40年変わらない恐怖人事と役人支配


 「もぅ、半沢直樹って、最高。私たちはどちらかというと、社会的に弱い立場にいるから、権力に立ち向かう姿に胸が毎回スキッリするわ」

ゲイバーのママもファン

 この夏、久しぶりに足を運んだ新宿2丁目のゲイバー。30代の「ママ」が嬉々として銀行を舞台にした半沢直樹の話題を語っていた。20代の独身女性からも「半沢直樹を観たいから日曜には飲み会やデートの予定を入れない」と聞いた。

 半沢直樹——。TBSが7月から日曜劇場で放映を開始すると、あらゆる世代が「面白い」と見入り、社会的なブームを巻き起こした。TBS社内には「高視聴率御礼」の看板が登場。9月22日の最終回の平均視聴率はなんと42%に達した。半沢直樹は「やられたら倍返し」を決め言葉に、汚い上司や行内の圧力を物ともせず、前に進むその姿に多くの共感が集まった。


TBS社内には「高視聴率御礼」の立て看板が

 半沢直樹の原作「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」を書いた池井戸潤氏は旧三菱銀行出身。半沢の苗字は、現在の三菱UFJフィナンシャル・グループの経営企画部長から拝借したとの説がある。この半沢部長という人物は、三菱東京UFJ銀行の「次の次の次の頭取候補」と目されている。こんな逸話が銀行員との会話ではまことしやかに囁かれる。


著者の池井戸潤氏は旧三菱銀行出身

 ドラマの大ヒットを受け、原作は160万部以上の大増刷がかかった。それまで銀行への関心が低かった一般の人を一気に魅了したわけだ。世間では「半沢直樹は今の銀行にいるのか。銀行の世界は本当にドラマ通りなのか」といった話題があがっている。りそなホールディングスの東和浩社長に聞いてみた。


「現在の銀行はドラマと全然違います」と東社長

 東社長は「ドラマの中では常務がやたら大きい部屋を持っていたり、支店長が黒塗りのハイヤーを乗り回したりしているが、今はそんなことありませんよ」と苦笑する。そのうえで「半沢直樹は1960〜1970年代の銀行を描いた世界。現在の銀行はドラマと全然違います」と語った。

 どういう意味だろうか。もう少し解説を求めると、東社長は「半沢直樹の時代の銀行はいわゆるコマーシャルバンクであり、個人から集めた預金を法人に貸し出せば商売になった。銀行という業務だけで収益をあげられたが、今はそういう状態にはないので、いかに新しいニーズに対応するかが重要になる」という。

半沢直樹は間接金融の世界

 つまり、半沢直樹は銀行が産業の主役だった間接金融の世界を描いている。しかし、銀行が1980年代末に自らの過剰貸し付けによってバブルを崩壊させて以降、世の中の潮流は企業が資本市場から資金を調達する直接金融に変わった。銀行の役割は低下。半沢直樹は銀行が光り輝いた昔年の時代を舞台にしており、それ故に濃厚な人間ドラマが織り成されている。

 原作者の池井戸氏はあるインタビューで「リアルな銀行員には興味がなく、銀行を舞台にしたエンターテイメントを描いた。小説には完全なファンタジーからノンフィクションに近いものがあるが、半沢シリーズは真ん中よりもファンタジー寄りかもしれない」と話している。

 ファンタジーに近いとはいえ、ドラマを観た多くの銀行員が「描かれている銀行は実際の雰囲気と酷似している」との感想を漏らした。どの部分の描写がリアルなのか。それを見極めるうえで、もうひとつ参考になる著作がある。

 山崎豊子氏の「華麗なる一族」だ。


山崎豊子氏の「華麗なる一族」はちょうど40年前の作品

 山崎氏はあとがきで「金融界の聖域である銀行の取材は覚悟していた以上に困難で、その閉鎖性は医学界よりもさらに聖域であることを痛烈に感じた。取材と金融の基礎勉強に半年余りも費やした」と記している。

 その成果は、間接金融が繁栄していた当時の銀行の内実を丸裸にした。阪神銀行の万俵頭取は嫌悪していた長男のグループ会社への融資を渋り、会社更生法の適用によって息子を自殺に追い込む。真の狙いは体力が弱った上位行を合併で飲み込むことにあった。

人事で人間をてなずける

 上位行との合併を実現できたのは、副頭取ポストを餌に相手方の役員を懐柔したこと。銀行人事では通常、上のポストにあがらないと、関連会社などへの出向を余儀なくされる。恐怖人事で人間をてなずける場面は、半沢直樹の世界も同じである。

 さらに、華麗なる一族では、旧大蔵省の役人が暗躍。所管官庁として業界再編の青写真を描き、銀行の経営が適切かどうかを見極める検査でもおおいに権威を振るう。これは半沢直樹で描かれた現在の金融庁検査にあたるものだ。2人の作家は役人支配の内幕をそれぞれ精緻に書いた。

 50刷以上も増版した山崎氏の力作は1973年4月の刊行。ちょうど40年前の著作である。しかし、そこに描いた銀行の実情は現在も色あせず、半沢直樹とそっくり。少なくとも40年は続く恐怖人事と役人支配の実態を、現代の銀行員は半沢直樹を通じて感じ入ったわけだ。

 私も昨年まで日銀内の記者クラブに属し、銀行を取材していた。ある銀行では普通の職員には知らされない行内の特別調査を担う人事部の歴代担当者が確実に役員となって偉くなるほか、ほとんどの大手行幹部が金融庁の一挙手一投足を常に注目していたことが記憶に新しい。長年変わらない銀行の闇は深い。