「皇帝」になった習近平。香港情勢の改善は難しい

2016/9/3
香港では9月4日に立法会の選挙が行われる。2014年の雨傘運動以来、最初の大型選挙だ。香港世論がどのように雨傘選挙から影響を受け、「一国二制度」を基本とする中国との関係を見直すことになるのかが問われることになる。
香港言論界で最も影響力のある知識人の一人であり、新聞や雑誌で多くのコラムを持ち、「香港第一才子」の異名で呼ばれる人気作家・コラムニストの陶傑さん(58)に、香港の現状や未来について尋ねた(全2回)。

習近平は何でもできる

 ――昨年10月に、中国政府が香港の書店関係者を拘束した問題の影響は大きかったでしょうか。あの書店は習近平のスキャンダル本を出そうという計画を持っていたそうですね。
 大きいです。香港の司法権を越えて捕まえるのですから、一国二制度が意味がなくなってしまいます。習近平が香港人を捕まえろと命じたら、何でもできる、ということです。
 習近平には一国二制度を守ろうという考えはないのです。本の内容に問題がある、自分の身が危ういと思ったら、迷いなく、手を下す。一国二制度を破壊しても構わない。これは彼の思想のレベルや見識の問題です。
 そして、中国共産党の指導部は今こういう思考の人たちで構成されているのです。おそらく誰もちゃんと止めるように忠告する人がいないのでしょう。いたとしても相手にしない。
 習近平は「皇帝」になってしまったのです。
陶傑
香港テレビの英国特派員、香港の有力紙『明報』の副編集長などを経てコラムニストとして活躍。「香港第一才子」(香港筆頭知識人)の愛称で呼ばれるリベラル言論人として知られている。
 ――中国がこうなると、香港の民主派も苦しいですね。
 今の民主派の主要人物はカリスマ性がなく、平凡な人たちです。指導力も足りません。彼らの価値観は「香港は中国の一部だ」というもので、毎年、彼らは天安門事件を祈念し、募金を受け取り、その管理を行っています。
 天安門に関するスローガンは20年前と変わっていません。
 第1に「名誉回復」、第2に「民主中国の建設」です。
 しかし、名誉回復はなく、民主中国の建設は時代遅れです。天安門事件が起きた1989年ころは中国の学生も民主中国を信じていたし、欧米の民主という理念にも共感がありました。
 すでに27年間が経過しましたが、江沢民の時代に思想的な洗脳が行われて、これが非常に成功しました。
 さらに中国の経済成長は、多くの若者に「政治はもういい、卒業したら外国企業や国内の一流企業に就職し、大金を稼いで海外に移民すればいい」と考えさせるようになりました。
 以前のように中国の若者に未来に対するパッションはありません。ですから香港で民主中国を唱える意味がないのです。
 今の中国は文革を美化し、毛沢東を懐かしがっています。このような状況で民主中国を唱えるなんて、若者には民主派は幻想を語っているとしか思えないでしょう。昔はドリームだったものが今はファンタジーになっています。

テイクだけで、ギブがない

 ――確かに、この5年間の中国を見れば、本土派の若者のほうが説得力があることを語っています。このまま進むと、民主派は将来、香港の選挙でどんどん勢力を弱めていくのでしょうか。
 民主派は小さくなるでしょう。親中派はもっと地盤を失います。普通選挙が行われれば、建制派はもっと厳しく、中国からの支援に頼るしかなくなります。
 親中派の特徴は青年の人材が少ないことで、将来の成長は見込めません。名前だけは若手をそろえているように見えますが、能力も低く、演説もできない人たちで、政治的な思想はありません。
 中国や香港政府から資金や支援がもらえるから政治に参加しているだけで、香港を変えようというパッションがないのです。本土派は何しろパッションに満ちています。
 ――10年後、20年後、香港は本土派の天下になるのでしょうか。
 今回はそのスタートなので、まだ本土派の当選者は少ないかもしれません。
 しかし、長期的には親中派も民主派も非主流化します。これは商売と同じで、マーケットがなければ生き残れない。政治家のマーケットは選挙民です。
 今のように中国が香港の自由を抑圧すればするほど、どんどん香港人は「本土的思想」を持つようになります。台湾と同じです。
 軍隊を送り込んで鎮圧しなければ、ますますこの思想は拡大していき、北京はなす術がありません。香港人から嫌われている行政長官の梁振英はさらにこのトレンドを加速させる人物です。もしあと5年、彼が行政長官をやったら、香港独立思想はさらに広がるでしょう。
 中国もそこまで馬鹿ではないので、交代させるかもしれません。
 行政長官の普通選挙を形だけ認めて、親中派しか出馬させないという手もありますが、実際のところそれでも投票するのは香港人ですから、その親中派の人物の思想や行動も変わらざるを得ません。それを中国共産党もコントロールはできません。
 ですから、どのように進んでも、香港情勢の改善は難しいのです。
 ――香港の問題は香港問題ではなく中国問題ということですね。
 あらゆる協議は、ギブ・アンド・テイクでなければなりませんが、いまの中国は香港に対してテイクだけです。我々は大国だ、ギブはない、という態度に見えます。
 ですから南シナ海でも、米国も日本も東南アジアも次第に反感を感じ、中国は孤立する。相手が米国ならば軍事力もあるので中国も遠慮はするが、香港に対しては何も抵抗力がないので、いじめても構わない、と考える。
 日本に対しては日本の実力は理解しているのでまだ中国は遠慮ぎみですが、香港には何もないので、非常に強引に対応します。
 中国には実力以外の言語が通じない。香港には実力がない。台湾にも十分な実力がない。だから中国は恐れないで大胆になる。これが中国のロジックです。

カギを握る米国

 ――香港の「高度な自治」は50年間と約束されています。その期限である2047年以後、香港は一国二制度のままでいられますか?
 そうすべきでしょう。経済的にみれば、香港の離反は中国に不利だからです。
 中国経済は3年前に比べて問題が続出しています。上海が、香港に代わって、金融センターとなることができないのです。
 上海には自由貿易区がありますが、効果は思うように上がっていません。なぜなら香港には情報・通信の自由がありますが、上海にはないからです。
 カギは米国です。米国が香港を国際都市と認めているから多くの企業が香港に拠点を置きます。米国がそのことを認めなければ外国人や外国企業は香港に来ません。つまり、米国が「一国二制度が成り立っていない」と宣言すれば、香港はその役割を失うのです。
 ですから、一国二制度であるかどうかは、中国ではなく、米国に決定権があると言うこともできます。
 ムーディーズやエコノミスト、フィナンシャル・タイムズがどのように考えるかによって左右される。彼らが香港は終わったとみれば、企業はシンガポールに行きます。
 そうなれば一帯一路はどうなるでしょうか。一帯一路こそ、香港の金融決済機能を必要とするもので、香港の金融センターの機能を失うことは、中国にとっても大きな不利益になります。その点を中国の指導者は理解すべきです。