投信販売に再参入する松井証券の狙い

2016/12/28
1998年に投資信託(投信)の販売から撤退した松井証券が、ロボアドバイザーを使った「提案型」のサービス「投信工房」で投信の販売を再開した。なぜ今なのか? 目指すものは? 松井証券の営業を統括する和里田聰常務に、投信について長年取材を重ねてきたファイナンシャル・ジャーナリストの竹川美奈子氏が聞いた。
投信を取り巻く状況が変わった
竹川 松井証券さんが投信販売に再参入すると聞いたときは驚きました。
和里田 1998年に撤退して以来なので、約20年ぶりですからね。
当時、販売手数料の勝手値下げを禁止する投信協会の規則改正を受けて、一般的には販売額の2~3%だった販売手数料を「一律1%とする」と発表したところ、「他の販売会社が売ってくれなくなるから困る」と、全ての運用会社から商品供給がストップしてしまいました。
それ以降、投信販売からは距離を置きつつも、実は再参入のタイミングを探っていました。
竹川 その後、大手運用会社が投信の直販をやめたり、大手証券が投信専門の証券会社を作って撤退したり、ネット証券が取り扱う投信数を大幅に増やしたりするなど、目まぐるしく変化してきましたね。なぜこのタイミングで参入しようと考えたのでしょうか。
和里田 直接のきっかけとなったのは、投信販売を取り巻く環境の変化と投信の低コスト化、そしてロボアドバイザーの普及の3つです。
環境の変化とは、金融庁の動きです。昨今、顧客本位の業務運営「フィデューシャリー・デューティー」を徹底する動きを強めていることなど、金融行政が消費者主体へ向かっていると感じています。
竹川 同じ顧客に投信を何度も売買させて手数料収入を稼ぐ、いわゆる回転売買は顧客本位とはいえないと明確な方針を打ち出しましたからね。手数料の透明化についても指摘していますね。
ところで、投信は、2008年くらいから低コストのインデックス投信のシリーズが設定され、さらに2015年から“コスト革命”と言われるほど手数料の引き下げ競争が起こりました。松井証券で扱っても良いと思うコスト水準の投信が増えてきたということでしょうか?
和里田 そうですね。投資対象についても日本株や国内債だけでなく、世界のあらゆるアセットクラスを運用対象とするものがあります。低コストで資産運用ができる環境が整ってきたこともきっかけとなりました。
とはいえ、ネットを通じた投信販売は10年近く行われているものの、残高を見る限り、対面金融機関には遥かに及びません。拡大のスピードは、ネットの株取引と比較するととても遅いのです。
なんのお仕着せもなく、売買執行だけに徹しているという点がネットの株取引では支持されましたが、投信においては何かしらのアドバイスが欠かせないのではないかと思います。それを担うという点で、ロボアドバイザーの普及も、再参入を検討するきっかけとなったのです。
竹川 投信販売の再参入の背景には、様々な要素があったわけですね。
松井証券に取材に行くことを個人投資家さんに話したところ「投信工房には期待しているけれど、今度は本当に投信販売から撤退しないか、聞いてきて」と言われました。大丈夫でしょうか?
和里田 今回は当社の方針をきちんと説明し、理解を得たうえで運用会社から投信の提供を受けています。20年前のようなことはありませんので、「安心してください」とお伝えください。
和里田聰(わりた・あきら) 松井証券常務取締役営業推進部担当役員 兼 営業開発部担当役員 兼 顧客サポート部担当役員 一橋大学卒業後、プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク、リーマン・ブラザーズ証券、UBS証券をへて松井証券へ入社。IR室長などを歴任し現在に至る。
「提案型」のロボであることがポイント
竹川 ロボアドバイザーといっても、完全に販売支援ツールになっているロボから、運用も含めてお任せする投資一任型のロボまで、様々なものが出てきています。
「投信工房」は、アドバイスはするけれど、その先は利用者が選ぶ「提案型」ですね。
和里田 お客様が負担する運用コストをできる限り抑えようと考えた結果、「提案型」のロボアドバイザーにたどり着きました。ただの販売支援ツールではなく、「資産形成」を目的としたポートフォリオ運用をサポートするものです。
竹川 やはりコストが、投資成果に大きく影響するからと。
和里田 お客様のリスク許容度に合わせたアセットクラスごとの配分比率(モデルポートフォリオ)を決定し、それに合致するインデックス投信を提案する、というモデルでは、どんなロボを使っても、運用成果に大きな差が出にくいと考えています。そうなるとやはりコストが肝になってきます。
コスト削減は、対面証券のファンドラップサービスから不要な要素を引き算していくイメージで考えました。
最初に省いたのは営業員です。営業員はニーズを聞き取って、それをロボアドバイザーと同じような端末に入力し、出てきた結果を伝えるだけですから。これは、置き換え可能です。人が介在するという、「もったいぶった」印象を与えることができるかもしれませんが。
次に、投資一任サービスを採用せず、提案だけに特化することにしました。お客様はロボの提案を受けて判断し、発注ボタンを押す必要がありますが、その一手間で管理・運用コストを削減できます。
なお、お客様の手間を最小限に抑えるために、画面の操作性を向上させ、ストレスのない使い方ができるように開発しました。提案に沿った投信の購入や資産運用開始後のリバランス、ポートフォリオの見直しといったメンテナンスを、簡便に行えるようにしています。
さらにファンドラップは通常、専用の投信を立ち上げてサービスを開始しますが、それはムダ。既存の残高もそれなりにあって、手数料の安い投信から選ぶことにしました。
松井証券「投信工房」で運用した場合のコストのイメージ。
「【スライド】ロボアドバイザーだからできる最新の資産運用とは」より

ロボアドはAI?という誤解
竹川 「投信工房」のロボアドバイザーは自社開発なのでしょうか?
和里田 自社開発です。時間を買う目的で、ロボアドバイザーのロジックを提供する業者との提携も模索しましたが、それを採用すれば、その業者の採算も踏まえた上での料金設定にせざるを得ないので、お客様の負担を増やしてしまうことになり、やめました。
ロボアドバイザーをAIだと思っている方もいらっしゃいますが、それは誤解です。人工知能ではありません。世界中の機関投資家においても利用されている「平均分散アプローチ」をベースにしたデータ分析です。
「平均分散アプローチ」とは、投資対象である金融資産の期待リターンやリスク(リターンの不確実性)等に基づき、最も効率の良いポートフォリオを求めるために有効な手法として、一般に知られている手法です。海外のロボアドバイザーを含め、さまざまなロジックを確認したうえで、当社のロボアドバイザーを開発しました。
竹川 「8つの質問」に答えてロボが投信を提案、というシンプルな形ですが、他社のロボアドバイザーの診断結果と大きく違ったりすることはあるのでしょうか?
和里田 ロボアドバイザーはお客様の回答に基づいて、リスク許容度を診断し、それに則したモデルポートフォリオの提案を行います。リスク許容度の結果は他社と大きな違いはありません。
もちろん、モデルポートフォリオにおけるアセットクラスごとの配分比率は各社の考え方によって異なります。ただ、当社のロボアドバイザーは「提案型」ですから、もし提案内容に違和感があれば、発注のときに自分でポートフォリオを調整することも可能です。
ロボアドバイザーはAIではない・・・?(photo/iStock)
 「後発」だからできること
竹川 「投信工房」で取り扱う投信はどんな基準で選んだのですか。
和里田 低コストのインデックス投信を集めました。なので、取扱銘柄は購入時手数料無料のノーロード投信のみになっています。
竹川 取り扱う投信が90本というのは少し多い気もしますが・・・。
和里田 「投信工房」の企画当初はもっと少ない本数になる予定でしたが、この1年の間で信託報酬の低い投信がどんどん出てきたんです。それを追加していった結果、今の本数となっています。そのため、企画当初は平均の信託報酬が年率0.5%を超えるかなという感覚でしたが、リリース時点では年率0.37%とさらに低くなりました。
国際的に分散したポートフォリオを作るにあたって、各アセットクラスから選ばれる投信として、ベストなものを提案するようにできたと思っています。
竹川 現段階ではアクティブ投信(一定の投資方針・スタイルに基づき、運用担当者が投資する会社などを選択して運用するタイプの投信)は1本も取り扱っていないですよね。
インデックス投信に絞ろうと考えた理由は何でしょうか?
竹川美奈子(たけかわ・みなこ) LIFE MAP,LLC代表/ファイナンシャル・ジャーナリスト
出版社や新聞社勤務を経て独立。2000年にFP(ファイナンシャルプランナー)資格を取得。新聞・雑誌などで取材・執筆活動を行うほか、投資信託や個人型確定拠出年金、マネープランセミナーなどの講師を務める。近著に『個人型確定拠出年金iDeCo(イデコ)活用入門』『新・投資信託にだまされるな!』などがある。
和里田 「投信工房」は、リスク分散とともに、低いコストにすることを重視していたので、アクティブ投信を採用することは最初から考えていませんでした。
むしろ、悩んだのは、ポートフォリオに組み入れる対象として「上場投信(ETF)か公募のインデックス投信か?」です。ETFのほうが低コストという点では優位ですが、日本で上場しているETFですべてのアセットクラスをそろえられるかというと・・・。
竹川 現状では厳しいですよね、流動性の観点からも。
和里田 では「海外ETFでは?」とも考えましたが、海外市場への接続、為替といった問題があります。以前、当社で海外取引のサービスをしていた時に、それらが大きなハードルになりました。
一方でインデックス投信は、信託報酬の引き下げ競争の結果、十分低コストになっています。そこで、インデックス投信で十分であろうという結論に落ち着きました。アクティブ投信を含めた品揃えは、今後検討していきます。
竹川 最初にロボアドバイザーを使うことを前提に、そのパーツとしてどの商品を使うか、という順番で考えたわけですね。
和里田 長期の資産形成においては、銘柄の選別ではなくアセットアロケーション(各資産にどのような配分で投資するか)が重要と考えています。適切なポートフォリオでの運用を提案するためにも、ロボアドバイザーは必要不可欠でした。
 「毎日積立」が人気
竹川 「投信工房」のユーザーのイメージは?
和里田 ロボアドバイザーを使えば、投資にあまりなじみのない方でも本格的な投資ができるというメリットがあるため、30代、40代が1つの層。他方で対面金融機関のファンドラップへのアンチテーゼでもあるため、ファンドラップを利用している方にもご検討いただきたいと考えています。
竹川 特徴としては「毎日、毎週、毎月」から選べる積み立てと、自動リバランス積立機能がついていることでしょうか? 自動リバランス積立機能については、投資家の関心も高いようです。
和里田 購入する投信や金額を調整することで目標ポートフォリオに近づけていく、つまり通常のリバランスのように比率が多くなった資産の一部を売るといった調整をなるべくしなくて済む。売るとなると売却益に課税されてしまうので、もったいないですからね。
竹川 「投信工房」はNISA(少額投資非課税制度)口座での利用はできないんですか?
和里田 「NISA優先」と指定すれば、NISA口座で購入することもできます。
ファンドラップではNISA口座で取引ができないことが多いですからね。そこも大きな特徴です。
竹川 ちなみに毎日、毎週、毎月、では、毎月積立が人気なんですか?
和里田 それが金額では「毎日」が一番多いのです。
竹川 意外ですね。
和里田 500円から始められるので、貯金箱に貯めていくイメージで、気軽に始めていただけているのかもしれないですね。
貯金箱のイメージで積み立てていくことも(photo/iStock)
最終形は「ユーザーが投信を自作」
竹川 ところで「投信工房」は、どのような思いで名付けたんですか?
和里田 「投信工房」という名前には、「松井証券は資産運用のプラットフォームを提供するだけで、お客様が独自でバランス型投信を組成するなど、自由に利用して、投資を楽しんでいただきたい」という思いが込められています。
「投信工房」の進化版として、ロボアドバイザーの提案を基にお客様それぞれが個別株で独自のポートフォリオを作ってもらうことなんてできたら面白いよね、と話しています。
竹川 なるほど。
和里田 米国では既に似たようなサービスが開始しています。
例えば「バイオ」といったテーマを決めて、ロボのアドバイスに従い数銘柄の株を買って、あたかも投信のように運用する・・・。もう運用会社すら要らなくなります。
そこに行くまでの道筋として、まずはインデックス投信からスタートします。
竹川 投信だけでなく、例えば、日本株をすでに保有している人は、日本株も考慮したポートフォリオをロボアドバイザーが提案してくれたらうれしいですね。
さらには、ポートフォリオ提案に加えて、個人型確定拠出年金(iDeCo)、NISA、課税口座といった口座別にどの資産をどの口座で運用したらよいかという「アセット・ロケーション」も提案できるロボアドバイザーがあるといいですね。
「いいものが売れる」を投信にも
和里田 世の中では、「いいものが売れる」は当然なのに、投信はいまだに「売りたいものが売れる」状況です。
竹川 低コストでシンプルなものが増えた半面、相変わらず、仕組みが複雑で高コストのものも目立ちます。
和里田 日本の投信は、高手数料でハイリスク・ハイリターンの投信の占める割合が高いのは事実ですし、また投信の流行り廃りも早くて、とても個人投資家の資産形成に資するものとはいえないでしょう。それが証拠に、日本における投信残高の規模は、高齢化社会を踏まえた各世代における資産形成の重要性に鑑みると、さびしい状況です。
これまでの日本の投信は、資産形成に資するという本来の商品性が無視され、短期的なリターンを狙う回転売買の商品として取り扱われてきたと言えるのではないでしょうか。そんな投信の状況を、「投信工房」で少しでも変えていきたいと考えています。
(構成:久川桃子、阿部祐子 撮影:稲垣純也)
投信工房についての詳細は こちら
リスクや商品について、口座基本料については こちら。投資信託(投信工房)については こちら。