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LA”コンフィデンシャル”Part23

スウェーデン発Spotifyが全米制覇を目指す

2016/7/3

日本発アプリの存在感は?

LINEやメルカリなど、積極的に海外に挑む日系ベンチャー企業たち。華々しい話題の影では、海外拠点の縮小や閉鎖のニュースがひっそりと取り上げられるのも目にします。

残念ながらここLAで暮らすなかで、人々の生活に入り込んでいる日本発のアプリはほぼ存在しません。

そんな中、ふと自分のiPhoneのアプリ別使用電力を見てみると、東京都より人口の少ない小国で生まれたサービスを使っていることに気が付きます。そう、世界最大のユーザー数を誇る音楽サービス「Spotify」です。

スウェーデン生まれのSpotify

非英語圏であるスウェーデンで生まれ、10年かけて世界を制覇したSpotifyを調べてみたら、メディアにはあまり登場しない鬼才起業家や、風変わりなプロモーション手法など面白い事実がたくさんでてきました。

そんな情報を2回にわたって皆さまとシェアするとともに、恒例のLA街頭インタビューも記事後半にご紹介します。そこからは一見順調に見えるSpotifyの課題も見えてきました。

2016年4月、国際的なレコード業界団体のIFPIが、音楽業界に明るいニュースをもたらしました。毎年公開される「Global Music Report」の2016年版で、音楽産業全体の売り上げが前年より3.2%増え、20年ぶりにマイナスからプラス成長に転じたと発表したのです。

IFPIが発表した「世界の音楽業界の種類別売上推移」。CDなどパッケージ販売(グラフ紺色)の落ち込みにより、デジタル(グラフ水色)に初めて抜かれた (IFPIのデータをもとにStatistaが作成)

IFPIが発表した「世界の音楽業界の種類別売上推移」。CDなどパッケージ販売(グラフ紺色)の落ち込みにより、デジタル(グラフ水色)に初めて抜かれた
(IFPIのデータをもとにStatistaが作成)

特に注目されたのが、どの分野が伸びたか、という点。CDなどパッケージ販売の売り上げが下げ止まらないなか、デジタルの売り上げに初めて抜かれました。

さらに、デジタルのなかでもダウンロード販売は前年より10.5%減ったのに対し、ストリーミングサービスは45%増えた、と指摘しました。

魅力は「未知の音楽との出会い」

自分で使ってみるまで、Spotifyといえば「好きな音楽が無料で聴きホーダイ」というイメージでした。しかし、ここ米国で2年間近く毎日Spotifyを使ってみて、このサービスには未知の音楽と遭遇できるよう、さまざまな仕掛けがあることがわかります。

CDやiTunesで楽曲を買っていたときのように、好きなアーティストやアルバム単位で聴いたり、ランキング上位の曲を聴くこともできますが、私が最も使うのがムード別のプレイリストです。

アップテンポな曲ばかりそろった「Good Vibes」で朝起きてから、入眠効果がありそうな「Waves to Sleep」で眠るまで、今の気分や行動に合わせた曲たちを連続再生できるようになっています。

こちらはPC版の画面。「ジャンル&ムード」のなかからカテゴリを選び、プレイリストを探し出せる。キーワード検索や、過去に聞いたリストから選ぶことも可能。

こちらはPC版の画面。「ジャンル&ムード」のなかからカテゴリを選び、プレイリストを探し出せる。キーワード検索や、過去に聞いたリストから選ぶことも可能。

Spotifyにはこうしたプレイリストが20億個あり、公式に作成されたものもあれば、一般ユーザーがつくって公開しているものも。今この記事を書きながら聴いている「Superior Study」は、シカゴ在住のデータサイエンティストが、集中力を高めるためにつくったリストだそうで、2万人以上のユーザーがお気に入りにしています。

最近登場した「Discover Weekly」も人気を呼んでいる新機能です。こちらは私の数週間分の視聴行動をもとに傾向を分析し、私が気に入りそうなものを30曲ピックアップしてくれるというもの。

Spotifyによると、プレイリストや機能を使って、平均的なユーザーでも1週間に26人の新しいアーティストに出会うそうです。

競合は違法ダウンロードサービス

今でこそ同様のサービスが数多くある音楽ストリーミングですが、あのスティーブ・ジョブスも「音楽は所有するもの。借りることにお金は払わない」と懐疑的だったといわれています。

CD販売も有料楽曲ダウンロードも、違法ダウンロードを食い止められない。ストリーミングサービスだけが世界の音楽業界を救えると、10年前から確信していたのが、Spotifyの若きCEOのダニエル・エクでした。

天才プログラマかつ起業家(14歳でウェブ制作会社を興したのを皮切りに、Spotifyまでに4社起業)、23歳までにスウェーデンの生涯賃金を稼ぎ終えていた……など逸話を持つ、ダニエル・エクCEO。

天才プログラマかつ起業家(14歳でウェブ制作会社を興したのを皮切りに、Spotifyまでに4社起業)、23歳までにスウェーデンの生涯賃金を稼ぎ終えていた……など逸話を持つ、ダニエル・エクCEO。

エクの信念は「音楽サービスが成功するためには、違法ダウンロードよりも良いサービスでなくてはいけない」。というのも、エク自身がもともと愛用者で、フリーファイル共有システムをつくる会社を手がけていたからです。

そもそもヨーロッパの若者の間では、違法ダウンロードが便利すぎて、音楽は無料で聴けるもの、という認識になっていました。Spotifyがサービス開始した2008年、世界でダウンロードされた楽曲の95%は海賊版だったといわれるほどです(IFPI Digital Music Report)。

Spotifyのユニークネスとは

違法ダウンロードから乗り換えるほどのサービスをつくることに、徹底的にこだわったSpotify。スウェーデンで始まったこの挑戦的なサービスは、その本質の価値をリリース当初から変えていません。

●フリーミアムな価格設定

ストリーミングとは簡単にいってしまうと、楽曲をダウンロードせずにネット経由で再生すること。特に活況なのが「定額制ストリーミング」と呼ばれる聴き放題サービスで、Spotifyはその先駆者です。

現在は59カ国で約3000万曲配信していますが、無料でもすべての曲がPCでもスマホでも楽しめます。Premiumという有料会員になるメリットは、「広告をオフにできる」のと「モバイル端末上で好きな曲を検索していつでも再生できる」という部分。特に後者に魅力を感じ、毎月約1000円払っている人が全会員の25〜30%いるといわれています。

Spotifyの無料版とPremium(有料版)の違いをあらわした表

Spotifyの無料版とPremium(有料版)の違いをあらわした表

●ユーザーにとっての価値

好きな曲を好きなだけ、すぐに聴くことができる楽しさを実現するために、3つの価値を提供しています。

①快適な聴きごこち

サクサク使えるプレーヤーで、快適に音楽が楽しめること。そのためにSpotifyが2年近くかけたのが、新しいストリーミング技術の開発です。特にエクは、ボタンを押してから再生されるまでの待ち時間を、限りなくゼロにすることに執着し、労力をかけて改良を重ねました。なぜならば、旧来のストリーミング技術では再生までに数秒の間が開くため、それを嫌う音楽ユーザーは違法ダウンロードに流れるとエクが感じていたからです。

②ラインアップの充実

いくら良いサービスでも、好きな曲が聴けなければ意味がありません。ラインアップを合法的にそろえるためには、主要音楽レーベルを味方につける必要がありました。

ストリーミングでの定額聞き放題に対する当初の業界の反発は想像の通り。エクは自らスウェーデンのユニバーサルのオフィス前で、交渉してくれるまで動かないとテントを張って寝泊りしたのだとか。

そんななかで世の中の動きがSpotifyを後押しします。スウェーデンの裁判所が違法ダウンロードの罰則化を認める判決を出す一方で、主要音楽レーベルに対してより安価な音楽の聴取方法を模索するよう指示を出したのです。

ソリューションをもった若者の話をまずは聞いてみよう。
そこからSpotifyは追い風に乗り、交渉開始から2年、ユニバーサル、EMI、ソニーミュージック、ワーナー、そしてメリン(インディースの団体)から、全1300万曲の配信の許可を得ます。

結果からみれば、スウェーデンという小国だったからこそ、主要レーベルもストリーミングを実験的に開始することができ、その成功から世界にサービスを広げることができたともいえます。しかし、エクの信念と執念がその扉を開き、現在では欧米ではほぼ聞けない楽曲がないほどにラインナップが充実しているのです。

③ソーシャル機能

自分がつくったプレイリストをほかのユーザーと共有したり、好きなアーティストをフォローして、彼らが聴いている曲を知ることもできます。FacebookやTwitterアカウントと連携させれば、それぞれのSNSにも視聴履歴をフィードできます。

■Spotifyは米国でどう戦うのか?

Spotifyは現在、毎月1億人のユーザーが利用し、有料会員数も3000万人を突破。スマホアプリ調査会社App Annieのリポートによれば、世界的に利用者の多い音楽ストリーミングサービスのなかでも、アクティブユーザー数、ダウンロード数で世界一なのはSpotifyです。

調査会社App Annieが発表した音楽ストリーミングサービスのランキング。2015年第3四半期のアクティブユーザー数ではSpotifyが世界一位になった。(出典:App Annie)

調査会社App Annieが発表した音楽ストリーミングサービスのランキング。2015年第3四半期のアクティブユーザー数ではSpotifyが世界一位になった。(出典:App Annie)

後発のGoogle Play MusicやAmazon Musicといった競合も、ダウンロード数でみればまだ開きがあります。

では世界最大市場の米国でSpotifyはどう使われ、どの程度浸透しているのか。App Annieのランキングを片手に街ゆく人に話しかけてみると、意外な反応となりました。

聞き込み「音楽アプリ使ってる?」

アパレル会社勤務のマーケターAmeliaさんは「プレイリストを作るのが楽しい」と答えた。

アパレル会社勤務のマーケターAmeliaさんは「プレイリストを作るのが楽しい」と答えた。

Spotifyを愛用し、またプレイリストを自らつくっていると答えたのが、Ameliaさん。平日はアパレル会社のマーケティング担当として働く彼女は、週末に友人の飲食店を手伝っているといいます。

「カフェで流すプレイリストを作るのが楽しい。音楽を気に入ってくれたお客さんが、Spotifyでもフォローしてくれたり、その人のリストから新しいアーティストに出会えたり。一日中遊べるから好き」

Carolさんは映画配給会社にお勤め。同僚や友達と曲をシェアし合える、SpotifyのSNS的な側面を評価していた。

Carolさんは映画配給会社にお勤め。同僚や友達と曲をシェアし合える、SpotifyのSNS的な側面を評価していた。

「Facebookでつながっている友だちと曲をシェアしあって、どんな曲聴いているか分かるのはいい機能だと思う」(Carolさん)

この調子で、どんどんSpotifyユーザーに出会えるかと思いきや。

「自分にはラジオと、IHeartRadio、Pandoraがあれば十分」というCacyさん。

「自分にはラジオと、IHeartRadio、Pandoraがあれば十分」というCacyさん。

「IHeartRadioとPandoraを使ってる。もともとラジオが好きで、今流行ってる曲を繰り返し聴けたら、私にはそれで十分かも」(Cacyさん)

モールのアップルストアに来ていた地元の高校生3人。最近このメンバーでバンド活動を始めた。

モールのアップルストアに来ていた地元の高校生3人。最近このメンバーでバンド活動を始めた。

「普段はiTunesを使うし、友だちに紹介したい曲があったらYou Tubeを使ってるなあ」(Gregさん)

「オフラインでも聴きたいけど、Spotifyの有料会員は高。」(Joeさん)

結局10人に話を聞いて、Spotifyを使っていると答えたのは2名でした。

そんなはずはないだろう、と思い調べてみると、米国でのモバイルアプリ全体ではYoutubeはもちろんのこと、Pandora Radioというストリーミング以外のアプリが強く、根強い聴取習慣があることがわかります。

米国スマホアプリのユニークユーザー数のグラフ。たしかに音楽ストリーミングアプリとしてはSpotifyも検討しているが、ほかのソーシャル、エンタテインメント系アプリの人気がうかがえる。(出典:comScore社)

米国スマホアプリのユニークユーザー数のグラフ。たしかに音楽ストリーミングアプリとしてはSpotifyも検討しているが、ほかのソーシャル、エンタテインメント系アプリの人気がうかがえる。(出典:comScore社)

また、車社会のLAでは、人気のトークショーをフックにした衛星ラジオ(月額10〜20ドル)という競合もあらわれます。意外に今でも電波が入らないエリアがたくさんある米国では、衛星ラジオは遠距離ドライブの強い味方なのです。

次回はSpotifyが米国で繰り広げている熾烈なシェア争いについて、もう少し詳しくみていきたいと思います。