20160614-philanthropy

LIPは既存の枠を越えた社会事業

本業以外の時間を使って、社会を変える

2016/6/17
プロピッカー慎泰俊氏が代表を務める認定NPO法人Living in Peace (LIP)は、専従職員を置かず、メンバー全員が本業を別に持つ「プロボノ」(知識・スキルや経験を生かして社会貢献を行うボランティア活動)として参加し、平日夜や土日の時間を使ってプロジェクトを推進している。無償にもかかわらず、どんなメンバーがどんな動機で活動しているのか? 本業を持ちながら社会貢献に深くコミットすることで得られる、思わぬ効果についても伺った。あわせて、プロボノイベントの告知も掲載する。

機会の平等を通じた貧困削減を目指す

私が大学生のころは、アメリカがアフガニスタンに戦争を仕掛けていた時期で、私も反戦デモに参加したことがありました。そこで気づいたのは、国会を取り囲んで声をあげても「結局、何も変わらない」こと。

世の中を変えるには力が必要だと痛感し、力をつけるためにお金儲けの仕方を学ぶべきだと考え、大学院在学中からモルガン・スタンレー・キャピタルで働きはじめました。一方で、もっと広く、経済的な支援を含めた活動はできないかと、ビジネスでできる支援について考え続けていました。

そこでまずは2007年10月から友人と読書会を開き、ブログを読んで賛同してくれた人たちと勉強会をスタート。それが、認定NPO法人Living in Peaceの母体となりました。

LIPが目指しているのは「機会の平等を通じた貧困削減」の実現。活動の柱は途上国のマイクロファイナンス(貧困者向けの小口金融)機関を支援する「マイクロファイナンスプロジェクト」と、国内の社会的養護で生きる子どもたちの養育環境向上、児童のキャリアを支援する「こどもプロジェクト」の2本。

社会課題の多くは、NPO単体での変革が難しいものばかりです。NPOの役割は、社会課題を発見・リサーチし、事業を通じて解決に向けた仮説を検証することにあると思います。いわば、大きな組織がすぐにできないことやってみる、社会にとっての調査・実験機関です。

「社会を変える」を実感する醍醐味

途上国では、仕事のための最初のミシンが買える、買えないという違いがその後の人生を大きく左右します。資金がない人が、マイクロファイナンスによる支援でミシンを買えて、その後の暮らしが向上しているのを目の当たりにすると、これほど感慨深いものはありません。

国内では、支援している鳥取県の児童養護施設で育った高校生が、カナダ留学を実現させました。これは、社会的養護の歴史上初めてのことだそうです。カナダには多種多様な人が尊重され、活躍できる文化があります。

彼はカナダ研修時に「ここで勉強したい」と強く思い、英語を必死に勉強して留学を実現させました。

経済的な理由や「自分は◯◯育ちだから」と、進学をあきらめてしまう子どもが多いなかで、進学どころか留学を実現する人が現れたことは非常に重要な意味を持ちます。先駆者が一人でも現れたら、「自分にもできるんじゃないか」と思うようになる。この認識の変化は、とても重要なことなのです。

慎 泰俊(しん てじゅん)  早稲田大学大学院卒業後、モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルを経て五常・アンド・カンパニーを創業。仕事の傍ら、NPO法人Living in Peaceを設立し、マイクロファイナンスの調査・ファンド企画や、子どもの支援などを行う

慎 泰俊(しん てじゅん)
早稲田大学大学院卒業後、モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルを経て五常・アンド・カンパニーを創業。仕事の傍ら、NPO法人Living in Peaceを設立し、マイクロファイナンスの調査・ファンド企画や、子どもの支援などを行う

高スキル人材がコミット

現在、LIPには約70人のメンバーが登録しています。そして、その全員が他に本業を持つプロボノワーカーです。

「途上国への十分な援助は、豊かな国に過大な負担をもたらすものではない」と説いた、ジェフリー・サックスの『貧困の終焉』をヒントに、「パートタイムでできる社会貢献活動のモデル作り」を実現させました。

自分の持ち時間のうち数時間を使って大勢の人が支援を行えば、世の中を変えるインパクトになるのではないか。その考えに共感した人が集まってくれたのです。

メンバーは、公認会計士や弁護士などの専門職、銀行・証券会社などの金融系、商社やコンサルなどのビジネスパーソン、クリエイティブ系、自営業者など業種も職種もさまざま。団体の法務、総務、経理、人事もプロボノのメンバーで運営しています。

個人差はありますが、メンバーは自分の持ち時間のうち5~20%をこの活動に費やしています。平日の夜を数時間だけの人もいれば、週末をフルで使っている人もいます。いずれにしても、これだけコミットしてくれるのは、他の団体に比べると珍しいこと。

その背景にはあるのは厳しい入会基準です。入会する際、最低でも3回は見学をして志望動機書を提出し、メンバー5人からの推薦コメントを得る必要があります。そのうえで、理事が議論をして入会が決まるのです。

普通のプロボノだとこのようなハードルは設けません。プロボノというと、「ほんの少しの時間を使って社会貢献」という気軽さがあると思うのですが、LIPの活動はプロボノの従来のイメージを覆すものかもしれません。

もちろん、参加してくれるだけでありがたいのはその通りなのですが、「来るもの拒まず去る者追わず」のスタンスでメンバーを集めていたときは、早期退会者が多くて事業として回りませんでした。これではダメだと考え、今の運用に変えたのです。

現在、平均年齢は30歳。多くの志望動機が「学生のときこういう活動がしたかった」というものです。

起業してもNPOを続ける理由

私はいま起業をしている身です。それでも自分の持ち時間の5〜10%を社会活動に充てているのは、私の会社も支えてくれる人たちがいるおかげで成立しているからです。

作りたての会社は、社会という生命体における異分子なので、受け入れられるかどうかは、どれくらい多くの人に支持されて、助けてもらえるかに依存していると思います。私は起業から2年弱の間、多くの人にお世話になり、とにかく借りが増えました。

すぐにすべてをお返しすることはできませんが、丁寧にお礼をしながら、自分と同じように誰かの助けが必要な人のお手伝いをすることで返していきたい。

最初は仕事に100%集中するのが正しいという意見もあるでしょう。ただ、本業にほとんどの時間とリソースをつぎ込むとしても、誰かにpay forwardしながら働くのが自然なことのように私は思うのです。

プロボノの経験がキャリアや人生の転機に

LIPのマイクロファイナンスプロジェクトは、現地マイクロファイナンス機関のデューディリジェンスも行うなど、専門性の高い仕事をしています。

そのため、参加するメンバーの多くが普段から金融系の仕事に就いているのですが、LIPでの経験をきっかけに、JICA(国際協力機構)に6人、マイクロ投資プラットフォーム会社には5人のメンバーが転職しました。

プロボノワーカーになったことがきっかけで、新しいキャリアの選択肢が生まれたといえるのかもしれません。MBAなどに留学する人も多いですね。

それからメンバー同士の結婚も多い。2007年の立ち上げ以来、6組が結婚しました。交際中は秘密にしていることが多いので、結婚発表で分かるのですが(笑)。

仕事でなく本音レベルでの価値観が一致した人が、土日に会ってミーティングの後でカフェや夕食に行けば仲良くなりますよね。子どもの支援で親と子の関係を見る機会もありますから、自分がどんな親になり家族を作りたいか、明確に考えるきっかけにもなるようです。

プロボノを本業に対する不満の「はけ口」にしない

プロボノを行う目的は、自分のスキルを生かしたい、スキルアップしたい、人脈を作りたい、社会貢献をしたいなど、人それぞれでいいと思います。

ただしLIPにおいては、「自分のスキルアップ」だけに目を向けている人は続きません。動機が「事業そのもの」に向いている人がこの団体には合うと思います。

また、本業でうまくいっていないからといって、別のやりがいをプロボノで求めるのも、おすすめしません。LIPの行動指針には「本業優先」があり、本業ができていない人、すなわち自分のことをできていない人が、社会活動をするのは間違っていると思うからです。

私自身も、会社の事業が成立している限りにおいて、こういった活動をするのが許されるのだと思っています。

会社という「村」以外に居場所を

勉強や読書により、二次情報をうのみにしてしまう人は多くいます。しかし、20冊の本を読むより現場に足を運ぶべきです。私の知る一流のプロフェッショナルたちは、一次情報を入手するために必ず現場に出向きます。

だから、関心のある社会課題に出合ったら、本を読むなどして調べるのは1週間まで。その先は、現場に行って、実際に自分で体を動かしてみる。そうすることで、やっと本当の課題を理解できます。百聞は一見に如かず。行動あるのみです。

会社は閉じられた一つの「村」と言えます。そして、多くの人はその住人になっている。閉じられた「村」で見聞きすることや常識がすべてではありません。

何か課題を感じているのなら、まずはプロボノワーカーとして「村」から少し出て、価値観の違う人に出会ってみるのも一つの方法ではないでしょうか。

(取材・撮影:田村朋美、執筆:阿部祐子)