「日本×台湾」で創る、国境を超えたイノベーションの試み

2016/10/26
テクノロジーを活用した地方創生の新たな試みとして、日本IBMが今年スタートした「イノベートハブ・九州」。9月に福岡で開催されたハッカソンには、国内からだけでなく、台湾の国立台湾大学の大学院生ら精鋭チームが海を越えて参戦した。他国から見た九州のユニークネスと、国を超えたオープンイノベーションの可能性について、日本と台湾のキーパーソンに聞いた。

台湾当局が九州×ハッカソンに注目

ハードウェア製造大国として知られる台湾では、経済部(日本の経産省に相当する機関)内の「通信産業発展推進委員会」を中心として、当局によるテクノロジーベンチャーの育成支援が活発に行われている。
その一環として、ハッカソンイベント「イノベートハック・九州」への台湾チームの参加を推進したのが、同委員会および当局直轄の研究機関・台湾工業技術研究院(ITRI)に所属する陳雅琪、蔡淑瑜の両氏であり、それを日本側から支援したのが、IoT家電や通信機器の開発を得意とする日本のハードウェアベンチャー「ハタプロ」の伊澤諒太代表だ。
なぜ台湾が九州のハッカソンに注目したのか。そして、なぜ日本のベンチャーがそれを支援するのか。その背景には、国境を超えた産学官連携による日本と台湾のオープンイノベーションを模索するという狙いがあった。
今回のインタビューは、日本と台湾をビデオチャットでつなぐ“オンライン対談”の形で実施した。左からハタプロ伊澤諒太代表、台湾経済部通信産業発展推進委員会の陳雅琪氏、蔡淑瑜氏。

九州は“グローバルマーケットの入り口”

──まず、台湾が九州のハッカソンに精鋭チームを参加させた狙いは何だったのでしょうか?
:一般的に、政府がスタートアップ育成を支援するにあたっては、主にお金の面、資金提供や出資先のマッチングをする形が多いのですが、われわれ台湾政府は、主に「海外との交流のプラットフォーム」を作ることを重視しています。
というのも、台湾のスタートアップが一番必要としているのは、お金よりも人材、それからマーケットだからです。台湾は九州と同程度の広さで、国内の市場規模がとても小さい。そのため、台湾の産業界はこれまで常に、「マーケットを広げる」ことを念頭において発展してきました。
台湾にとって日本は極めて近い国であり、なかでも特に近い九州エリアとの連結を強めることは、台湾のスタートアップがグローバル市場にアクセスするための、もっとも効率的な方法だとわれわれは考えています。
── 日本のほかの地域と比較したとき、九州をどのように見ていますか?
:九州の中心地である福岡はスタートアップの国際化が比較的早い段階から進んでおり、政策面でのサポートが多いなど、行政がスタートアップにフレンドリーな街という認識です。
工業技術研究院の方でも、台湾の中小企業と日本とのコラボレーションのプログラムを持っていて、福岡市の行政と毎年定期的な交流会や商談会などを実施しています。
九州は日本全体で比べれば小さな地域ですが、小さいからこそ深く交流できるというメリットもあります。この規模感が、国際的なスタートアップを育成していくうえでちょうどいい環境条件ではないかと思っています。
「イノベート・ハック 九州」に台湾から参戦した5チーム中、1チームが決勝のDemo Dayまで進出した。提案したプロダクトは、経路検索とストリートビューを連動してスムーズなナビゲーションを実現する「THINKTANK」。

日本のIoTベンチャーが台湾当局と提携

──一方でハタプロは、台湾政府と提携を結んでいる珍しいベンチャーです。今回のハッカソンに限らず、台湾の当局や研究機関とさまざまな連携を行っていますね
伊澤:ハタプロは2010年に設立したベンチャー企業で、IoTの家電や通信機器、いわゆるゲートウェイと呼ばれる端末などを主に開発しています。また、IoT製品の受託開発や他の企業との共同事業、産官学連携のIoTの共同研究なども行っていて、台湾当局との連携は2014年から3年近くになります。
──提携の目的とは?
伊澤:日本と台湾の大企業とスタートアップをかけ合わせて、立体連携で新しいイノベーションを生み出していきたいという思いが出発点です。最近、さまざまな領域で「オープンイノベーション」が注目されていますが、それは国内にとどまらず、グローバルに展開してもいいはず。
例えばiPhoneは、アメリカのアップルと台湾の鴻海が国を超えて組むことで生まれた製品です。アメリカと台湾という離れた2国で可能だったイノベーションが、なぜ日本と台湾という近い国同士で起こせなかったのか。
台湾はハードウェアをからめた技術や、量産工程の優れた技術を持っています。ディスプレーやバッテリーの製造開発に優れたメーカーやサプライヤー、独自の特許技術を持っているベンチャーなど、日本には無い技術が数多くある。
個人的には、ハードウェアは台湾が強く、日本はコンテンツを絡めたベンチャーが強いと思っています。これからIoTで両者がより密接になっていくなかで、台湾企業と日本のベンチャーが結びついてもいいし、その逆でもいい。次の時代のイノベーションワークを日本と台湾で、世界を変えるような製品を生み出したいという思いで、この取り組みをやっています。
伊澤諒太(いざわりょうた)
2010年に株式会社ハタプロを創業。2012年にアジアの戦略拠点としてハタプロ台湾支部設立。台湾の経済部や工業技術研究院が推進するIoT・ハードウェア起業家教育事業のInternational Partnerに選抜される。現在は事業で培った日本と台湾のアセットを活かし、さまざまなIoTプロダクトを開発中。

国を超えた産学官連携ができること

──台湾が他国のベンチャーと連携するメリットはどこにあるのでしょうか?
伊澤:ハタプロと台湾当局は、IoT技術の研究開発、両国の大企業とベンチャーの連携による新たなイノベーションの創出、そして日本と台湾の交流という3つのテーマを軸に、さまざまな連携をしています。
例えば日本で、独自の技術を持つ有望なベンチャーの台湾展開を支援したり、逆に台湾の技術ベンチャーの日本展開を支援したりといった、国を超えた起業家を育成するアクセラレータープログラムを協同で実施しています。
台湾の大学で研究してる新技術を、こんな製品にして、あの日本企業と結びつければ、いい形で展開していけるのではないか、といった風にアクセラレートしていく形です。
台北の中心部に位置する国立台湾大学は、台湾の知が結集する最高学府であり、3万人を超える学生が通うマンモス校でもある。
──ハタプロのようなベンチャー企業だからできることがあるのでしょうか?
伊澤:そうですね。私自身が大学発で起業しているという点と、弊社はNTTドコモさんのR&D部門と業務提携していて、通信領域・IoT領域のテクノロジーに強い。技術がわかってスタートアップの知見があるというアセットを元に、一般のVC的な立ち位置では難しい部分をサポートしている感じです。
:例えば、台湾のスタートアップが日本の大手通信企業さんとお話がしたいというときに、伊澤さんを通じてすぐにアレンジしていただける。そのほかにも、日本の技術系ベンチャーのネットワークにすぐにつなげていただけるという点で、われわれが伊澤さんと出会えたことは極めて幸運でした。
伊澤:両国の行政同士、大企業同士の連携は色々ありますが、それだけではイノベーションが生まれづらい。われわれのようなベンチャーと当局の組み合わせだからこそ、まだ発掘されていない新しいプロダクトを生み出せる環境が作れている側面はあると思います。
そうした活動のなかで、自家製のワインや果実酒を自動で醸造できるIoT酒樽「 ALCHEMA」が製品化されたり、台湾大学の特許技術を持つベンチャーが開発した、スマホを簡単に顕微鏡にできるデバイス「 μhandy」が生まれたりなど、すでにいくつかの成果が出始めています。
台湾当局とハタプロの起業家支援プロジェクトで採択されたIoT酒樽「ALCHEMA」は、Kickstarterにて製品化が確定。まず米国市場から参入し、その後は味噌を造れるデバイスなど日本市場向けの製品開発も視野に入れている。
伊澤:また、これは提携の副次的なメリットですが、例えばすごく効率の良い太陽光バッテリーだとか、布に装着できる電子ペーパーデバイスとか、そういう最先端の要素技術や部材を持っているベンチャーを自分たちが育成して最初の接点を持つことで、弊社の日本での競争力も上がったという点がありました。
例えば最新の電子ペーパーデバイスのような、本来ならロットが少ないので外部に出てこないような先端的な部材を仕入れられるケースがあったり、そういう地味な、数値に表れない部分が、意外とものづくりにおいては重要です。
──最後に、今回のハッカソンに台湾チームを参加させたことの手応えを教えてください。
伊澤:今回は台湾当局、IBM、ハタプロでいいフォーメーションを組めました。台湾の学生やスタートアップにとって良い経験になったこともそうですし、グローバルに強いIBMのBluemixやWatsonを活用していくことの重要性を、台湾工業局の上層部にも再認識してもらえた点もよかったと思います。
:台湾の学生の特徴として、研究志向が強くて、あまり外の社会のことを見ないという傾向があります。一方で政府としては産業と学校のギャップを縮小して、スタートアップの種をまいていきたいという思いがあります。
台湾国内でも、産業と大学をつなげるハッカソンのような企画を実施していますが、よりスケールを広げて日本で経験できたという意味でも大いに意義がありました。今後も台湾のスタートアップと海外の産業とのネットワークを広めて、交流をさせていきたいです。
(取材・文:呉 琢磨、撮影:岡村大輔、松山タカヨシ)