固たるポジションを築き、ここ数年間は継続的に成長を続けている。

そんな同社だが実は2001年に外資グローバル製薬企業の一員になったことは、あまり知られていない事実だろう。創業251年を迎える同社の歩みの中で、どのようなドラマがあったのか?

そしてEVE、アレジオン、ドリエルがカテゴリートップシェア*を獲得するなど、近年、いかに成長を遂げたのか?エスエス製薬の辿ってきた軌跡を、執行役員/マーケティング本部長の野端正人氏に伺った。
*EVE:インテージ SDI 解熱鎮痛剤市場 2015年11月~2016年10月 金額シェア
アレジオン:インテージ SDI 鼻炎治療剤市場 2015年11月~2016年10月 金額シェアドリエル:インテージ SDI 催眠鎮静剤市場 2014年11月~2016年10月 金額シェア

答えは、まずローカルから

野端 エスエス製薬は創業以来、進取の気性を持って新しいことに挑戦してきた会社でいくつもの新しい市場を開拓してきました。 
たとえば、ハイチオールCシリーズ。これはもともと二日酔いの効能を中心に訴求されていた薬でした。二日酔いの原因物質の分解を助けて症状を改善してくれるのですが、肌の代謝を高めることもでき、シミやそばかすなどの色素沈着症にも効果がありました。
そこで、女性の美白意識が高まってきていた1990年代後半に、「しみ、飲んで治そう、ハイチオールC」をキーコピーにして、シミ・そばかすをメインに訴求する方向に大きく舵を切りました。結果として売り上げを飛躍的に伸ばし、美容ビタミン剤という新しい市場を開拓しました。
また、日本初の睡眠改善薬ドリエルもそうです。寝つけない、眠りが浅いといった一時的な不眠に悩む方が増えてきた市場環境の下、風邪薬や乗り物酔いの薬に入っている成分の眠気を催すという性質を活用して睡眠改善薬という新しい市場をつくりました。
市場を創造したブランドは市場でのリーダーで居続けられる確率が高いので、このような製品やブランドを生み出したことが、エスエス製薬の成功要因の一つと言ってよいかと思います。
野端 正人(のばた まさと)
執行役員 マーケティング本部 本部長。1988年に日本リーバ(現ユニリーバ・ジャパン)に入社、ヘアケアやスキンケアのマーケティングを担当。その後、ペットフードや文具から映像エンターテイメントまでの幅広い分野のグローバル企業で、消費者マーケティングとマネージメントにかかわる。2013年より現職。 一般用医薬品の市場で消費者インサイトに基づいたマーケティングの実現を追求している傍ら、グロービスマネジメントスクールにてマーケティング・経営戦略の外部講師を務め、次世代のビジネスパーソン、特にマーケターの育成に努めている。
ー そんな会社が外資になりましたが、外資系となると、グローバルでの意思決定が基本となりますが、その影響はなかったのですか?
野端 ほとんどないと言ってよいと思います。海外からのビジターを迎えたり、電話会議をしたり、海外での会議に出席するということはもちろんあります。でも日本市場のことを一番理解しているのは我々です。
ローカル市場の状況や消費者のことをグローバルのマネージメントが納得できるように説明できれば、彼らからの信用も得られ、ローカルでの意思決定が尊重されるようになります。さらに、我々の主要ブランドが、エスエス製薬が従来から持っていたローカルブランドであるということも大きいですね。
ローカルブランドをどうすれば成長させられるのかということを、世界で一番知っているのは我々だという自負もあります。  
グローバルチームがつくった計画を日本にローカライズするというスタイルになっている外資系企業も多いかとは思いますが、エスエス製薬はニーズもシーズも日本で考えるのが原則です。
ブランドマネージャーをはじめとしたブランドチームは、消費者リサーチから製品の構想、実際に販売される際のブランディング、プロモーションや店頭のエグゼキューションまで、まずは全てを自分たちで考えています。
日本のOTC医薬品市場において外資系の成功は難しいと言われてきたと聞いたことがあります。長い歴史の中で顧客のニーズにあわせ、日本独自に発展してきた経緯があるからです。
海外では主流ではないカテゴリーが多くあって、例えば総合感冒薬などは、その代表的な例です。このように海外のやり方がそのまま通用しない分、グローバル企業でありながらもローカル発想から始める我々のアプローチが、外資系製薬企業が日本のOTC市場で成功するモデルケースかもしれません。

セルフメディケーション意識の向上 ― 誰が選ばれるか

ー 今、セルフメディケーションに対しての意識が、社会的に向上していると思うのですが、御社にはどのような影響があるのでしょうか?
野端 超高齢化社会の足音が近づいているという現状もあり、医療費は毎年1兆円前後増えていると言われています。それにともない、自分の健康は自分でまもるというセルフメディケーションの重要性が高まってきています。
また、健康志向がトレンドになっていますし、QOL(クオリティオブライフ)向上を求める声も年々強くなっています。これは、我々OTC業界も含めたセルフメディケーション産業にとっては、強い追い風が吹いている状態です。
ただし課題は、いろいろな業界がこのトレンドをビジネスにしようとしている中で、OTCが自動的に選ばれる選択肢ではないことです。
消費者が求めるものが何かを知り、自社製品のベネフィットをしっかり伝えていくことを怠っていては、代替品が選ばれてしまいます。だからこそ、消費者視点でビジネスを考えるマーケティング発想が、重要になってきていると感じています。
もう一つ、このセルフメディケーションへの追い風は、社会的にも、個人の生活にとっても重要度が増してきている分野であるからこそ、そこにかかわっているということが仕事の意義や喜びを高めてくれています。

ブランドマネージャーは、ブランドの社長になれ

ー 最後に。他社のブランドマネージャーにはなく、エスエス製薬のブランドマネージャーだからこそ、大事にしているポイントについて、考えを聞かせていただければと。
野端 ブランドマネージャーは、自分が担当するブランドにおける全ての責任を担うというところでしょうか。
ブランドマネージャーというのはブランドイメージをどう築き上げていき、どう守っていくかという責任を持たなければいけません。そして、ブランドにかかわるすべての活動が、このブランドの盛衰に影響するのです。
世界でというか、英語としては、マネージャーとは組織を管理し取りまとめる人というのが本来の意味です。たとえば海外のサッカーでマネージャーと言えば監督のことで、チーム運営のほとんどをリードしています。
エスエス製薬でのマネージャーは、この海外と同じ意味で、言ってみればそのブランドの社長として振る舞うことを意味しています。自分が担当するブランドのことは、使われている技術、製品特徴から、消費者のことまで、全てを自分でやるわけではありませんが、全てを知っている必要はあります。
そのうえで、一貫性のあるブランドになるように、様々な活動を調整しなければいけないのです。つまりブランドマネージャーは、どんな商品をつくるかという製品開発、どんなイメージや特長を伝えるかというTVCMなどのコミュニケーション活動、さらには「このブランドでどれだけ利益を出すか」といったブランドの管理まで、全部の責任を持つわけです。
このようなスタンスでマーケティング活動をやるというのが私のスタイルであり、エスエス製薬でも実現するように仕向けています。エスエス製薬の環境があるからこそ実現できているとも言えます。
グローバル企業でありながらローカルブランドが強い、そしてグローバルチームが日本の意思決定を尊重してくれているという弊社の状況は、日本のブランドマネージャーが担当ブランドのすべてに責任を持つことの実現に適した環境です。 
ただし、こういったやり方はすごく良い結果が出ることも多いですが、大変な側面もあります。経営的な観点から言っても、グローバルのローカル展開の方がリスクやコストが少ないことも多々ありますし、一人のブランドマネージャーがすべてに関わらず、プロセスを分解して専門分野の足し合わせにしたり、リレー方式でやった方が効率が良いケースもありえます。
ただ、自分ですべての面倒を見てブランドを育てることに深いコミットが出来る方が、マーケティングという仕事は楽しいだろうなと思います。
そして何より、複合的なマーケティング経験を持った、良いマーケターを育てることにも役立つと信じています。 良いマーケターがいないと、良いブランドも育たないですからね。