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スマートフォンを使う少年から得た洞察

数カ月前のこと。携帯電話会社ボーダフォン・アイルランドの上級役員たちは、16歳の少年に会って日常生活についてインタビューした。具体的には「スマートフォンを日ごろどう使っているか」についてだ。

少年は、朝起きると真っ先に「スナップチャット」をチェックするという。学校帰りもスナップチャット。たまにアイスクリーム屋に寄ってフローズンヨーグルトを買うときは、店の無料Wi-Fiを使って動画をアップロードする。アップロード先はもちろん、スナップチャットだ。

そのときに使ったWi-Fiネットワークが何なのかを少年は知らないし、ボーダフォンのTVコマーシャルは一度も見たことがないという(若者はテレビなど見ないのだ)。電話をかけてきたりテキストメッセージを送ってきたりするのは母親だけ。友だちとの連絡手段は言うまでもなく、スナップチャットだ。

このミーティングを企画したIBMサービス部門のチームは、出席した役員たちの困惑した表情を見て、ミーティングの成功を確信した。

IBMは、ボーダフォン・アイルランドの依頼を受けて、同社のデジタル改革を支援している。そして、ボーダフォン上層部が、同社のブランドや考えなどにはまったく関心のない生身の顧客から、ありのままの事実を学んでほしいと考えていた。

IBMはいずれ、この少年やほかの顧客から得た洞察を活かし、人々が実際に使いたいと望む製品を開発することになるだろう。

デザイン思考は「顧客の望みを知ること」

ミーティングに出席したボーダフォン幹部たちは「デザイン思考」を集中的に学んだばかりだった。デザイン思考とは、テックサービス業界に大々的に導入されつつある考え方だ。

同業界は今、必死になってある事態を回避しようとしている。それは、ビジネスチャットツールの「スラック」や顧客管理サービスを提供する「セールスフォース」などの直感的に操作できる洗練されたアプリによる業界破壊だ。

従来型のビジネス管理用のIT技術は消えつつあるのだ。

デザイン思考という言葉には、経営コンサルタントが編み出したスローガンのような響きがあるかもしれない。

しかし実際は、問題解決の手段であり、何十年にもわたってデザイナーが役立ててきたものだ。それに、デザイン思考の目的が「顧客の望みを知ること」だとわかれば、反論の余地はほとんどない。

デザイン思考は、大手企業向けにソフトウェアを開発するエンジニアが生まれつき持っているスキルではない。しかし、今の世の中には、ユーザーにとって使い勝手のよいアプリがあふれかえっている。垢抜けしない大手企業のソフトウェアはもう生き残れないのだ。

ITサービス大手がデザイナーを続々採用

こうした現状を打破しようと、IBMやITソリューションのコグニザント、インフォシスなどは、先を争ってデザイナーを大量に採用している。本来ならば、広告代理店や工業デザイン部門などでより専門性の高い仕事に就くはずのデザイナーたちだ。

IBMでは、彼らはエンジニアやコンサルタントとチームを組んで、さまざまなクライアントに派遣される。そして、クライアントに対して顧客に関する洞察を提供するほか、製品開発の過程における定期的なフィードバックと修正を促している。

これは、製品をより早く完成させることを目指すプロセスでもある。シリコンバレーで成功をおさめたスタートアップ各社はこうしたプロセスを取り入れてきたが、ITサービス業界にしてみればまったく勝手が違うやり方だ。

調査会社HfSリサーチの創業者で、ITサービス業界を中心に調査を行うフィル・ファーシュトは「デザイン思考をより効率的に製品に吹き込む方法とは何かを、誰もが考えている」と話す。「(デザイン思考とは)新しい概念を生み出すことだ」

ファーシュトは、来年までにはテクノロジーサービス契約の大半にデザイン思考が盛り込まれるようになると考えている。その多くはクライアントからの要請によるものだ。

デザイナー1250人、スタジオ31カ所

IBMのジニー・ロメッティ最高経営責任者(CEO)は、サービス部門の将来はデザイン思考にかかっていると考えている。同社は17四半期連続で売上減となっている。それに歯止めをかけて好転させ、クラウドをベースにした世界に順応していくつもりなら、ロメッティCEOには効果的な戦略が絶対に必要だ。

IBMはここ数年で約1250人のデザイナーを採用し、デザインスタジオの世界的なネットワークを構築してきた(スタジオは31カ所あり、その数は今も増え続けている)。そして、エンジニアを含めた社員を教育し、会社のほぼすべての取り組みにデザイン思考を取り入れようとしている。

IBMによれば、今年度末までに社員総勢37万7000人のうち3分の1が研修を終えるという。目指すのは、顧客を重視するスタートアップのような社風を確立し、同様の取り組みを行うようクライアントを説得することだ。

ブライアン・コリッシュは、ボーダフォンのような大企業に入社する気はまったくなかった。コリッシュは複数の企業を立ち上げた起業家で、ブランドの専門家。これまでは、消費者の要望把握がDNAに刷り込まれているスタートアップで働いていた。

しかし、ボーダフォン・アイルランドのトップがオンラインにおける同社ブランドの存在感を向上させたいと助けを求めてきたとき、コリッシュはそこにチャンスを見て取った。利用しきれていない顧客情報を大量に抱える企業に、スタートアップの精神を伝授できると考えたのだ。

新しく上司となったボーダフォン幹部たちは「デジタル改革」が何なのかはっきりとは言わなかった。自分たちにもその意味がわかっていなかったのかもしれない。とはいえ、コリッシュはほどなく、ボーダフォンの文化を「顧客中心のもの」に改造していく必要性があるとの結論に至った。

※ 後編は明日掲載予定です。

原文はこちら(英語)。

(原文筆者:Jing Cao、翻訳:遠藤康子/ガリレオ、写真:themacx/iStock)

©2016 Bloomberg News

This article was produced in conjuction with IBM.