朝7時に、大企業とベンチャーが「本気で出会う場」がある

2016/9/28
オープンイノベーションによる突破口を求め、気鋭のベンチャーとの提携を模索する大企業が増えつつある。だが、そもそも大企業とベンチャーは一体どこで出会えばいいのか? どんな条件を満たせば効果的な提携が結べるのか? トーマツ ベンチャーサポート(TVS)と野村證券が開催しているイベント「Morning Pitch」から生まれたM&Aの事例が、その答えのひとつとなる。

朝7時から始まるピッチに大企業が注目

ベンチャー企業と大企業との事業提携を生み出すことを目的に、毎週木曜日の朝7時から都内で開催されているのが「Morning Pitch」だ。毎回5社のベンチャーが登壇し、大企業・VC・メディアなど100人を超えるオーディエンスを前にピッチ(短時間のプレゼンテーション)を行う。2013年1月から開催数は160回を超え、これまでに累計800社超のベンチャー企業が登壇している。
今年4月、日本有数の大手メディア企業・朝日新聞社が、オウンドメディアの制作運営などを手掛けるベンチャー企業・ サムライトを買収したニュースが話題となった。その契機となった両社の出会いは、実はこのMorning Pitchから生まれたものだった。
「Morning Pitch」には毎回100人以上のオーディエンスが集まる。参加申し込みは公式サイトから
2015年5月、毎回異なるテーマを設定するMorning Pitchの“Webメディア特集”の回に、サムライトの創業者であり代表取締役社長・柴田泰成氏(現在は取締役)が登壇した。それを客席から観ていたのが、朝日新聞社の新規事業開発部門「メディアラボ」に所属していた大石雅彦氏だ。
ピッチの数日後、トーマツ ベンチャーサポートの納富隼平氏を介して面談を行い、その場で事業提携のアイデアを出し合った。そして、同年末にはM&Aの交渉のテーブルについている。この超スピードの事業提携、そしてM&Aは、どのように実現したのか。

同じ課題意識を持つ大企業とベンチャー

── まず、それぞれの会社がMorning Pitchに参加した背景を教えてください。
柴田:サムライトは2013年に創業したベンチャーです。これまでに100以上のオウンドメディアを制作・運営し、編集記事からネイティブアドまで、多彩なWebコンテンツを制作してきました。さらに事業を成長させるにあたり、メディア業界に限らず、いろいろな大企業と接点を持ちたいと思ったのが登壇した動機です。
大石:私が所属する朝日新聞社の メディアラボは、「新聞業とはこういうもの」といった既成概念をぶち壊す、新しい商品やビジネスの開発を目指す実験室のような部署です。
新聞離れやデジタル化の大波を乗り越えるために、毎日ポジティブに試行錯誤しています。これまでには、 自分史クラウドファンディング、音声ニュースアプリ  アルキキなどの事業・サービスを生み出しました。
また、ベンチャー企業を積極的に支援する Asahi Shimbun Accelerator Programなども手がけていて、Morning Pitchには、変化の激しいメディア環境を一緒に切り開いていけるパートナーを探す気持ちで参加しました。
納富:朝日新聞社さんはMorning Pitch自体のサポーターでもあり、1年ほど前から定期的に参加くださっていました。大石さんらメディアラボの方々が、中長期的な戦略の下で、ベンチャーとの提携の可能性を本気で模索されている姿は際立っていました。
サムライト創業者 取締役の柴田泰成氏。ほかに複数の事業経営、投資ファンドの運営なども行っている。
── プレゼンはどんな内容だったのでしょうか。
柴田:私と、現代表の池戸が創業時から目指していたのは、メディア業界全体に「コンテンツの価値」を持ってパラダイムシフトを起こしたいという野望です。
本来、メディアが勝負する土俵はコンテンツの内容であるべきですが、昨今のWebメディア、なかでもWeb広告の世界では、質の低いコンテンツとUIが組み合わさって、ユーザーを欺くようなテクニックが蔓延しています。
広告の効率性を重視するあまりに、極めて不健全な状態がまかり通っている結果として、Webメディア全体の信憑性がおとしめられている現状がある。それを打破したいという思いがありました。
ベンチャーが業界を動かすことは簡単ではないですが、大企業が同志になってくれたら、夢の実現がもっと早くなるんじゃないか。課題を共有してメディア全体をいい方向に導いていきたい、というようなことをお話しさせていただきました。
大石:柴田さんのお話からは「メディア業界に大きな変化を起こそう」という強いメッセージが伝わってきました。差し向かいでじっくり話したいと思い、当日名刺交換ができなかったのもあって、すぐに納富さんに連絡して面談の調整をお願いしました。数日後には、サムライトのオフィスにお邪魔させてもらいましたね。
朝日新聞社メディアラボより出向の形で、サムライト取締役を務める大石雅彦氏。

超スピードの提携、そしてM&Aへ

── そこから提携、M&Aに向けてどのように話が進んでいったのでしょうか。
大石:まずは事業提携という形で、地域に特化したローカルメディアの立ち上げやその他いくつかのアイデアを一緒に考えていけませんか、とメディアラボから提案しました。
柴田:いくつかもらった事業連携の話をもとに、月2回くらいのペースで打ち合わせを続けましたね。それから半年後には、朝日新聞社の社内向けに行われたピッチイベントにも参加させてもらいました。
大石:そうでしたね。私たちが一緒にビジネス展開できそうだと感じたベンチャー数社に登壇していただいたイベントで、TVSさんに運営のサポートをお願いしました。社内でもベンチャーとの協業に関心を持っている者は多く、当日は約150人が集まりました。
納富:正直、あまりの盛況ぶりに驚きました。ベンチャーのピッチイベントに社内だけで150人が集まるのは、課題意識が全体に共有されているということ。朝日さんの本気度の高さを実感しましたね。
トーマツ ベンチャーサポートでMorning Pitchの責任者を務める納富隼平氏。
── そうしたやり取りを繰り返すなかで、M&Aという選択肢が出てきたわけですか。
柴田:朝日新聞社のベンチャーへの理解の深さやスピード感、弊社のメンバーとのふれあい方を見て、一緒にやっていけそうなイメージが湧いてきたんです。色々とディスカッションを続ける中で、どちらともなく話がはじまりましたね。
大石:メディアラボでもちょうどその頃、M&Aの専門家にサポートを受けながら、積極的にパートナー探しをしているタイミングでした。サムライトをコードネームで呼び、本格的にチームを作ってグループ化の検討をしていました。
最終的には経営層に向けて提案をしたのですが、先述のピッチイベントが好評だったこともあり、両社が一緒になる未来が伝わりやすかったと感じています。
納富: M&Aに関してTVSは直接タッチしていないのですが、今回の事例では両社の課題意識が一致していたことに加えて、お互いのメリットを共有し、組織の状態に配慮した上で向き合っていたからこそ、超スピードの決断が可能だったと感じます。
サムライト代表取締役の池戸聡氏。

Morning Pitchには「大企業とベンチャーの壁」がない

── スタートアップのピッチイベントはほかにもたくさんありますが、Morning Pitchは何が違うのでしょうか?
納富:大きな特徴は、オーディエンスとしてIT系以外の方も多いということです。プレゼンに際して、例えばIT系のベンチャーだと「自分たちにとっては当たり前」の専門用語をうっかり多用してしまって、非IT系のオーディエンスはちんぷんかんぷん……ということも意外と多いのです。
そこで、登壇するベンチャーには事前にプレゼン資料を見せてもらい、そういった言葉遣いも含めてどういったプレゼンがいいのかディスカッションします。ただ、柴田さんのプレゼンは私が口出しする必要がなく完璧でしたね。
大石:そうそう。私も色々なピッチイベントに参加していますが、スタートアップ特有の文化、言語感覚に面食らう時があります。謎のアルファベット3文字が頻出したり、かなり感度が高くないとわからない話をしたりする企業も少なくありません。
そういう「大企業とベンチャーの壁」を感じさせないフラットさは、Morning Pitchならではの部分かもしれません。
また、ピッチを聞いて「いいな」と思っても、その後すぐにアクションできないと、なんとなく情熱が薄れて流れてしまう。その点、TVSさんの対応の迅速さは際立っていました。まさにベンチャーのスピード感でフォローして頂けた。
納富:私は、むしろ大石さんのスピード感に驚きました。「すぐ会いたい」といって、実際に動ける大企業の方はそう多くありません。同様の連絡を頂いても、日程を調整してみると、数週間後、1カ月後のアポイントメントになるのが普通ですからね。
Morning Pitchで出会った企業同士が直接コミュニケーションをしているケースも多く、それはまったく構わないのですが、問題なのはせっかく時間を割いて面談を実施したにもかかわらず、本当に「ご挨拶」するだけで大企業側の担当者が満足してしまうケースです。
何も具体的な提案がないまま顔を突き合わせても、お互いにとって不毛な時間で終わります。なので、私が間に入ってつなぐときは、先に「用件」をある程度ヒアリングして、具体性がなさそうな打診については考え直してもらう、ということもしています。
柴田:ベンチャーはリソースに余裕がありません。TVSさんはその辺りの事情もよく理解してくださっているので、「納富さんの紹介なら絶対に会うべきだな」という信頼感がありました。

M&Aによって生まれた可能性

── M&Aの実施から半年ほど経ちますが、両社にどのような変化がありましたか?
柴田:M&Aを決めるとき、朝日新聞社から「サムライトはサムライトらしくあってほしい」と言われたのが印象的でした。M&A後も働く場所も人も変わらない。社員にとってもお客様にとっても、いい意味で大きな変化はないと思います。
池戸:もちろん、取締役会や株主総会などの経営イベントは増えましたが、意思決定の足かせは何もない状態で、本当にありがたいですね。それに加えて、広告主へのアクセスや、校閲などの記者としてのスキルなど、朝日新聞社のアセットをいろいろな形で使えるようになったので、できることが相当増えました。
大石:今回のグループ会社化は、第一の目的を「サムライトの成長を加速させること」としています。朝日側のアセットを流入させながら、お互いが気持ちよく働けるように、文化的なすり合わせを重点的に行いました。
納富:社員も増えましたよね。
池戸:そうですね。これまでベンチャーだということで避けていた人たちが、朝日新聞社のグループ会社になったことで、安心して応募してくれるケースが出てきました。優秀な人材を得るためには信用も必要なので、そういう部分でも恩恵を受けていると思います。
── 今回のM&Aの成否を判断するうえで、今後は何を指標として追っていくのでしょうか?
大石:今はまず、サムライトの事業計画を達成することが第一の目標です。プラスαで、サムライトから勢いをもらって、両社でしか作れない新しいビジネスや商品を生み出だしていきたいと思っています。
池戸:そうですね。まずは朝日新聞社の期待に数字で応えることが第一ですが、今後はお互いのアセットを活かして、他のメディア企業にはできない価値を生み出していきたい。まだ具体的な話はできないのですが、われわれだから創れる「新しいビジネス」を打ち出したいと思っています。

ベンチャーと大企業の提携は「偶発性」から生まれる

──今回のようなベンチャーと大企業の提携を増やすためには、何が大切でしょうか?
納富:価値ある出会いは、情熱を持った人が集まる場の偶発的な出会いのなかで生まれるという思いが、Morning Pitchの根本にあります。
今回のM&Aは、私にとっても「まさか」だったんです。「この企業とこの企業を引き合わせれば面白いかもしれない」と想定している場合もありますが、今回の両社をMorning Pitchに招いたときは、この展開は全く予想していませんでした。
この「まさか」こそが、私たちがMorning Pitchで生み出したい成果です。現在、企業の抱えている課題意識はさまざまで、到底そのすべては把握しきれません。だからこそ、課題解決につながる出会いのプラットフォームとしてMorning Pitchを活用していただきたい。
今後はさらに参加企業数を増やし、規模を拡大することで、“偶発性”の確率を上げていくことが私の目標です。大げさかもしれませんが、Morning Pitchを大きくすることが、未来の日本のためになると信じているからです。
(編集:呉 琢磨、構成:大高志帆、撮影:岡村大輔)