アウトドアのカリスマと食料問題

イボン・シュイナードは、ワイオミング州ジャクソンにあるカフェテリア式の中華料理店で、テーブルについている。小柄で、ぶっきらぼうに運命論を説くこの男は、高価なパーカーやフリース、そして自社製品を買うなと勧める広告で有名なアウトドアブランド、パタゴニアの創業者だ。
彼はハマグリの身をはがして、フォークで口に運び、時間を確認する。「ああ、大丈夫だ」
シュイナードの右側に座るビアギット・キャメロンは、安心したような顔をする。パタゴニアファミリーにごく最近加わったキャメロンはその晩、良い印象を与えたがっていた。一方、シュイナードは他人にどう思われようとかまわないという様子だ。
2人は10分後にジャクソンの芸術センターに行き、一緒にステージに上がる。そして、パタゴニアが製作した26分の映画『Unbroken Ground(未開の領域)』を紹介する。これは、キャメロンが社長を務める創立3年目の食品会社パタゴニアプロビジョンズの供給源に焦点をあてた映画だ。
見方によっては、同社製品の原料を供給するエコフレンドリーな生産者に関するドキュメンタリーに、あるいは巧妙なマーケティング映画にも見える。もちろん、どちらも正しい。
「トルコで綿がどういうふうに栽培されているか。そんなことに興味を持ってもらうのは難しい」と、シュイナードは言う。
「でも、それをやらなければならない。綿の栽培方法の99%は、環境に大きな被害を与える。ほとんどの食物の産出地でも同じことが起きている。そこで映画を使う。なぜかというと、われわれがともに仕事をしている人々には、映画を作る資源がないからだ。われわれにはある」
シュイナードは現在77歳。ずいぶん前にパタゴニアの日常的な経営業務から退いたが、彼と妻のマリンダはこのブランドの所有者であり、守り手でもある。2人はロッキー山脈のテトン・レンジに面した自宅と、パタゴニア本社と子どもや孫がいるカリフォルニア州ベンチュラのどちらかで過ごしている。
2人はともに最近、本を出版した。イボンは自伝的経営書『社員をサーフィン行かせよう』(邦訳:東洋経済新報社)の改訂版、マリンダはジェニファー・リッジウェイとの共著で企業の職場内保育所について研究した『ファミリー・ビジネス:1983年以来の革新的な職場内保育所』だ。

パタゴニアの経験を食品に広げたい

夫妻は長年、食品の販売を検討してきた。それはブランドの拡張よりも、彼らがパタゴニアでオーガニックコットンとガチョウに苦痛を与えないグースダウンの製造から学んだことを食品に適用したいという気持ちからだった。
イボンはとくに「ツァンパ」(炒った大麦を粉末にしたもの)をどうにかしたいと考えていた。彼がネパールとチベットに旅をしたときに、山歩きの体力維持に最高だと感じた食材だ。
だが、食品事業が軌道に乗り始めたのは、パタゴニアの最高経営責任者ローズ・マーカリオがキャメロンを雇ってからだった。マーカリオとキャメロンは2012年、カリフォルニア州のサウサリートでパタゴニアプロビジョンズを立ち上げた。
1年後、最初の製品としてアラスカ・サーモンの燻製(6オンス・12ドル)を発売。それ以来、フリーズドライのツァンバ・スープ(各6ドル50セント)、果物とナッツのバー(12個で24ドル)、バッファロー・ジャーキー(2オンス・10ドル)、そして9月に3種類の低糖ホットシリアル(一人前6ドル50セント)を製品ラインに加えた。
販売は主にインターネットやパタゴニアの店舗、アウトドアショップのREIなど。独立系の自然食品店とも提携を始めている。
この商品ラインは登山愛好家やキャンパーのための高級トレイルフードに見える。だが、キャメロンによれば、こうした製品を選んだ理由は乾物として「常温保存可能」な商品であり、それぞれがパタゴニアの環境および労働基準に適した生産者から供給されたものだからだ。
「最初の製品のポイントは、野生のサケの種を守ること、つまり川を上るサケの数を数え、捕獲しても悪影響を与えない数を割りだすという調達方法が重要だった」と、キャメロンは語る。
「どの製品に関しても、正しい判断をするため十分な情報で武装できているかどうか、そして準備が整ったらそこで初めていつ市場に出すかを決める、というふうにやっていきたい」

「グローバリゼーションは終わりだ」

ストレートの金髪に明るく生き生きとしたまなざしが印象的なキャメロン(52)は、スウェーデン人でも通用するが、実際はマリン郡に移住したドイツ系カナダ人だ。服装はカジュアルだが、感じがいい。オーガニック・コットン・ティーの上に新しいパタゴニアのダウンシャツをはおっている。
その日、シュイナードからフライフィッシングのコーチを受けた後、彼女はスネイク・リバーの支流で3匹の魚を釣った。シュイナードと過ごすあいだは創業者から吸収することに集中していたが、記者と一緒にいる今は警戒もしている。イボンは次に何を言い出すのだろうか、と。
古いセーターを着てコンバースのスニーカーを履いたシュイナードは、ティーンエージャーのころに訓練していたという猛禽類に似てきたようだ。頭部の羽は少ないが、横顔は嘴のように鋭い。
登山家として峻厳な壁を登った実績もあり、サーファーとしても尊敬されているシュイナードだが、普通の人が「ハッ!(フン)」と答えるときのような声で笑う。
変人扱いされることもある。コンピュータに近づかず、電子メールに返信しない。この夏は、ニューヨーカー誌のニック・パームガールテンに、時価総額世界一の会社であるアップルのことを玩具を作っていると言った。
「アメリカ帝国と、ある種の帝国といえるグローバリゼーション、それはもう終わりだ」と、彼は言う。「かまうものか!本当だよ。ハッ!」
ジャクソンで演壇に立ったシュイナードは、それほどなげやりではなく、内省的だった。
「私は本気で思っていたんだ。自分たちが模範を示して、企業として、いい商品を作るためだけでなく、環境をよりよくすることにもう少し力を注ぐことを見せれば、他の人々もついてくるだろう、と。だがそうはなっていない」と、彼はため息をつく。「私は甘かったんだ。たぶん」

起死回生の手段は「再生可能な農業」

だが、彼の悲観論に対抗するものがあるとすれば、それは「再生可能な農業」だ。この言葉は専門用語の常として、まだ議論の対象になり、しばしば誤用され、将来をさもわかったような調子で語るときに象徴的に使われることが多い。それでも、この言葉が意味するところは深い。
従来の農業は、年に1種類の一年生作物を収穫し、次の収穫の季節のために土地を耕し、収穫高を上げるために肥料、除草剤、殺虫剤など大々的な資材の投入を必要とする傾向がある。
再生可能な農業は、農場内で多様な作物を作ることを重視する。交互に作付けすることもあるし、同じ畑に混合することもある。土地は耕起せず、投入する資材を減らし、被覆材として作物と共に多年生植物を植えこむ。
簡単に聞こえるが、実際には難しい。だが、土壌科学と農場内実験でこうした技術、とくに土地を耕さない(だから『(未開の領域)』)ことが水を節約し、表土を再生し、競争力のある作物の生産につながることを示す証拠が相次いでいる。
回復した土壌は多くの窒素を固定することができるため、農民は高価な窒素肥料を減らすことができる。過剰な窒素が川に流れ、湾で酸欠海域を作ることもない。この土はより多くの炭素を貯留できるため、大気中に排出された二酸化炭素が熱を閉じ込め、温暖化を助長する恐れがない。
「われわれのミッションステートメントは『不必要な悪影響を与えない』ことだが、それにも限界はある」と、シュイナードの最も古い友人のひとりで創業当時からパタゴニアに勤めるリック・リッジウェイは言う。
「環境フットプリントを減らすことはできるが、それでもフットプリントは残る。ジャケットの製造は地球に害を与える。それはどうしようもない。だが、ジャケットやセーターがコットンかウールの天然繊維が作られるとしたら、そのウールが再生可能なやり方で放牧された動物からとられたとしたら、どうだろうか」
「そうしたやり方なら、土壌は健康を取り戻し、その結果、空気から炭素を引き出し、土に戻すことができる。そうなれば、あなたのセーターは、気候変動の解決に貢献することになる。マイナスが減る、どころかプラスになる」

野生の穀物「ケルンザ」に賭ける

「多くの場所が干ばつに襲われているときに、水の使用が格段に少なくてすむ方法があるとしたら、それを試してみない理由はない」と、キャメロンは話す。
米自然資源保護局(NRCS)によると、アメリカでは干ばつや風などによる浸食のために毎年17億トンの表土が失われ、その損失は440億ドルと評価される。
ニューメキシコ州立大学の持続可能な農業研究所の分子生物学者デービッド・ジョンソンの研究によれば、再生された土壌と未開の大草原だけで、地球温暖化のリスクをなくすことが可能な量の炭素を吸収できるという。
この結論をばかばかしく、無謀なほど楽観的だと受け取める研究者は多い。一方で、スタンフォードのクリス・フィールドとキャサリン・マッハのように、それでも再生可能な農業は試す価値があると主張する人もいる。なぜなら、それは土壌を改良し、炭素を減らすという「ウィンウィン」の関係が可能だからだ。
「だから私たちは、ケルンザに取り組んでいる」と、キャメロンは言う。「それは新しい食用作物で、炭素を吸収するスポンジのような働きをする」
ケルンザは野生の穀物だ。カンザス州サライナにある土地研究所がこの植物を商標として登録し、研究を進めている。草丈は小麦のなかでは中程度、根は長く、密集しているため、土壌を固定し、栄養素と炭素を送り込むには理想的だ。しかも多年生で、再生可能な農業に適している。
だが、一年草の小麦と張り合う存在になるまでには、まだ道のりは長い。シュイナードとキャメロンは、パタゴニアプロビジョンズがケルンザの需要を作り出すことが役に立つと考えている。
シュイナードは、農家にこの作物を栽培してもらうために長年にわたって資金を提供してきたという。「昨年は約36トン分の収穫があった」と、彼は言う。
米食品医薬品局の「一般的に安全と認められる(GRAS)」という安全基準をクリアするために、パタゴニアプロビジョンズはケルンザの研究と実験に5万ドルを投じた。ケルンザは貯蔵が難しいため、「収穫のほとんどをビールの原料に使った」と、シュイナードは言う。
ビールの製造に際しては、オレゴン州ポートランドのポップワークス・アーバン・ブリュワリーが醸造を担当した。パタゴニアブロビジョンズのロング・ルート・エールは10月3日、カリフォルニア、オレゴン、ワシントンの101ホールフーズマーケットで発売された。
16オンス缶の説明書きにあるように、このエールは「多年生ケルンザ」15%が含まれ、ケルンザを大量に含む最初の製品だ。ラベルには自意識過剰気味な説明書きがプリントされている。
「衣料品会社がビールについて何を知っているというのか?」

土壌は石油と同じ、再生不可能だ

「うちでは2タイプの見学コースを提供している。ひとつは関心を高めること、もうひとつは印象づけることに重点をおいている。どちらがいいだろうか」
土地研究所の本館を進みながら、この研究所を1976年に共同設立したウェス・ジャクソンは尋ねる。私が答える前に、彼はドアの取っ手に手をかけ、それを回す直前に言う。「これは、本当に重要な転換点になる」
ドアの向こうには下りの階段があった。反対側の壁、 梁から階段の吹き抜けの下まで、巨大な写真のバナーが貼られている。そこに写っているのは2本の植物で、左側が従来の小麦、右がケルンザだ。
小麦の根は、バナーの4分の1から3分の1を占めている。ケルンザの塊のようになった巨人のひげのような根はその3倍は長く、バナーの下の端まで届く。
「土地に活力を吹き込む微生物の活動は目には見えない。とても抽象的だ」と、ジャクソンは説明する。「だがこれなら一目見れば、すぐにわかる」。それにバックパックに塊になった根を詰め込んで、あちこちに持ち歩くよりも厄介な手間がかからない。
研究資金集めに各地を回っていたジャクソンは空港や、ときには機内の通路で根の塊を広げて見せていたという。「誰からそんなことを?」と思い出し笑いをしながら、彼は言う。「いや、それは本当だ。変人を演じるのはラクじゃない」
ジャクソンは大柄な男で、80歳にしてはたいそう元気だ。格子縞のボタンダウンのシャツを着て、老眼鏡をかけている。髪型は1966年以来変わらない。大学時代はその幅広い肩で、フットボール・チームのガードとして活躍した。
後に大学院で研究をしながら、彼は陸上とフットボールのコーチを務めた。70年代前半にカリフォルニア大学サクラメント校で終身在任権を獲得したが、カンザスに戻るために1年休暇を取った。その後、次々に起きた2つの事件が、彼の人生の進路を変えた。
ひとつは、アメリカ中部の大平原地域の土は、砂嵐で表土が奪われた1930年代のダストボウルの時代と比べてそれほどよくなっていないことを示す米農務省の報告書が発表されたこと。もうひとつは、サライナの平原を訪問したことだ。そこは野生の草原で、近隣の耕作地が被っていた土壌の劣化や浸食が起きていなかった。
この未開の草原こそ、将来の農業活動のための基準とするべきだと、彼は後に書いた。またこうも述べた。「農業の問題の分析の大半は、農業の問題を扱っていない」
20世紀に数十億を超える人口を養うことを可能にした従来の農業の価値をジャクソンは認めている。問題は、それが持続可能でないことだと彼は言う。「土壌は石油より貴重であり、同じように再生不可能だ」
※ 続きは明日掲載予定です。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Bradford Wieners記者、翻訳:栗原紀子、写真:5PH/iStock)
©2016 Bloomberg Businessweek
This article was produced in conjuction with IBM.